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2.隊商の護衛/後篇

 それから一時ほど後。

 急にあちこちで呻き声が上がり、ばたばたと人が倒れ始めた。イグナーツが驚いて「どうした?」と手近な人間に駆け寄り助け起こすが、抱えられた者は意識朦朧として苦しそうに呻くだけだ。

 カルミナはやっぱりなと考えながら、その光景を見ていた。


「イグナーツ、たぶんすぐにでも盗賊どもが来るぞ」

「どういうことだ?」

 怪訝な顔を向けるイグナーツを、カルミナはきょとんと見返す。

「見てわからないのか。おおかた夕食にでも一服盛られていたんだろう。だれがやったかまでは知らないが」

「何? どういうことだ、カルミナ、お前、わかってたのか?」

「お前こそ、わかってたから食べなかったんだろう?」

 咎めるように肩を掴まれ、首を傾げつつそう返すカルミナを、イグナーツは愕然と凝視する。なぜそんな目で自分を見るのかわからないといった顔のカルミナに、イグナーツはますます絶句した。

「お前、わかっていたなら、どうして……」

「……カルミナ、あなた、どうして平気なの?」

 そこへ掛けられた声に振り向くと、片腕にもうひとりの魔法使いを抱えたベルが、真っ青な顔色でじっとカルミナを睨みつけていた。

「まさか、あなたが内通者ってこと?」

 ベルに抱えられた魔法使いが顔を上げ、「まさか」と僅かに目を見開く。

「違う」

「じゃあ、あなたはどうして、平気なの」

「わたしは体調が優れなかったから夕食を抜いた。それだけだ」

「それだけ?」

 ベルが胡乱な目でカルミナをじっと見つめる。

「それで、偶然、こんなことに? あなたは助かって?」

「おい、ベル、やめろ」

「それはこっちの台詞よ、イグナーツ。カルミナは、あなたと組む前は、いったい何をしていたの?」

 目を眇め、なおも睨みつけるベルの詰問に、イグナーツも言葉に詰まる。

「どういう、ことなんだ……」

 ぐったりとした魔法使いが、呻くように呟いた。

 カルミナは(かぶり)を振り、ひとつ息を吐く。

「そんなことは今更だ。どうでもいい。もう来るぞ。死にたくなければどこかに隠れるか逃げるかしたほうがいい」

 まるでカルミナの言葉を受けたかのように、目の前の地面に矢が突き立った。


「お前はどうするんだ」

 矢を避けながら走るカルミナの後を追って走り出したイグナーツは、カルミナの質問に思わず嘆息する。

「どうしたもこうしたも、仕事の時間だろう?」

 いつの間にか手に大剣を持ち、避けきれない矢を振り払いながら、イグナーツは、いったい何をいいだすのかとカルミナに呆れた目を向けた。

 周りでは比較的無事だった傭兵たちも応戦しているが、旗色は悪い。

「そういう意味ではない。お前はどうするつもりだ、わたしを」

 襲ってきた盗賊らしき男を小剣で切り捨てながら、カルミナは口を笑みの形にした。今日がその日になるとはな、と考えながら。

「どうするって、お前は違うんだろう?」

 けれど、返された言葉に僅かに瞠目し、カルミナがイグナーツを振り返る。彼は「変なことを聞くやつだな」と不思議そうにちらりと見返した。

「お前が違うって言うんだから、お前じゃないんだろう。何か間違ってるか?」

 笑顔で言い切ったイグナーツに、カルミナはどうにか「いや」とだけ返した。


 盗賊たちの数は多かった。いったいどれだけ集めたら、これだけの盗賊団となるのか。

 応戦するうちにカルミナはイグナーツと離れ、いつの間にかひとりになっていた。周囲の盗賊もあらかた倒し、ほっと一息吐いたところでひとの気配を感じて、振り返ろうとして足が動かないことに気づいた。

「……そろそろだと思った。意外に遅かったな」

「わかってたの?」

 足元を草に絡みつかれ、その場に縫いとめられながら、カルミナは現れた魔法使いを眺める。くすくすと笑う栗毛の女魔法使い……ベルは、あまり驚いた様子も見せず、さらに“束縛”を強化した。

「いや。お前だと思ったのはついさっきだ。それまではわからなかった」

「さすがだわ。そろそろ潮時だからこれを最後にって思ったのに、あなたとイグナーツにほとんどやられちゃった」

 ベルは軽く肩を竦め、言葉を続ける。

「私もね、まさかこんなところであなたに会うなんて、思わなかったの。

 ──赤毛と黒髪のふたりで1組。片方は剣が得意で、もう片方は魔法を使う……ある意味、知る人ぞ知る有名人だもの。とっても腕がいいってね」

 ベルはちらりとカルミナの真っ赤な髪に目をやる。

「けれど、そうね、噂を聞かなくなってもう数ヶ月経つわ。どこかで仕事をしくじって返り討ちにあったんだって話まで流れていたのに、まさか、ねえ」

「……なんのことだ」

 女魔法使いは目を眇め、くっと口角を上げて笑顔を浮かべ、じろじろとカルミナの全身を舐め回すように見つめた。カルミナの投げた短剣を避け、「あら、危ない」と大袈裟に驚いた表情を作りながら。

