Bead(s) 1章2節 [微睡みに 私は見れて 私は居ない ]
遅くなりました。これで1章が終わりで、次からは2章になります。
そろそろ、世界観や、それに関わる用語をまとめないといけないと感じています。そろそろ記憶だけで用語を把握するのが厳しくなってしまったといった具合です。
2章は、かなり難解な内容になる想定ですので、覚悟して書こうと思っております。
「……ん?なに?」
目を開けると、景色は左に80度傾いていた。
目の前に見えるのは、近くで見ると,細い傷と薄い汚れが目立ってくる長机と、その上に、力無く投げ出された左腕だ。その左腕は、たしかな実感のある、2つある、私の腕の片側だ。
視界を半分くらい垂直に戻し、左に振り向くと、隣の椅子には、1人の男が座っている。ジェドだ。訓練生の制服を着こなし、頬杖をついて、こちらを見下ろすその袖は、橙色の線で縁取られている。
「イルザ、寝るなら寮のベッドにしておけよ。」
聞き慣れた声が聞こえる。時々お節介に先輩面してくるのは、思い返せば昔からだ。
でも、それも案外嫌じゃない。
「あと10分したら帰るわ。……眠い。」
「なら部屋まで担いで放り込んでおこうか。」
「頭だけは打たないようにお願い」
「ならおやすみ、また明日だな。」
「……やっぱりすぐ帰るわ。」
とは言ってみるも、体が重い。眠すぎて全く頭が回らない。明日の朝は何時起きだったか。
ぼんやりと目を閉じているが、照明が眩しい。そう思っていると、急に暗くなった。目を閉じているから、明るさ以外は分からないが、何かを上から被せられたようだ。何故かほんのり暖かい。
………………。
Bead(s) 1章2節 [微睡みに 私は見れて 私は居ない]
誰かの肩の上に担がれているのが分かる。歩く度に体が上下に揺れる。けど、その肩は髄分硬い。それとは別に、肩に触れてるはずの感触が、色々とおかしい。
見えるのは背中と、そこに掛けられている狙撃砲、そして、砂に残されていく足跡が、下から上に流れていく景色だ。意識が回復したのことを検知したのか、接続の認証が表示された、迷わず認証を済ます。
「ジェド…… 頭だけは打たないようにお願い……。」
まさか、本当に担いで運ぶ流れになってしまうほど熟睡してしまうとは。明日の準備は大丈夫だったか。
「私はジェドではありませんよ、イルザさん。」
「あれ……?」
女の子の声だ、どうやら,さっきのは夢だったようだ。
「何か感覚的におかしなことはありますか?」
「えっ……、多分大丈夫。もう歩けるわ。」
「そうですか。」
そういうと、女の子のような声の人物は、少しお辞儀をするようにして、私の体を縦向きに近い角度にした。
やっと私の足は地面についた。ちゃんと頭は打たないように下ろしてもらえたのは幸いだ。
改めて私を担いでいた人を見ると、その顔は見えなかった。わざわざ顔を出して外を見るなんて、センサーの損傷でもなければ、する意味すらない。それでも分かることといえば背の低さだ。本当に女の子のようだ。つまり蓮花さん、他には誰もいない。機動甲兵っていうのは皆、身長とかの体格はかなり似てくるものだし、背が低い機動甲兵なんて、まさに、私はこの子一人しか知らないと断言できる。
「やっぱりジェドじゃなかったのか……。」
最後に誰かと再度合流出来たのは覚えていたが、あの時、随分と狙撃砲が大きく見えたのは蓮花さんが小柄だからだったからか。
「本当に大丈夫ですか?先ほどから私はジェドではないと言っていますよ?」
「うん、大丈夫。あと、アヴローラじゃないけど、"さん"付けは私には要らないわ。」
「……私は、こちらの方が楽ですので、お気になさらず。……あと、私にもそういった呼び方は不要です。班長もその方がよいと。」
「そうか、そういうならいいけど。」
これからは"さん"は不要そうだ。
とはいえ、話すことも浮かばない、回りを見回してみると、私の後ろにもう1人いた。
そちらを見ると、こちらに手を振ってきた。アヴローラだ。
振ってきたからには、とりあえず振り返してみる。
「調子はよさそうね。」
