出会いは突然に
結局すべての支度が終わるころには空は白んできていた。
予定外の荷物を詰め込むことになり(主に大量のチョコレート)、鞄の中はパンパンにふくらんでしまった。これから半日は移動しなければならないのにどうしてくれよう。
履きなれた柔らかい皮の靴を履き、仕上げに帽子をかぶった。これまた、魔女らしい真っ黒のつばの広いものだ。
施錠をし、コロンの街にむかって、私の頭からほんの少し高いくらいの背の彼と並んで歩きだした。
土は湿っていてたまにぬかるんでいて歩きづらい。
うっそうとした森の中、風に吹かれてこすりあう森の木々たちの音がきこえる。ときおり、響く不思議なざわめきは何か恐ろしいものがひそんでいるような気配を感じさせた。
街の人々が恐れをいだくイメージそのままに森は不気味な姿を表している。
実際にこの森には得体のしれないもの者どもがいるのだが。
時折、我が家に訪れる者もいる。はっきりとした姿は見たことがないが、影をみたり、小さないたずらの痕跡を見つけることがあるのだ。
ちなみに私はその者らをシャイな妖精さんだと思いこもうとしている。
なんとなく怖いので。
小一時間ほど進むと森は開けて、明るい光に包まれた。
明るい碧色をした湖がそこにはあった。日の光をあびて、湖面はきらきらと光を放っていて美しい。
ここの畔で少し休憩をすることにする。
「ねえ、ここって思い出深いよね。あの時のことエステルはまだはっきりと覚えてる?」
朝ごはんとしてのナッツ入りのチョコレートを頬張りながらロイが私に問いかけた。
「そりゃあ忘れられるわけないでしょ。あんな衝撃的な出来事は!私の人生のトップ3には確実に入ってるわ!」
「そっか、それは良かった。僕にとってもエステルとの出会いは龍生のトップ3には入ると思うんだよね―。今でも思い出すと頭をぐりぐりしてやりたくなってくるよ。」
笑顔だがその目は笑っていない。
ーーーうん。私たちの出会いは激しかったよね。
けっこう最近仲良くなれたよね・・・・・?
今から半年前の出来事のことである。
季節は秋から冬に変わろうとしていた。灼熱のこの国にも短い冬はあるのだ。かといって涼しいと感じる程度なので、いつもの外出用のローブに薄手のマントを羽織って、私はいつものように街へ向かっていた。今回いつもと違うのは魔女の薬のほかに、異国に伝わる伝承を基に調合したチョコレートなる物体を作成し持っていることだ。
これは甘く、芳醇な香りを持ち薬の効果を持ち合わせるらしい。異国では媚薬として使用もあるとのことで高く売れるのではないかと内心ほくそ笑んでいる。
金持ち連中は珍しいものには大枚をはたいてくれる大事なお客さんだ。
しばらく歩いていて妙な事に気がついた。
私は迷っている。
いつまでたっても同じ場所をくるくると廻っているような気がするのだ。
どうしたことだろう。私はこの道なき道で迷わないよう一定の間隔を設けて木に印をつけてある。
魔女の力を使ったほかの人には分からない私だけの印だ。
だが、いつまでたっても次の目印にたどり着けない。
やばいわ。もう時間がずいぶん時間が経っている。
たまに森に迷わされることがあっても、こんなに長い間迷わされたことなんてないのに。
何かの力が干渉しているのかしら?
どっちに進むのが正解?
私はいつまでこうしていればいいの?
だんだん恐ろしくなってきて小走りになる。手には汗をかき、息もだんだん荒くなってくる。もはやどの方角に進んでいるのさえ分からなくなってきた。ぬかるみに足を捕られて勢いよく転んでしまう。服に泥がつき、膝も鼻もじんじんして痛い。
痛む体を起して立ち上がった時、遠くの方でなにか光が見えた気がした。
誘われるように光に向かって進み始める。動くたび体が痛いけど進まなければならない。
引きずるように歩きながら、だんだんとその光に近づいていく。
開けたその場所にそれはあった。
こんな場所がこの森にあったなんて・・・
長年住んでいても一度もお目にかかったことがないわ。・・・・なんて美しい蒼い湖。
でも湖に浮かぶ金の靄は一体何なのだろう。これがさっき見えていた光よね?徐々に大きくなってきている気がするわ。
すると、その靄からその生き物は姿を現し始めた。
するどい爪のはえた足が現れる。尖ったその足が一蹴りすれば地面は深くえぐれてしまいそうだ。その表面は、固い金の鱗で覆われて輝きを放っている。
時間とともにそれは尾を伴う胴体になった。その姿だけでもいかに全身が大きいかが容易に解る。
金の靄はゆっくりと形を変化させ、なおも大きく膨らんでいく。
手であろう鉤爪の部分が現れ始めたのを見て私は半狂乱になった。
死ぬ。死んでしまう。
これは恐ろしい魔物だ。
ためらっていてはだめだ。
自分の身は自分で守らなきゃ。
「そおりゃあああああああああああああ」
そうして、私は自身の持つ最大攻撃魔法を全魔力を使ってその生き物にぶっ放したのだ。