Bead(s) 2章 2節 [記憶の彼方にあるものは]
3ヶ月ぶりになります。次はもうかなり書けているので、早めに投稿する予定です。
私にとって、当然だった私が、実は当然ではないと思ってしまうようになったのは、私が16歳の時だった。
機動甲兵となると者たちは、大体その歳くらいになると、その不信感を刻み込まれる。緩衝状態とかなんとかで、2つめの体との感覚の差を、うまいこと滑らかに、埋め合わせてくれているはずだけど、それでも、この16歳が、試練の歳と呼ばれるほどに、私たち機動甲兵訓練生は、見えない傷痕を刻み付けられることになっている。
私は、私は私だけだと、そうずっと思っていた。それはこの試練で崩れてしまった訳だけど、2人の先輩の画策によって、私は、それがそこまで不幸でもないと、憎むべきでないと、存外ありふれていると、そう気付かされた。
Bead(s) 2章2節 [記憶の彼方にあるものは]
どうして、こんなに前の事ばかり思い浮かぶのか、それは、あいつがいなくなったからだ。
目が覚めたとき、私は仮想現実接続装置の座席に座っていた。いや、座らせられていたと言うべきだろう。どうしてこうなったのか、経緯はよく分からない。とりあえず、基地のネットワークから、私の現状についての情報を引き出そう。目が覚めたとき、情報表示はオンになったままだった。いや、正しくは、目が覚めたのはもっと前か、神を名乗る機動甲兵と仮想空間で手合わした直前から、目は覚めていたはず。それから、仮想現実との接続を解除して、私の体が目覚めた。そういうことだろう。私は、機動甲服用のインナーを着ているままだった。椅子の横には、私の制服である上着と、膝くらいまでの長さのスカートがかけられている。
確認すると、私に課せられた任務は今日中にすることがひとつだけで、すぐするべき事は何も無かった。ほぼ待機。あと、薬物警告を見た記憶はあるが、拘束されている訳ではないようだ。
そして、ジェドが戻っていないことも分かった。
彼は、現在は行方不明となっているが、探しに行って見つけられるものでもない以上、もはや死んだも同然といっていい。覚悟はしていたが、そう決まった訳でもないせいか、その実感はない。
とりあえず呼び出しも暫くなさそうなら、行くところは限られてくる。祈りの刻の時刻は、待機中は交代制だ、今回は午後2時、今は正午過ぎだからまだ時間はある。長らく何も食べてない筈だが、空腹だとは感じない。どうやら、背中の下の方にある接続端子である、下端子から栄養を供給されていたらしい。おかげで 、規定の栄養量を摂取したことになっている。私は経口摂取、つまり食べることがわりと好きだから、あまり嬉しくもない。
とはいえ、やることがひとつ減って、行くところはさらに限られてしまった。
とりあえず格納庫に行こうか。ジェドのことを聞けそうだ。なんといっても、あそこには、わりと信用のできる人物がいる。
ガレージに入る権限とかは問題無く使えた。
私の機動甲服は、ガレージの中の換装室ではなく、整備室に運ばれているようで、私の席は空になっていた。
同じガレージの中には、整備室もあり、きっとそこに移されたのだろう。
整備室には入れない。整備員ではないし、厳密な機密事項だらけの部屋だからだ。さらに、無線通信での呼び掛けもできなくなっている。整備場の中への呼び掛けは、音声放送のみである。極端なハッキング対策の結果、簡単に繋がりすぎる通信システムが、むしろその対策を難しくしている。
でも、そう決められていることはしょうがない。整備室の入口前には、受付までついていて、そこで用件を話さなくてはならない。
受付の席には、1人の若い男性が座っている。目が会った、というか会わせてきたと言うべきか、その目は私たちと同じ、機械を仕込まれた瞳を持っていた。視覚で何かしらの解析が可能なタイプの義眼なのだろう。