アヴローラの声が聞こえた。彼女とも通信が繋がっていることに気付いていなかった。
蓮花に背負われていたからか、接続しているのは蓮花と思っていたが、良く見ると、通信ケーブルはアブローラと繋がれていて、アブローラを通して蓮花さんとも繋がっている。
「改めてお礼をいうわ、ありがとう。」
「どういたしまして。無事でなによりよ。」
「……当然のことをしただけです。」
アブローラが、笑顔が思い浮かぶような優しい声で、蓮花さんは、ただ公的な報告のように言葉を返してきた。
「あんなこと言ってるけど、蓮花ちゃんの方が救援には積極的だったのよ。」
「救援要請を受けて、且つ、それが十分可能であれば、応じるのは当然な事です。あの敵機の数なら、第3世代型であればさほど大きな脅威とは言えません。」
……第三世代型?私のは第2世代型とか呼ばれていたな。新型があるのは初耳だ。
「蓮花……は、私たちとは違う機動甲服を使ってるってこと?」
「大体は、その認識で間違えありません。」
「蓮花ちゃんはね、試験型の新型機動甲服を扱える唯一の人間なのよ。」
「アブローラ、随分と詳しいみたいだけど、これって機密じゃないの?」
「んー、機密ではあるけどね。イルザならこの子のことを分かってくれそうだと思うから…… 内緒にしてね?」
「はぁ…………。 わかったわ、尋問されないよう、日頃から真摯に振る舞ってみるわ。」
「イルザって、たまにジェドくんとおんなじ事言うよね。なんか面白い。昔から仲いいものね。」
「そう? いっつもあっちから絡んでくるだけ……。あいつもなんとか振り切って逃げ延びてるといいけど。」
話している間に、やっと状況が整理できた。少し、記憶が混乱していたみたいだが。やっとはっきりとしてきた。
「ねぇ…………。あいつ、ジェドとは合流出来なかった?」
「むしろ私たちが知りたいくらいです。A班では、彼だけが行方不明。現状、捜索すら出来なくなっている状況ですから。」
「そうなのよ、他の班と合流出来ていることを祈るくらいしか出来ないかな。残念だけど、現状はその通りね。」
「大陸間弾道弾が、そろそろ届く時間ですから、安全圏に出られなければ終わりですし。」
「あっ……それは……。」
大陸間弾道弾?あの大陸間弾道投射砲を使ったのか。全くふざけた話だ、まだ撤退出来ていないかも知れない場所に、徹底的な面制圧をしようだなんて。もし巻き込まれれば、本当に終わりだ。
「巻き込まれた方が悪いってこと?それとも、偵察部隊への叱責ってこと?」
大陸間弾道投射砲。理論上地球上どころか、地球軌道上の全域を直接砲撃できる、世界最大の電磁式投射砲。ある意味で、神以上に分かりやすい権威。これら全て掌握している恒情報連盟の、絶対的な力の象徴だ。
「ごめんね?……意識が戻ったら直ぐに言うべきだったよね。」
「謝ることないわ、既に撃ったのなら、もう何も出来ないんだし。」
「そうよね……。」
本気で落ち込んだような声に聞こえる。顔が見えないのに、俯いてそう言ってる顔が思い浮かぶくらいだ。
「……イルザは強いね。私なんかよりも、ずっとジェドくんの近くにいたのに。」
「別に強い訳じゃないわ。」
……そう、強いからじゃない。
私には分からない。悲しめばいいのだろうけど、そうやって、頭で悲しむべきと知ってしまうと悲しめないような感じがする。それはただ、自分の気持ちの実態が分からないだけ。だから、強いからじゃない。
「恐らく、戦闘にはもうならないとは思いますが、1度、あなたの狙撃砲を貸してもらえますか?」
「……ん?私の? 借りてどうするの?」
装備を借りる?借りて使えるのだろうか、少なくとも、私は他人の装備を使えない。正確には使えなくもないが、それは非接続操作のみだ。反動制御と、照準補正は使えなくなる。
「情報を登録します。それだけで私も使えるようになるので。安心してください、設定を書き換えたりはしませんから。」
「それも第三世代の機能?」
「そうです。これが最大の機能です。従来は、専用の装備しか使えない仕組みでしたから。」
「便利なものね。」
