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Bead(s)   作者: Chons.K
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Bead(s) 2章 3節 [絡まり輝く最小単位]

2章が終わりです。なんだかSFっぽくない雰囲気になっているような気がします。



「ごめん、待たせたわ。」


駆け足で駅に入り、ホームに続く通路を抜けると、狭めな通路から一気に広くなる。通路を出た角を左に曲がると、直ぐ目の前に、見慣れた姿で壁に寄りかかる青年が現れた。あいつだ。情報表示なんて必要ないほどに、その雰囲気が、誰であるかを教えてくれる。


急に駆け込んだ私に向かって、振り向いたあいつの目には、雨が降りそうな曇り空のような疲れが見えた。

ボーッとしてたのか、その振り向くの動作すら、少し遅れているように思えた。

私と目が合うと、疲れた目も少し和らいで、少し驚いた様な目に変わった。


「おぉ、来たかイルザ。」


「今日は本当に悪かったわ、起床時間を設定した記憶すら無かった。」

「運んだ時も、全く起きそうに無かったもんなぁ、ははは。」

「……それもごめん。」

ジェドはそう笑ったりしているが、何か思い詰めているようにも見えた。


「ねぇ…… どうかした?」

「いや、お前が割りと元気そうだからいいんだ。心配事はそっちだったしな。それと……、なんていうか…、見違えたな。」

「ん?」


こいつは昔から、ただただ考え事に嵌まりこんでいる所があって、返事が上の空なときは、大体何かを考え込んでいる。

「見違えた? やっぱり柄じゃ無かったわ。」

「んー。まぁ柄ではないが…、イルザはイルザのままだな。」

「そっか。」


一応いい意味だと思った。でも同時に、私をどう見ているか不安にもなる。


そう考えているうちに列車がきた。列車の扉の直ぐ上には、行き先が新市街方面だと示されている。そこを見れば、時間やらの詳細の情報を見ることもできるが、そこまで時間に厳しくする予定ではない。表示されている行き先の文字を、視界の上の方からさらに上に追いやるように、目線を真正面に戻しながら列車に乗りこんだ。



Bead(s) 2章3節 [絡まり輝く最小単位]


新市街に向かう列車の、その車体はほとんど白。その真ん中に、橙色の線が1本、頭から尻尾まで、外側にも内側にも、すーっとまっすぐ貫いている。それが走る景色は、列車の窓越しに見る限り、ただただ色が少なかった。かつては歴史と伝統のある町として栄えていたはずの古い市街地は、装飾も着色も落ちきって、焼き固めた粘土と、切り出された砂岩でできた箱の群れと成り果てている。


暫くすれば、新市街が近づいたのか、辺りは急に緑になる。かつて起こった経済崩壊と、世界的に広がった、精神を犯す伝染病、それらによって、世界の殆どは、さっきみたいな、廃墟の大地になった。今の人口は、人口増加を制限していることもあって、それらの災厄の前の2割くらいになっている。お陰で食糧問題は多少良くなったらしい。以前は、地球の許容人口の2倍は人口があったらしくて、常に半数以上の人間は飢餓と隣り合わせだったという。

だから、人によっては、あれは災厄ではなくて、生き残るべき人間を決めるための試練であった、とか言っている。実際、生き残った人間は遺伝的優位だともされているから、論理的に試練であると、十分に言えてしまう。でも、私はあまり好きな考え方じゃない。そういう結果になって、いろんな問題がむしろ解消されたからって、それが正しいかったかどうかは別だと思う。ただ無意味に人が死ぬのが嫌なだけで、人の死に理由をくっつけたって、死んだことは変わらない。前向きになれるわけでもない。

それに、ジェドもそういうのは嫌いそうだし。


「腹減ってるか?」

「うん、何も食べてないし。」

「せっかくだし、今日は俺も食べようかな、許容摂取量は空いてるしな。」

「別に……、座って水でも飲んでればいいわ。」

「だからせっかくだからさぁ、2人で出掛けることも少ないだろ?」

「……そうね。」

ジェドはそうやって、私に合わせてくれているみたいだけど、私からしてみれば、食べなくても、一緒に座ってさえいてくれれば、それで十分だ。実際、経口摂取、つまり食べることは、誰かと一緒でなければ、あるいは食べることが好きでもなければ、意味なんて無いように感じるものだ。一緒でというのは、人が誰かと話したくなるのと似た感じ。つまり、一緒に食卓を囲めば、食事の意味はちゃんとあって、結果相手との距離を縮めやすくなる。何故食べるかと聞かれたら、はっきりと答えることは出来ないけど、答えられるのはそれくらいだ。


そうこう話したり考えたりしてれば、外の景色は、有機的な緑から、しっかり作り直された、無機的な街並みに変わって、経済の自由が最低限認められた経済特区、多くの人が新市街と呼ぶ、整った景色に上書きされた。

自由があるといっても秩序的な、この街の整然さは、私たち機動甲兵や訓練兵と似ている気がする。私たちは、こうして街に出入り出来るけど、それは権限があるから。そう認められているからだ。そのお陰で、私たちは整備された権限の中で自由がある。


そんな自由で、食べるものも多少は選べる訳だ。

四角く切り出された木の断面、きっとこれは、丸太を縦に切った断面だ。木目は並行に近く、私の左側から右側に向かって、少しずつ、xかyかで言えば、x軸に近づくようにすぼんでいる。

木っていうものは、繊維質の塊で、広く言えば、コラーゲンで枠組まれている私たちの体とも、無機炭素繊維と、有機繊維質を織り混ぜて作られている機動甲服とも同じようなものと言えるかもしれない。

