コロンの街
私たちはつかの間の休憩を終えて、泉に付けた目印を後にし、再度街に向けて歩み始めた。
あのとき、この場所でこの子と出会っていなければ、まだ私は独りきりであの家に住んでいたのだろうか。
その後、なぜかチョコレートの味に惚れこんでしまったらしいこの少年は、力を回復させるためと言い、強引に住みこんでしまった。
名前を尋ねたが、とんでもなく長ったらしくて覚えるのが困難だったので最初の二文字をとってロイと呼ぶことにした。
龍と同居なんて非現実過ぎてどうなるかと思ったが、意外と人間くさいところがありおしゃべりな性格をしているためか馴染んでしまった。よく、からかわれたりするのは何とかしたいけど。
最初は喧嘩ばかりだった私たちだけれど、今では無くてはならない大切に思う家族の一員だ。
久しぶりについたコロンの街はあいかわらず熱気に溢れていて、人や荷馬車がひっきりなしに動き、まるで時を早めようと急いでいるのではないかと思ってしまう。
乾いた土が荷馬車の走り去る車輪でまきあがって、吸い込む空気は少し砂っぽい。南北を貫くような大きな道路の脇にはたくさんの小道があり、ひしめき合うように出店が並んでお客を待っている。
私はより深く帽子を被り直した。
「エステル、見てよ。あの二人って似ているけど親子なのかな?この建物も変な形をしてるね?あの人は変わった羽飾りを付けているけど何の鳥の羽だろう?あ、あっちからいい匂いがしてくるけど行ってみない??」
「・・・・・・・・・。ちょっと落ち着いたら?」
街に着いてからロイはしゃべり続けだ。前回連れてきた時もそうだったが質問の数が半端なく、答える身としてはぐったりしてくる。
だいたい、以前住んでたところには人がそんなにいなかったのだろうか?特に人に対する好奇心はすごい。私と出会う前のロイがどんなふうに生きてきて、何を思っていたのかあまり分からない。
以前、ふと尋ねたこともあるが、どことなくさみしそうな顔をして「山の中にいたよ」としか教えてくれなかったので、それ以来なんとなく聞けずじまいになっている。
「ねえ、そんなに珍しいものなんてそうないでしょ?」
私の手を引いて動き回るロイはとても楽しそうに辺りを見渡している。おとぎ話の中の王子様のようなブロンドの髪が日光を浴びていつもより輝いている。
「そんなことないよ。何もかも興味深いよ。人の街ってみんなが一生懸命に生きてるのが、建造物や人々の様子で分かる。」
楽しそうなロイは気づいていないみたいけれど、さっきから通り過ぎる人々は、老若男女問わずちらちらと横目で彼を見つめている。若い娘はうっすらほほを染め、夢見る少女かのごとくうっとりと目を潤ませた。
気持ちは分からないではない。そんじゃそこらじゃ見られない器量よしな少年が楽しげに微笑んでいるのを見れば目を奪われてしまうだろう。
だが、ふいに聞こえてくるのは、
『あの美しい子の近くにいるのは魔女じゃないか。さらわれたのか?』
『目を合わせちゃいけないよ。連れて行かれてしまう。』
『死を呼びこんでくるのさ。』
『おお、嫌だこと。この街から早く出て行ってくれるといいのに・・・・』
耳に聞こえてくるのは私に気付いた人々の小さくて冷たい声。
いつものことだけどちょっと悲しい。自然とうつむきがちになり視線を地面に向けながら歩く。
魔女は恐れなければならない存在。けっして軽んじられるわけにはいかない。
恐れられることが必要だなんて、本当に馬鹿馬鹿しいことだけど。
どうか、ロイが気づいていませんように・・・・・
「お前ら、こそこそ陰口叩いてるんじゃないぞ!!!文句があるならここまで来て堂々と言えばいいだろ!」
「ちょっ!」
突然、ロイが辺りに響き渡るくらいの大声で、噂話をしている連中に叫んだ。
さっきまでの笑顔が嘘のように険しい顔つきに変わっている。
「さっきから黙って聞いていればあることないこと。だいたい、僕はさらわれてなんかいないよ。
エステルはたまにいきなり切れるけれど基本的には優しいし、ものすごく大雑把だけど世話焼きなほうだ。ついでにいえば、窓の外で揺れてぶつかる枝の音を、お化けが来たと勘違いして怯えるような繊細さももっているんだ。」
「ええと・・・・念のため確認したいんだけど一応かばってくれているのかな?」
若干、問題点がないわけじゃないが、とりあえず私のために怒ってくれているようだ。
「エステルは黙っていて。」
ロイは中心で話していた背の高い男の前に行って、ちょっと斜め下から睨みつけた。
こちらからは後ろが見えないのでどんな表情かはみえない。
「だから、もう、そろそろやめてくれるよね・・・・・?」
「------っ!」
男は明らかに狼狽し始めた。先ほどまで周りから注目されていた少年が自分に向かって冷たい態度をとっている。男からしたらこんな子供相手に・・というところだが、なぜか抱いているのは恐怖心だ。
視線をそらせば、噛みつかれるかのように思えて目を離せない。
「ふっ、ふざけるな。魔女は不幸の象徴だろ。む、昔からそうきまってんじゃねえか。こんな女と一緒にいるお前も同類に違いねえや。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。そう。」
震える声で男は強がった。
とたん、少年の空気が今までと変化した。
これはまずい!ロイ完全に切れちゃった!こんな往来で暴れられたら困る!
私は慌てて事態を収拾するべく動いた。
「ロイ、やめなさい!!罰を与えますよ・・・。
・・・・・・・・あなたたち、私を魔女と知って騒ぎを起こしたんですね・・・
これ以上この場で騒ぎを大きくするようなら、私はこの国の唯一の魔女としてあなたたちに災いをもたらしましょう。
私の役割は理解していますね。
死を与えられたくなければ、今すぐ去れ!!!」
いやぁーーーと口々に叫びながら、辺りから人は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。