「まさか、その片割れがイグナーツの相棒に収まってるなんて、本当に驚いたわよ。黒いほうはいったいどこに行ったのかしら?」

 面白そうに、女魔法使いはまたくすくすと笑う。

「……ねえ、あなた、どうやってイグナーツに取り入ったの? あんな風でも、彼って結構勘がいいのよ。鼻が利くっていうのかしら。今日だって食べなかったし、騙そうとしてもすぐに気付かれちゃうの。いつもなのよ」

 心底不思議そうに尋ねてから、ベルは「もしかして、美人は得ってことかしらね」と独りごちる。

「まあ、それはどうでもいいことだわ。

 けど、迂闊よねえ。ほぼ知られてないとはいっても、通り名をそのまま使ってるなんて。本当に本当、まさかと思ったわ」

 じっと口を噤んだままのカルミナをさらにじろじろと観察してから、ベルは嘲笑を浮かべた。

「でも、赤いほうは魔法は使えなくて剣で戦うんでしょう? なら、私の敵じゃないわね。

 ──だって、あなたはそこから動けないんだもの」

 うふふ、とベルはまた楽しそうに笑みを浮かべる。

「ここで私があなたを()れば、ちょっとした有名人になれるのかしら。

 あなたも、平然としていられるのは今だけね」

 ベルは笑顔のまま、魔法の詠唱を始めた。だが……

「なるほど、わたしを殺せると思っているのか。お前のやったことをすべて被せて。これは驚きだ」

 少しも驚いた様子のない口調でそう述べて肩を竦めたとたん、素早く二言三言何かを呟いてカルミナの姿が消えた。

「え?」

 カルミナを見失い、狼狽えるベルの胸からいきなり剣が生えた。ポカンと呆気にとられた顔でその切っ先を見下ろし、ベルは「どうして?」と視線を彷徨わせる。

 消えたはずのカルミナが、いつの間にか彼女の背後に立っていた。

「お前は、魔法使いのくせに馬鹿なんだな」

「うそ、聞いてないわ、赤いほうが魔法を使うなんて……う、そ……」

「よかったな、死ぬ前に“見えたものをそのまま信じるな”という教訓が得られて」

「まさ、か、黒いほ……どうして?」

 ごほっと血を吐いて崩れ折れる女魔法使いから引き抜いた剣で、更にその喉を掻き切ると、カルミナはじっと彼女を見下ろした。

 倒れた女魔法使いはひゅうひゅうと喉を鳴らしながら手を伸ばそうとしたが、すぐにその目からは光が消え、ぴくりとも動かなくなった。


「おい、カルミナ!」

 馴染んだ声に呼ばれて振り返ると、イグナーツだった。彼は倒れた女魔法使いが視界に入ったのか、たちまち渋面になる。

「……殺したのか?」

「こいつが内通者だった。魔法を使われて、余裕が無かったんだ。これまでも、魔法で同じような手を使ってたんだろう」

「ああ、わかってる。さっき捕まえた盗賊の頭がそう吐いたんだ。できれば、生かして捕らえたかったんだがなあ」

 いつものように感情を伺わせない声で淡々と述べるカルミナを一瞥して、イグナーツは肩を落とす。友人がこんな悪事に手を染めてるなんて、知りたく無かったなと零しながら。

 その背中は随分と落ち込んでいるように見えて、カルミナは何故だか落ちつかない気持ちが湧き上がるのを感じた。

「……イグナーツ、いつまで下を向いている。さっさと戻って報告するぞ」

 カルミナが呼び掛けると、何故かイグナーツは勢いよく顔を上げて振り向いた。驚いたように瞠目したまま、彼はじっとカルミナの顔を見つめ……「どうした?」と怪訝そうに首を傾げる彼女に破顔する。

「やっと、俺の名前を呼んだな」

 そう言って笑顔を見せるイグナーツに、カルミナはますます訝しむようにじっと彼を見つめた。

「それがどうかしたのか」

「どうしたも何も、お前が俺の名前を呼んだのは、今が初めてだぞ?」

「そうだったか?」

 いったいそれが何だというのか。さっぱり意味がわからずに首を傾げたままのカルミナの頭をぽんと軽く叩き、イグナーツは歩き始める。

「ところで、お前はなぜわたしが潔白だと信用した」

「ん? そりゃ、そのくらいわかるさ」

「答えになっていない」

 眉を(ひそ)め、憮然とするカルミナに、イグナーツは、はは、と笑ってこともなく言う。

「俺の勘は結構当たるんだよ。実際当たっただろう?」

 やはり答えになっていないと、カルミナはますます憮然とした。


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