彼とチョコレート
「エステル、限界。お腹すいたよ。今日のチョコレートは?」
私はすりこぎをかき回す手を止め、後ろのソファに寝転んでいる少年のほうへ顔を向けた。
木枠の窓から見える木々の間からもれる日差しがまぶしくて、彼の顔は見にくい。
だが、その声の調子から不機嫌なことはよくわかった。
「何いってるの?さっき朝ごはん食べたばかりじゃない!」
「エステルこそしっかりしてよ。時計を見て!もうとっくに昼をすぎてるんだよ。」
あれ?本当だわ。
時計を見ると昼を通り越しティータイムをいってもおかしくない時間になっていた。
また、やっちゃった。集中しすぎていたようだ。
私は調合が始まると周りが見えなくことがあるので気をつけなきゃ。
「ばかみたいに熱中してたものね。なかなか声をかけられなかったよ。
まあ僕としては新しいチョコレートの開発を邪魔なんてしたくなかったしさぁ」
そういうと14,5歳くらいの彼は一度大きく伸びをしてソファから立ち上がった。本を読んでいたようで膝の上にあった本がばさりと音を立てて落ちる。
彼は私の傍にある食卓の椅子に座った。
待ちきれないのかオリーブ色の瞳をきらきら輝かせて、目の前にご飯を出されるのを待っている。ちょっと子犬みたいだ。
私はこのきらきらした瞳に弱い。
だれもがみても彼のことを美しいと評するだろう。
透き通るような白い肌、光を浴びて輝くブロンドの髪、その体躯は細いながらも筋肉がほどよくついた大人になりかけの少年の体つきをしている。
長いまつ毛に彩られたオリーブの瞳は見る者を魅了し、夢見心地にさせてくれそうだ。
自分にない華やかさを持つ彼を見て心の中で嘆息する。
「はい。今日はニライの蜜を固めて作ったもので自信作よ。とっても甘いと思うわ」
「ふーん。まぁ食べてみるけど。こないだみたいに苦いのは嫌だよ。・・暴れそうになる。」
苦みを思い出したのか、きらきらした瞳に少し暗い色が混じる。
それはたまらない。
経験者は語る。
彼はそのかわいい見た目のイメージに反せず、甘いものが大好きな生き物だ。
だが、その中身はそんなに甘くない。
つい先日、うっかり甘味を付け忘れて出したビターなチョコレートを食べ、部屋の中をめちゃめちゃにしたのも記憶に新しい。
「ロイ・・・・。反省してないの?」
ほんとに勘弁してほしい・・
あのときも片づけに一日を費やしたのだ。あやうく次の日までに納入予定の薬の完成が遅れるところだった。
これで生計を立てている身としては余計なことに時間をとられてはならない。
「いや、まぁ・・反省してないわけじゃないけど。
でも、あんなの出すエステルだって悪い!僕がどんなにチョコレートの時間を楽しみにしているのか知ってるでしょ!!」
「気を付けるわよ。もう二度と部屋を荒らされたくないしね。いいから黙って食べたら。お腹すいているんでしょ?」
「はいはい、わかったよ・・・」
黙って食べ始めた彼の顔に喜色が宿る。
よかった、よかった。今日のチョコレートはお気に召したらしい。
我が家の家庭円満の秘訣はこの茶色い食べ物である。
ロイはチョコレートさえあれば幸せに生きていけるのだ。
ここは深い深い森の中。
オンテーム国は緑の少ない国である。領土の三分の一は砂漠化が進み、いずれは砂漠に飲み込まれてしまうといわれている。その少ない降雨量に長年国民たちは悩まされていた。その首都であるレルシュの北東には避暑地の街コロンがある。人口は多く、交通の便も良いため商業地として栄える華やかな街だ。
そのコロンにはあまり人の訪れないいわくつきの森がある。
そこに足を踏み入れたものは、ある者は帰ってこない、またある者は恐ろしいものを見たと言い、いつしか訪れる者のいない森になっていったのだ。
そんな誰もいない森の中に住むのは魔女の私と彼だけ。