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いつしか至らむ  作者: 銀月


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7.姉妹

 物心ついた頃には、わたしとラーベと父さまの3人だった。


 わたしとラーベは双子で、見た目はほんとうにそっくりだった。

 父さまは絶対に間違えなかったけど、父さま以外のひとは、私たちが入れ替わって仕草や話し方を似せてしまえば、どちらがどちらかなんて見分けられなかった。

 けれど、姿はそんなにそっくりなのに、ラーベはわたしに比べて少し臆病で……いつも一歩引いて、わたしの後ろに隠れているような子だった。

 双子で、どちらが姉で妹かなんてわからなかったけど、どちらかといえば、たぶん、わたしのほうが姉だと言えるのではないだろうか。


 父さまは、遊びのように、わたしたちにいろいろなことを教えてくれた。武器の使い方、身の回りにあるものを武器に見立てた戦い方、生き物の隙の見極め方やとどめの刺し方、急所の位置。

 父さまが教えてくれることのすべては殺すための知識であり方法であり技術だった。

 わたしは嬉々としてそれを身につけていった。うまくできれば、父さまが優しく、怖くなくなるからだ。


 ……そう、わたしはいつも父さまが怖かった。なぜかはわからない。いつからもわからない。でも、いつも優しく微笑んでいるはずの父さまが怖くて仕方なかった。

 こっそりとラーベに訊いてみても、ラーベはきょとんとするばかりで……わたしだけが父さまを怖いと思うのは、なぜだろうと不思議だった。


 年が上がるにつれて、父さまが教えてくれる内容はどんどん難しいものになっていった。薬草や毒草の見つけ方と使い方、魔法の見極め方、閉ざされた場所へ入り込む方法、罠の見極め方、生き物の気配を見分ける方法、鍵の開け閉めのやり方……それに、自分よりも体格が良く、鎧を身につけた男を効率よく仕留める方法や魔法使いの魔法を封じて殺す方法も。

 そのうち、ラーベには魔法の素養があるからと、父さまが魔法を教え始めたのもこの頃だった。わたしに魔法が使えないことは残念だったけれど、父さまと少しだけ距離ができたことには、なぜか安心した。


 そして、この頃からラーベは髪を黒く染めるようになった。たぶん、“(カルミナ)”と“(ラーベ)”という名前に合わせてのことだろう……と思う。

 けれど、ふと、父さまの黒髪とラーベの黒髪を見比べて、どことなく疎外感のような……いや、よりいっそうの、もっと嫌な何かが感じられて、ますます怖くなってしまった。


 わたしには、父さまが何を考えているのかが、まったくわからない。

 父さまの姿はわたしたちが物心ついた時からまったく変わらず……大きくなるにつれて、父さまは、たぶん、人間でない、何か他種族の血を引いてるんだろうと思うようになった。

 だから、わたしには父さまの考えていることがわからないのだろうか?


 最初に父さまに“仕事”をするように言われたのは、13の時だ。


「そろそろ実践を覚えなくてはな」

 父さまはいつものように優しい微笑みを浮かべてそう言った。今まで身につけてきたことをうまく使えれば、とても簡単な“仕事”なんだと。

 わたしとラーベは少しだけ緊張しながら頷き、ふたりでどうすればうまくできるかを話し合い、“仕事”へと向かった。

 ……“仕事”を終えた時、こんなものかという呆気なさを感じていたわたしとは対象的に、ラーベが少し震え、目に怯えの色を浮かべていたのを覚えている。


 それから、父さまに言われるがままに、たくさん“仕事”をこなした。対象はいろいろだった。自分たちとあまり年が変わらない人間もいたし、ずっと年寄な人間もいた。男も、女もいた。

 “仕事”をするたび、だんだんとラーベから何かが消えていくのはすぐに気がついた。ラーベは、どんどん変わっていくようにも見えた。


 わたしは“仕事”を他人事のように捉えてて、父さまにとって、わたしはこういうことでしか役に立てないんだろうと、どこかすっぱりと割り切って考えていたけれど、ラーベにはそういう割り切りができないようだった。

 わたしは最初から殺すことをなんとも感じていなかったけれど、ラーベはそうじゃないようだった。

 いつでも少し震えて、“仕事”を終えた後には何かが痛むような色を目に浮かべて……けれど、ラーベは、そうやって自分の中に湧き上がったいろいろなものをどんどん奥底へと沈め、押し込んでいった。


