行き着く先
古城で待っていたのは平穏ではなくただの新しい悲劇だった。
リーナがこの城にたどり着いて二晩経った。
彼女が目を覚ますと当たりにはシンと鎮まり返り胸騒ぎがした。
昨日は侍女が起こしに来てくれたし、朝食の用意もしてくれていた。
リーナは起き上がり一先ず服を着替えた。
いつでも逃げられるようにと用意されたブーツに丈の長過ぎないワンピース。
中に下着用のズボンも履いており、小型のナイフも備えていた。
部屋から出て食堂に向かう。
__やはりおかしい、誰の声もしない…
リーナはつい先日の惨劇を嫌でも思い出す。
もうあんなことはうんざりだった。
食堂についたリーナは青ざめ言葉を失った。
「姫様、よく眠れましたか?」
リーナが見たのは食堂の長テーブルに悠然と座るユリウスだった。
カチャ、とリーナの周りを二人の兵士に囲まれ腕を掴まれる。
「先生、先生はどうした!コープ先生にそれに兵士たちはっ…まさか、!」
「捕らえただけですよ。怪我くらいは負った者もいたかもしれませんが死人は出していません。ご安心を。」
ユリウスはやんわりと微笑み立ち上がってリーナの側まで来た。
「私もコープ先生にはお世話になりました。老体に酷い事をするほど私も鬼ではございません。」
「…貴様、父上達を葬っておいてなにをっ!」
殴りかかろうと暴れるリーナだが兵士達の力には敵わない。
リーナ悔しさから目が潤んだ。
ユリウスは兵士達を見やると「姫様を地下牢にお連れする。」と一言放った。
ガチャ、と石の壁に吊られた二本の重たい鎖でリーナの腕を拘束する。
兵士達はそれが終わると「失礼いたします」と言って去っていった。
残されたのはユリウスとリーナのみ。
ひんやりと冷たい空気の籠った地下牢で二人。沈黙を破ったのはユリウスだった。
「申し訳、ございませんでした…」
リーナは目を見開く。
今の今まで悠然としていた男が急に頭を垂れ謝罪した。
俄かに信じがたい事態にリーナは混乱した。
「ユリウス、なぜ…何故!父を討った!!」
リーナは我にかえった。
カッとなって怒鳴りつける。
身体が震えるのは恐怖からか、怒りからかさえもわからない。
「貴方の父は…国王は私を、裏切った…ただそれが許せなかったのです…!」
ユリウスが頭を上げることなくそう告げた。
そしてリーナは聞いた。
リーナと結ばれるために今まで努力してきた事も、欲をかいた国王が我々の婚約を破棄すらつもりであったことも、王族に招けばユリウスが満足すると軽んじていたことについて。
「だ、だからと言って父を討つなど…何故私に言わなかった!私と二人、父に掛け合えばそのようなこと…!」
「覆せるわけがない!!」
ユリウスは初めて声を荒げた。
顔を上げリーナを見据える。
その目には憤怒に満ちていた。
「欲のかいたあの男に我々の言葉など通じるはずがない!怪物共を倒した後、平和に過ごせると思っていたというのにあの男は内通者を多数送り込み向こうから戦争を起こすように仕向けた。相手の軍がこの国では敵わないと知るや否や私に全てを押し付け最前線に送り込まれた。」
「そんな、」
「死ぬことも覚悟で挑んだ戦争、唯一の褒美として願い出た。リーナ様との婚姻を許していただきたいと!そして国王は了承した。だから、だから私は死に物狂いで計略を巡らせ必死に戦い生きて帰ってきた。それなのに…あの男はまた欲に目が眩んで約束を白紙に…」
リーナは言葉が出なかった。
目の前の男が嘘を言っているようには思えなかった。
「今度ばかりは国を救えなかった…国のために、ということは貴方を失うということになるから…隣国に嫁がせるなど許せるはずがなかった…。だからと言って私がしたことは許されることではない。私は狂っているのです。」
「ユリウス…」
「あまりに多くの命を奪いすぎました。殺すことに慣れてしまった。貴方と結ばれたいが為に…」
ユリウスがリーナの頬に手を添える。
「姫様、お慕い、しております…。」
リーナの目にはユリウスが映っていた。
かつて密かに恋い焦がれ、その後婚約を果たした想い人がそこには確かに立っていた。
「わ、わたしも…愛していました…」
震える、か細い声でリーナはそう答えた。
どこから間違っていたのか。
父の所業に気づくことが出来ていたら?でもリーナには止めることは出来なかっただろう、戦争に負けてきたら?それはつまりユリウスの死に繋がる。ではどうすれば良かった…?
リーナはわからなくなった。
ユリウスから視線を外し項垂れる。
「しばらくはこのままですが、そのうち逃げられるように手筈を整えます。それまで、どうかご辛抱を…。」
「ユリウスは今後どうする…」
「しばらくは国の再建に努めます。軍部を縮小し、近隣諸国と同盟を結び戦争は致しません。もちろん婚姻関係などを結ぶこともないでしょう。」
「そうか…」
ユリウスはリーナに微笑み、もう一度「申し訳ございませんでした」と謝罪した。
その後、ユリウス手ずから食事を持ちリーナに食べさせた。
「最後に飲み物をどうぞ。」
「ありがとう…ユリウスがやらずとも、ここに侍女はいないのか…?」
「もう他の者に触られる貴方様を見ていたくないのです。」
「そうか、」と呟く彼女は目の前に差し出された水に口をつけた。
食べている時からリーナは眠気に襲われていたが水を飲んでしばらくし、彼女は深い深い眠りについた。
「おやすみなさい。」
ユリウスは口元に弧を描いた。