「第52中隊のイルザ・シェーンベルグです。担当整備士のマクレイ・フレッチャーに、私の機動甲服の調整について相談したいことがあります。」
「15分後までに済ませていただければ、今からでも対応できますが、どういたしますか?」
そう返してきた受付の男性は、ただ冷静で、抑揚は話の内容が分かりやすくするための最低限度、とでも言いそうなくらいに抑えられている。全くもって気持ちの見えない男だ。
「すぐに終わりますから、今からでお願いします。」
「では認証を。」
そう言って、受付の机に置かれた、皿のようなものが乗った機械に、私は数珠を乗せ、その直後に私の補助脳に送られてきた、認証用のメッセージを開いた。
「イルザ・シェーンベルグ、認証。」
そう唱えると、自動的に、メッセージの送り主に認証情報が返信され、受付の男性がそれを確認したようだ。
「少々お待ちを。」
そうあっさりと返事がきた。今度は肉声だ。
わりとすぐに用を済ませることが出来そうでよかった。担当整備員であるマクレイは、この基地の中でも最も信頼のおける人物の1人だ。私もジェドも担当している。だから、彼は私の部隊員以外では無いが、私たちの事をよく知る人物なわけだ。
1分も無かったくらい待ったか、扉が開いて、白髪混じりな髪をしたおじさんが出てきた。マクレイだ。
「イルザくんかね、ちょうど話さないといけないことがあって丁度よかったよ。少しついてきてもらえるかな?」
「はい、おじさん。それは良かったです。」
足早に歩くマクレイについていくと、そこはジェドの席だった。私の席と同じように、空っぽになっている。
マクレイは、その椅子の脇にある、簡易的な整備用の道具入れを開けると、そこから何かが入った小さな黒い袋を取り出した。
「プライベートな物らしい、ジェドくんから頼まれていたんだよ。」
「ジェドがですか?後で見てみます。」
そう言って受け取った。中身は分からないが、球形な何かだ。
プライベートな物なら、今開けない方がいいだろう。情報表示をしているときは、同時に基地内のネットワークに繋がっている常態になる。だから、誰かに見られる可能性もある。基地から出るか、プライベートな空間、自室とかで情報表示をオフにすれば、他人から見られる可能性はほぼ無くなるから、その方がいいだろう。
「それで、用件は何かね?」
「最近のジェドに、なにか不自然が無かったか聞きたかったのですが、さっきの物が、その答えかもしれないですね。」
「そうですな、あれを渡されたことが不自然だったよ、丁度最後の出撃前だったからね、まるで、帰れない事を知っていたかの様だったよ。」
「作戦的には、リスクの高い内容でしたし、念のために、基地内にいるおじさんに預けておいて、まさに、その念のためになってしまった、という事かもしれないですね。」
「私も大体はそうだろうと思っているよ。」
「あと、私の機動甲服は。」
「そっちは修理中だよ、まだしばらくかかるかな。随分とやられたようだね。とにかく、無事で良かったよ。」
「そうですか、ありがとうございます。用件はこれだけです。」
「そうかい、それではまた。」
「はい。」
マクレイは、また整備室に戻っていった。
ちょっと想定外だったが、目的は果たせた。自室に戻って中身を確認して見たいが、ここは就寝時間まで待とう。その方が、誰にも疑われたりしないだろう。 恐らく、この基地の中から、何かしらの手段で外部に情報が漏れているのは分かっている。つまり、この基地では、今まさに、今までの同僚、しょっちゅう廊下ですれ違うような人間同士で疑い合っている。もはや信用の出来る人間など少ない。
そのくせ、私にとって、最も信用出来る人間が姿を消した。
でも、あいつの心は、ある意味信頼するには難しいほどに逸脱していたと思っている。
あいつには信じる心が無かった。神も仲間も、長く一緒にいたはずの私にさえもだ。私はあいつの事を信じているつもりだったけど、あいつはそうじゃなかった。