 たぶん、わたしは父さまと同じ種類の人間なんだと思う。どこかおかしくて、どこか壊れてて……けれど、ラーベはたぶん、すごく普通の人間だったんだろう。だから、ラーベはいつも怯えて怖がっていた。


 わたしは、ラーベが自分のように壊れてしまうのは嫌だと思った。

 けれど、このままじゃ、近いうちにラーベが完全に壊れてしまう。




「父さま」

「なんだい、カルミナ」

 わたしは、意を決して、父さまにお願いをすることにした。

「わたしとラーベ、父さまから離れて独り立ちしたい」

「ほう?」

 父さまはいつものように薄く笑みを浮かべたまま目を細め、わたしをじっと見つめる。

「それは、ラーベのためだね?」

 わたしはごくりと唾を飲み込んだ。わたしの考えることなど、父さまはお見通しだったんだ。

「と、父さまには、わたしだけいれば十分でしょう? ラーベは、あの子は、弱いから……」

 必死でそう述べるわたしをくつくつと楽しそうに笑って、父さまは、では、と言った。

「次にお前たちに任せようと考えていた“仕事”があるのだが……お前ひとりでできたなら、そうだな、ラーベはここから出してやってもいい」

「父さま、本当に?」

 少し訝しむようなわたしに、なおもくつくつと笑いながら、父さまは「本当だとも」と頷いた。




 その日の日暮れ、わたしを見送るラーベをしっかりと抱き締め……額を合わせてわたしとよく似たその目を覗き込んだ。

「お前のことだけが、わたしが今ここで生きている理由だよ。ラーベ」

 わたしの大切な、半身。

 ラーベは少しだけ不思議そうに首を傾げてから、何を急にと、わたしを抱き締め返して笑う。

「私も……私が生きている理由も、お前だけだ」

 お互いくすりと笑う。これが終わったら、ラーベは父さまのところを出る。わたしもいつか、父さまから自由になって、そうしたらふたりで生きていきたい。


 けれど。


「カルミナ、悪い子だ」

 傭兵に返り討たれそうになって逃げ出したわたしを、城壁を越えた先、森へと至る闇の中で、白い顔に笑みを浮かべた父さまが待っていた。

「失敗するなんて、ほんとうに、悪い子だ。これでは、私が後始末をしなければならないではないか」

 背筋を恐怖が走る。凍てつくように寒いのに、なぜかじっとりと汗が滲む。

「ま、待って、父さま」

「約束だったね?」

 父さまは薄く笑んだまま、わたしに近づき、優しくそっと頬を撫でた。

「カルミナ」

 笑んだまま、目だけに微かな疑問の色を浮かべて首を傾げ、父さまは「お前で8人目なのだ。なぜうまくいかないのだろうね」と呟いた。

「父さま、何が……?」

「十分手間をかけて、大切に育てるのに、なかなかうまくいかない」

「と、父さま……」

 父さまが怖い。さっき感じたものとは違う、いつも感じるものとも違う、得体の知れない恐怖が湧き上がる。父さまの目は深く赤い闇のようで、そこには何も無くて……初めて、わたしは父さまの内を覗いたような気がした。

「けれど、ラーベはまだ見所があるのだ。あの子は惜しい」

「やめて、父さま」

「お前の望み通り、あの子はまだもう少し様子を見よう。けれど、カルミナ」

 父さまの口の端が吊りあがり、大きく弧を描いた。

「悪い子には、罰を与えなくてはいけない」

 本能的に身体を捩り、父さまの手を振り払って森へと駆けた。

 ラーベのところに行かなくちゃいけない。

 ラーベを逃さなきゃいけない。

 ラーベがわたしを待ってる。


 焼けるような熱さと衝撃を背中に感じ、転びそうになったけれどどうにか耐えて、ひたすら足を動かした。

 だんだんと目が霞み、息が荒くなっていき……ようやくラーベのところに辿り着いた。

「ラー……」

 縋り付くように倒れこむわたしを抱え上げるラーベに、わたしはうまく笑えただろうか。

 たくさん、話したいことも話さなきゃいけないこともあるのに、もう、目を開けることもできない。


 わたしは、生まれて初めて神に祈る。

 誰か、ラーベを助けてください。


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