魔女と黒髪
今日は早起きをした。外はまだ薄暗く、小鳥の鳴き声も聞こえてこない。
こもりきりのこの家を出て街に薬を卸しにいくのだ。
眠い目をこすりつつ、寝巻から魔女おきまりの黒いローブに着替える。
一年のほとんどは気温が高いため袖なしにひざ丈のちょっとカジュアルな出で立ちだけど。
胸には国の紋章が金の縁取りをもって縫いつけてある。
ちょっと地味だけどこれが私のユニフォームだし、と開き直っている。
所々はねている腰の下まで届く黒髪を櫛でとかそうとするが、からまってうまくできない。
もともと細くて猫っ毛だからひっかかりやすいのだ。
ああっ、もう!これだけはばっさり切ってしまいたい!
重いし、肩も凝るし。
魔女は長い黒髪でなければならないというくだらない決まりをなんとかしていただきたい。
長らく格闘していると大きな声とともに扉が急に開かれた。
「ちょっと、朝っぱらからうるさいんだけど!
ああっとか、もう嫌とか隣の部屋まで聞こえてるしさ」
寝起きとは思えない麗しいご尊顔を見せながらロイが部屋に入ってきた。
私はじっと彼の髪をみる。
肩に届くか届かないくらいのくせのないサラサラの髪・・
実にうらやましい。いや、妬ましい。
「何、じとってした目でみてるんだよ。僕、まだ眠いんだからね。
――――――ってその格好。今日は街に行く日なの?」
普段の私はこんな格好はしていない。このローブは人前に出るときのスタイルなのだ。
髪だっていつもは暑いから一つに纏めて高い位置でまとめているし。
「ロイ、乙女の部屋に入るときはノックしなさいって何度も言ってるでしょ。急に開けられては困るときだってあるんだから」
「ふっ、乙女?どこにいるの?少なくともここにはいないよね」
完全に鼻で笑われた。うら若き乙女は目の前にいるでしょう!見た目で言ったらロイの方が乙女チックだと言っても過言ではないが。
年から言っても乙女はひょっとしたらきついかもしれないけどね!
「だいたい僕、聞いてないんだけど。でかけるんなら言っておいてくれたっていいのに。今起きなければ置いてけぼりだったじゃん。」
「だってロイ連れてくと目立ってしょうがないもん。恥ずかしいからやだ。家でお留守番してなさい。」
前回の薬の納入の際、二人で街まで行ったが通り過ぎる人々は皆ロイを振り返った。顔の造作で目立つのもあるが、そもそも日光の照りつけのすごいこの国で彼の抜けるように白い肌はいないのだ。
そして、その隣にいる私を見てぎょっとした顔をして目をそらす。
「やだ。僕も一緒に行く。一人で家にいたってつまらないし。ぜーったい行く!ほらさっさと用意して。だいたい髪とかすだけで時間かけ過ぎ。」
そういうと櫛を奪い取り私の髪をとかしはじめた。
「ちょっ、やだ。ってか痛い。ほんとに痛いー。ぎゃあ!」
優しさの欠片もなく櫛を入れられて私は絶叫した。禿げる、頭髪が悲鳴をあげている。
ロイはとても楽しそうだ。鼻歌がきこえそうだ。
「はい。できたよー。かわいくなったよ。これで出発できるね。」
にっこり笑顔のロイが後ろからひょいっとのぞき込んできた。金の髪がさらっと流れて私の頬にかかる。
なんか、顔、近いんだけど。
少年相手とはいえこの距離はちょっと照れるじゃないか。
私は少しばかり赤くなった頬を隠すように下をむいた。