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動揺

 ―――どのくらいの時間そうしていただろうか。


 髪をすくわれるのはなんだかくすぐったくて、顔をずらしたら握り合っている私たちの手が視界に入った。華奢に見えるけど骨ばった大きな手に強く握られて、私の手が小さく見える。


「エステルがこんなにぼんやりしてたら、僕の仕事が増えちゃいそうだね」


 囁くようにそう告げて顔を寄せる。

 天井につるされたランプの光が遮られ顔に影が落ちた。

 オリーブの瞳が近い。

 いじわるそうな瞳に反して髪を撫でるしぐさは優しく、壊れ物を扱うように慎重だ。

 まるで自分がいつもより弱い存在になったかのように錯覚する。

 

 いつもより近い距離。


 チョコレートの甘そうな匂いが微かにする。

 この龍、チョコの食べすぎで体がチョコレートに変わっちゃってないでしょうね。

 その距離感にとまどいはあるけど、私の中に表れたのはなんだかうれしい感情。

 徐々に狭められる空間も、彼の持つ気配も、暖かいと感じることができた。

 これは、私にとって大切な感情だわ。

 自然と笑みがこぼれる。




「・・・・・・ねぇ。どうして笑ってんの。」

 心外だとばかりに眉をひそめられた。

「・・・・・だって、心配してくれたんでしょう?」

「・・・・・・・・・・・・・・」 

「ぎゃっ!」 

 おでこに指先で一撃が入り、ロイは手を離して私に背を向けた。

「ばーか。ちょっとくらいは動揺すればいいのに。ほんとエステルはさぁ・・・」


 私がこの状況でにこにこしているのが気に入らなかったらしい。

 そうはいっても顔がにやけるんだからしょうがない。 

「ちょっとはドキドキしたよ。だってロイの顔って本当にかわいいんだもん。私がなりたい理想の姿が目の前にあるのよ。これだけ完璧だと羨ましいを通り越してずっと見ていたくなるよね」

「何言ってるの!僕は男に隙をみせちゃいけないってことを分からせてやろうと思って!

・・・もういい」

 なんだか後ろを向いたまま、男扱いがとか、お子様だとかなんだかわからないことをぶつぶつ言ってる。私、そんなにぼーっとしてるようにみえるのかしら。



 今日一番言いたかったことを伝えることにした。


「ロイ、今日は街の人から守ってくれてありがとう」


 本当にうれしかった。孤独なのは慣れっこで何をいわれても平気なつもりだった。

 でも、ロイがかばってくれたとき、誰かに守ってもらえることにこんなに安心感を覚えることが出来るなんて思わなかった。


「あれは別に、かばったつもりなんてなかったけど!好き勝手言われて僕が腹立っただけだし」

 そんなことを言っているけど耳が少し赤くなっているから照れ隠しだよね。

「うんうん」

 私は大きく頭をふった。

「でも、ありがとう。私すごくうれしかったわ。ロイは本当に大事な家族よ。本当の弟がいたらこんな感じなんだろうなって思うもの。

 それに私のことなんかかばってくれる人がいるなんて、今まで思ってなかったから」


「自分でなんかって言わないでよ。

 でもそうか、弟か・・・・僕のほうが長く生きてるんだけどな」

「それはそうなんだけど、見た感じの問題かしら。でも、どっちだっていいの。私にとって大事なのは変わらないから!」


 一緒に住み始めた時はこんな感情になるなんて思ってもなかった。やっかいごとが舞い込んできたとしか考えられなかったし、いかに早く追い出すかばかりだった。誰かと一緒に暮らしてうまくいく自信もない。でも、毎日一緒にいて人(龍?)がいる暖かさにだんだん慣れていくと、次第にその生活に執着を感じてしまっている。

 でも、ロイはいつまでも私の家族でいてくれるわけではないのだろう。

 もともと私が奪ってしまった力を回復させるのにチョコレートが役に立つというだけで、私の傍にいるのだ。あの時の行為を恨まれていたって不思議ではない。

 彼は龍だ。他国でどのような立場にいるのかはよくわからないけれど、このまま傍に居続けるわけにはいかないだろう。

 いつまで一緒にいてくれるのって聞きたいけど、怖くて口にすることはできない。


「ふーん、大事ね。まぁ今はそれでいいや。

 と・に・か・く、明日は用心すること!男は狼。男は敵!特にあいつは一番の危険な生き物!

 いいね!」

 人差し指を突き付けながらロイが言う。

「了解です!!」

 本当に心配性なんだから。

 大げさだと思いつつも素直に返事をした。


 もう外は暗くなっていた。疲れ切った体は眠気に襲われてくる。明日もきっとたくさん歩かなくちゃいけないだろうから早めに食事をとって寝ることにした。朝は早い。


「おやすみ、ロイ」

「おやすみ、エステル」


 ランプを消すとあたりは暗くなった。

 窓から見える星は、雨が降った後の空みたいなきれいで澄んだ黒の中でいつもより輝いて見えた。



 

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