仮に、あいつが今の事態に気付いていたら、余計な信頼感など隙にしか思えないのかもしれないが。
結局時間が余って、私は自室に戻った。訓練生の頃とは違う部屋なくせに、私の好みのせいか、だんだんと同じような色合いになっていく。白と群青と、ちょっとの黒が、まるで私そのものであるかの様に、私の部屋は、その色にしかなれない。
祈りの刻まで1時間と少しある。その時になったら、神を名乗った機動甲兵の正体を確かめられるかもしれない。だけど、とりあえず部屋で休もう。
部屋の角の近くにある、1人掛けのソファーに座って目を閉じた。
思い浮かぶのは、昨日のこと、そしてジェドのことだ。私の頭の中のが、どれほどいっぱいになっているか実感できる。
やっぱり、今あれを確かめよう。
ジェドが私に置いていった物のひとつ、袋の上から触った感じはそんなに大きくなかったが、とても重要なものだと思う。
ジェドは私に、相当な影響を残しているのは確かだが、きっとこれは、想像以上に大きいものの様な気がする。
袋を開けると、中には1つの珠が入っていた。透明な中には、橙色の線が複雑に絡み合っている。これには見覚えがある、ジェドの数珠の飾り珠のひとつ、識別情報が入っている、一回り大きい識別珠よりは少し小さいが、ジェドの数珠には、もうひとつ大きめな珠が通してあった。きっとあれだ。
……。
「まさか……。」
ただの飾り珠を渡すのに、こんな回りくどい事をすることもない。
糸が通してあった穴の所が軸になるように、指で挟んでゆっくりと回すと、複雑に絡み合った橙色の線の中、3次元コードを、私の目と補助脳が認識した。
読み込みは一瞬だったが、それを開けない。保護がかけられているようだ。
[宛先:イルザ・シェーンベルグ]
私宛になっている。まさにプライベートって訳か。
「イルザシェーンベルグ・認証。」
認証を済ませれば、フォルダの中に、幾つかのデータファイルが、1から順に番号を与えられて整列させられている。
これは?
先頭のファイルの名前は、[これを引き継ぐ者へ。]となっている。
保護もかかっていたし、これが、私がまず読むべきものだろう。
開いてみると、ただひたすらに長い文書だ。
[これを引き継ぐ者へ。]
[まず、これを読む前に知っておいて欲しいことがある。]
[それは、ここに記す情報を持つことで、いままでの信仰が崩れる可能性が高いことだ。]
[まず我々が信じる神に疑問を抱けるようにならなくてはならない。人は産まれたときには人ではなく、人としての権利を認められて人となる。では認められなかった者たちはどうなるのか。]
[これは、この世界の真実を追及する試みであることを理解し、それを良しとしないのであれば、直ちに消去してほしい。]
そう序文がつけられていて、あとは経緯とかが続いている。匿名で書かれていて、書き始めた経緯の中でも、それに関わった個人名は書かれていないが、一緒に居た私なら分かる部分があった。これは、恐らくジェドが書いたものだろうが、同時に奇妙なズレがあるようにも感じる。少なくとも分かることは、元々これは、私に向けて書かれた物ではないということだ。
あいつは、かなり前から、このファイルを持っていて、長い間書き足してきたのだろうと思える。私の覚えている限りの間、あいつは、この飾り珠を持っていたし、神を信じるほど、神の知ることが出来なくなるとか言っていた事もあって、神なんて信じない癖に、随分と関心を持っていた。
結局、あいつののとばかりだ。私にとって、他に変えられるものではない。
流れ込んでくる、昔のジェドの言葉と、湧き出てくる記憶が、私の中の、補助脳なんて関係ない、どこかにある心の在処を満たすと、久しぶりの涙がこぼれた。
読んで下さった方、ありがとうございます。
私は、どうも感情的な場面は苦手で、今回は少々苦戦しました。