そう言ってから、狙撃砲と、機動甲服との接続を解除する。視界上に浮かぶ、見慣れた認証と警告に目をやる。
機動甲服と、装備とかにおける接続の仕組みは複雑で、なかなか面倒なものだ。
仕組み的には、神経と直接接続しているのは機動甲服だけで、これをシンクロと呼び、他の装備は、機動甲服を通して、間接的に接続されている。これもシンクロではあるが、シンクロする、といった呼び方は使わないのが一般的だ。
しかも、細かいことを言えば、機動甲服さえも、補助脳を通して間接的に神経接続して、それを神経直結式デバイスで制御しているといったものだったりする。
一応、訓練生の頃に、そういった事柄については教わったが、なんとなくわかっているくらいだ。
それでも、砲だけを解除するのは、比較的簡単な方。機動甲服の着脱と比べればずっと手順は少ない。あれは、整備士が立ち会ったりするくらいに複雑で、色々と安全性を配慮しないといけない。
「電力はどうすればいい?」
「必要であれば、私の電力を使います。あなたは、残量がもう残り少ないのでは?」
「わかったわ。」
機動甲服から伸びる、電力ケーブルを取り外すと、勝手にケーブルが巻き戻され、すぐに機動甲服に格納される。漏電すると、その電圧故に危険だからだ。そこらの照明や空調とは訳が違う。
「はい、これでいい?」
「ありがとうございます。」
狙撃砲を、右脇の下からくぐらせ、左手で砲身を掴み、右手で銃床を掴んで渡した。蓮花は、それを受け取ると、まず電源を繋ぎ、損傷を確認するためか、砲のあちこちを触ったり、両手に持って構えてみたりしている。
「思っていたより損傷か少ないですね。あなたを見つけたときは、満身創痍に見えましたが。」
「この砲無しには戦えないからね。」
そういえば、蓮花らしき人影を見た後の事がいまいち思い出せない。どうやって助かったんだろうか。
「私を助けてくれたのは蓮花だよね。」
「はい、正確には班長の援護もありました。」
「よくあの状況から逃げれたわね。」
「先ほど言った通り、第三世代型であれば大きな脅威ではありませんでしたから。」
「なら蓮花の狙撃砲でいいんじゃない?同じような砲を持ってたように見えたけど。」
「あれですか、あれについては延長砲身を失ってしまったので。」
そう言って蓮花は、背中をこちらに向けて見せてきた。背中にくっついている狙撃砲は、延長砲身が外され、短くなっている。
「それで、私のを使えるようにしておこうって訳ね。」
「はい。」
蓮花は、どうやら私のをそのまま使うつもりらしい、てっきり、すぐ返すものだと思っていた。でも、私が持っているよりも、彼女が持っている方がいいのは一理ある。もともと、延長砲身を使っての長距離狙撃は、機動甲服のセンサーがあってこそ真価を発揮できる。
「見えました。合流地点です。」
蓮花の声で気付いた。合流地点には、砂漠用の迷彩を施された多輪装甲車が見える。どうやら生きて帰れそうだ。
「意外と近いものだわ、結構長い間気を失ってた?」
「この辺りの安全を確保できたので、それを迎えの車両に伝えました。」
「指向光学通信が回復したお陰よ。本当に良かった。これでひと安心ね。車両に乗ったらゆっくりと休んでね、イルザ。」
「なんだか気持ちが落ち着かない、流石に寝れそうにないわ。」
「私は心配しているのよ?」
「ありがと、でも心配しすぎだわ。」
「班長として認めない、イルザはもう寝なさい。」
そこまで言われると、ここは休ませてもらうしかないと思えてしまう。アヴローラは年上だけど、こういう世話焼きなところは可愛らしい。思わず表情が緩んでしまう。
「わかったわ、本当にお節介ね、うちの班長は。」
そういってアヴローラの方を向こうと振り返ると、アブローラの姿が視界に入った瞬間に、脇腹辺りの痛みとともに視界が傾き、[薬物警告]とか何やら表示されたが、逆らいようのない、眠けのような感覚に襲われ、表示の内容すら読めない。
感じているとわかるのは、もう眠気だけになった。
今回もお読み頂き有難うございます。
次からは出来るだけ早く投稿できればと思っています。