でも、この四角い机の手触りは、木の表面とは違って、とても滑らかだ、表面に塗られた合成樹脂は、木から抽出したものだろうけど、これも繊維でできているのだろうか、遠く見るのに長けた、強引に引き上げられた私の視力でも、電子顕微鏡の真似事は出来ない。


「ねえジェド。」

ジェドなら知っているだろうか、あいつは物知りだ。

「合成樹脂って繊維だったりする?」

私は肩肘をついて、机を少しだけ擦っている、私のもう片方の手先を眺めながら聞いてみる。

「一応繊維質だったりするらしいな。」

「以外とよく似たものなのね。人と同じ。木とも同じ。」

「まぁ、どれも有機循環の輪の中にいるって訳だしな。」



カタッと乾いた音がした。私の目の前には安上がりな樹脂製の器が置かれた。それには、最近まで生きていた ような、青々とした葉野菜に加え、ちょっとだけ元の生命から離れた蒸し芋、そして、原料が見定められないほどに元の生命から離れたハンバーグが盛られている。


「やっぱり見た目とか雰囲気の問題だと思うわ。」

「ん?この店のことか?」

「それもあるけど、食べるってこと。」

「まぁ、色は鮮やかな方がいいよな。」

「いや、色じゃなくて……。」

「それじゃ、俺がいるからいいってことだな。」

「それは……、間違ってはないけど。……そうじゃなくて、例えば、これは野菜だとか、芋だとか、そう分かるし、どれも違う味があるわけ、それだから意味があるのよ。」

「言われてみればな。」


ジェドは食べることにはあまり興味はないと言うけど、今は少し明るくなって、朝より口数が増えてきた。


「あ、そういえば、今日はどこに行くつもり?」

新市街に出掛けることは決めてあったが、それからどうするか決めていなかった。


「帰る前に行きたいとこは決まってるんだが。」

「先にそこに行けばいいんじゃない?」

「それはあとにしたいんだ。」


一応予定があったとは知らなかったが、流石に何も決めずに出掛けるほどの気分屋ではないようだ。むしろ私の方が気分屋かもしれない。実際何をするか考えていなかった。



つまり自由だ。ここには、そこそこの自由がある。右を見れば、色の好みか機能性か何かの価値観で選ぶ自由を駆使して、その価値観に合う服を選ぶ人達。


左を見れば、さっきの私たちみたいに、机を囲んで、味やら食感、あるいは見た目とか、そんな価値観で、本来必要ですらない間食を選ぶ人達。


「楽しい?」

「楽しいよ。」

両手どころか、至るところに、一定の選択肢、というか選択できる自由権が見つけられる空間、経済特区である新市街の象徴といえる景色が視界を埋めている。そんな自由の空間を歩きながら聞いてみる。

答えるジェドが選んだ言葉は、その意味そのものよりずっと落ち着いた雰囲気だ。


「嘘でしょ。楽しそうに見えないし。」

「ばれたか。」

そう言いながら、やっとのことで笑ってみせてきた。


「なんていうか、楽しい…… というより、安心する…… って感じだからな。」


この話を振っておきながら言うのはおかしいかもしれないが、共感できる感覚だ。楽しいかどうかは、ジェドとの間にはない基準だ。


結局のところ、今日は大したこともなく歩き回っていただけのようだった。やっぱり計画はちゃんとするべきなんだろうけど、私もジェドも、あれがしたいとか、あそこに行きたいとか言わないから、大体その計画は、計画する段階で破綻している。


「帰る前に行くところがあるんじゃなかった?」

「さっきからそれを言い出そうと思っていたんだが、まぁ、近いからちょっとついてきてくれ。」

「そんなに、話しかける機会をうかがうこともないでしょ。」

少し言いづらいそうにするのが面白くて、そう言ってやりたくなった。


その場所は、ジェドにとっては、事前に決めれるくらいとっておきのようだが、確かにきらきらした明るさ、というか可愛さがある。まさに、ここのような装飾品店で、多少の透明度と屈折率の差で、強化樹脂よりも、高純度ガラスよりも、ダイアモンドに価値を認めるように、人間は輝きに惹かれがちだ。私も嫌いではない。


炭素の結晶という括りなら、ダイアモンドと、機動甲服の材料の半分くらいを締める炭素繊維と同じだけど、輝きについては当然、全く別物で、見出だされる価値も違う。そう考えている最中、あいつが私に手渡したのは、高純度ガラスだった。どうやら、私の数珠の飾り珠を樹脂からガラスに格上げしてくれるらしい。


「…どうかな。」

「開けてからのお楽しみとかじゃないのね。」

「そこまで箔付けできるほどのものは俺には…。」

「そこにこだわるほど女の子でもないけど。」

私の返事に困ったりしてるのは可愛いけど、そもそも、飾りっ気のない私の趣向の問題もあるから、そこだけは慰めておいた。


「イルザは変わらないな。俺が知っているそのまま変わってない。」

「うん…。」

「でも良かった、元気そうでさ。大変な時期だろうしな。」

そう。本来人間は、体を置き換えたりなんて出来ない。それには精神も耐えられないんだろう。私たち機動甲兵は、擬似的に意識と体を切り離す。私は意識か、それともこの体か。それを答えるなら、本来両方合わさって私なんだろう。でも私たちの場合、それが揺らぐから、私が私でないようにすら感じてしまう。けど、私はちゃんとここにある。そう思えるようになっただけでも、今日は十分有意義だ。


「少し馴れてきたし、大丈夫。」

帰路に立つころには、行きに思ってたような、自分の柄じゃないとか、私じゃないとかなんとか、そんな問題は、もはや仕方がないことのように思える。前の私と、今の私がちょっと違っても、私であることに揺らぎはなかった。結局、そう考えられるかどうかの問題だったのだろうと思えた。

読んで下さった方、ありがとうございます。

次はまた時間がかかりそうで、すみませんとしか言えません。

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