閑話
本文から離れると、皆さん性格がおかしな方向に…。
初めて見た彼女は、暗い所で憐れなほどに怯えていた。
王城に攻め込み、皇帝の首を取り、皇妃以下王族も切り捨てたと宣言するとあっという間に戦は終わった。
レイモンド殿下と将軍、この国を何とか切り盛りしていた宰相は城の一室に籠り、これからの事について話し合うのだとか。俺は将軍直属の部下なので、中には入れないが、その部屋の扉を守った。将軍たちが話し合っている間に、外の奴らは戦の後片付けをするのだ。
しばらくすると、部屋の中に入っていた直属部隊の先輩が出てきて、俺に指示を出した。
「フロウ、この城にいるガエリエというメイドを探して来い」
「メイド、ですか?」
「そうだ。なるべく急げ」
「了解。至急、ガエリエというメイドを探し連れてまいります」
命令内容を復唱し、駈け出した。
メイドはすぐに見つかり、先ほどの部屋に連れていく。ノックをして入ると、中にいた人たちは宰相と殿下以外、皆立ち上がっていた。
将軍がメイドに目を止めると、語りかけた。
「よし。ガエリエ、お前はセルヴィア国第一皇女の居場所を知っているな」
「ヒッ!」
「安心しろ、お前をどうこうするために連れて来させたのではない」
「し、知っています…」
「では、そこへ案内してくれ」
「…あの」
「何だ」
「わ、私は食事を扉の食事口から入れていただけでして…。そこの扉にはいつも厳重に錠がはめられているのです。私はその鍵の場所は知らなくて…」
「そうか…。その扉は金属製か?」
「い、いえ、木製です」
「では、斧を持っていくとしよう」
今後の方針が決まったのか、将軍は直属部隊と斧を持って来させてメイドを連れて歩きだした。
城の入り組んだ道を歩きまわり、だんだんと地下に潜っていった。地下への階段を降りていると、そのうち道が一本合流しているところがあった。メイドは迷わずさらに地下へ降りる道を取った。
「今の階段はどこにつながっているんだ?」
先輩の一人が呟いた。
「皇帝陛下の寝室ではないかと思われます」
もう、自分が害されることはないと安心したのか、メイドは落ち着いた声で答えた。
そのやり取りからさらに数分、ついにメイドは足を止めた。
「こちらです」
メイドが指し示す手の方向を見れば、なるほど薄汚れた扉がひっそりとあった。その先に階段は続いておらず、ここが地下の最下層であることが分かった。いったいどれほどの降りたのだろう…。
俺たちは予定していた通り扉に斧を打ち付けた。
扉が壊れると、中には牢屋があり、その隅に体を最大限寄せつけた少女がいた。
クッションに溢れた乗心地の良い馬車の中、
俺の横には皇女様がいる。
目の前は殿下だ。
紆余曲折あり、俺は皇女様の世話係をガイン国王城に着くまでの間、命じられた。
なぜ、俺が?という思いもあるが、皇女様が厳つい野郎などでは怖がってしまうからという理由からだった。そう言われると、反論できない。確かに、この9歳くらいにしか見えない彼女が大男ばかりに囲まれては恐ろしくてかなわないだろう。まだ、俺の脳裏には怯えきった皇女様の姿がしっかりと焼き付いていた。
甲斐甲斐しく世話を焼こうとしたが、皇女様は一見、優男に見える俺でも恐ろしいらしく、話しかけるたびにビクリと体を揺らしていた。殿下はある程度慣れたようだが、それでもやはり駄目らしい。
唯一、将軍だけは平気…というか大好きらしい。将軍にだけは微笑みかける。将軍も満更ではない様子で、かつて『氷狼』とまで言われたブリザードフェイスに雪解けが始まったかのように、よく笑った―――まあ、それも皇女様にだけだったが―――。しかし、将軍は面立ちの涼しげな美形だが、身体つきは厳つい。なぜ、あの人に懐いて、他には懐かないのか不思議だった。
俺に懐いてくれない、というのは取り敢えず置いておくにしても、最も困ったのは、皇女様が何も召し上がってくださらないことだ。
食欲がないのかと、飲み物を出しても駄目。嫌いな物なのかといろいろ出したが、それも駄目。いったい何がいけないのだろう。
しばらくすると森に入り、一度目の休憩になった。
馬車の中に将軍が入って来ると、皇女様はまだ少し硬い笑顔で迎えた。最初は無理して笑っているのかとも思ったが、そうではなく、長年顔の筋肉を使っていなかったためだろうということになった。
俺は皇女様に出すためのジュースを作ろうと思い、森に入って果物を探しだした。取りたてならおいしいし、飲んでくださるかもしれない。
そこへ、先輩がやってきた。直属部隊のリーダーだ。
「フロウ、どうだ?あの皇女様は」
「ん~、なんというか…。まだ、あらゆるものに怯えています。飲み物も食べ物も召し上がってくださらないし…」
「もう昼だぞ?まだ、何も食っていないのか」
「そうなんですよ」
「でも、さっき将軍から飲み物もらってたぞ?」
他の先輩も集まってきて、そんな事を言った。皆果物を取るのを手伝ってくれている。
「本当ですか?ああ、やっぱり慣れていないからかな~」
「その内どうにかなるだろう。がんばれ!」
「先輩、他人事だと思って~」
「だって他人事だしな」
「そうだな」
そんな事を話していると、将軍から飲み物と食べ物を持ってきてほしいと言われた。俺は急いで取っていた果物を絞り持っていった。先輩たちも手伝ってくれたので、早くできた。
将軍と皇女様にそれらを渡すが、皇女様はやはり、召し上がらない。
それから、おもむろに将軍が皇女様のコップを取り、飲み物と食べ物も少し飲んでしまった。
「セリア、どうだ?フロウは毒なんか入れてないだろう?食い物もだ。
フロウが持ってきた物に毒が入っていないのは、こいつがそんな事をしない奴だからだ。俺がセリアにやった物に毒が入っていないのと同じように、こいつが持ってきた物にも毒は入っていない。
だから、お前は安心して飲め」
俺は『毒』という言葉に驚いた。
そうか、皇女様が何も召し上がらなかったのは、懐く懐かないという問題のほかに、毒を入れられた経験が関係していたのか。
毒を入れられたことのある王子や王女は世界中にいくらでもいるだろう。しかし、あの状況にあった皇女様に毒が盛られたというのは、なんだかニュアンスが違ってくる気がする。ただ、純粋に殺されそうになったのか、それとも面白がられて、毒を盛られたのか…。
将軍が言ったことも手伝って、皇女様は恐る恐るコップに手を伸ばした。
「…お、い、しい…」
目の前が一気に明るくなった。
飲んでくれて、さらにおいしいと言っていただけた!
「そうでしょう!?今さっきもいだばかりの搾りたてですよ!まだまだあるんで、たくさん飲んでください!!」
明らかに多すぎる量を持ってきていたが、そんなものはどうでもいい。皇女様がおいしいと言ってくれた物をもっとたくさん口に入れて差し上げたかった。
「…あり、が、とう」
俺はなんだかとても照れてしまった。
後に思い返せば、この時すでに俺は皇女様の魅力の虜となってしまっていたのだろう。
毎日、皇女様がしたことや話したことを同僚に聞かせれば、何かおかしなものを見る目で見られた。
しかし気がつくと、俺は殿下の侍従と異常に仲が良くなっていた。そしてその内、侍従と話していると、殿下や将軍もやって来るようになった。
皇女様の魅力に少しでも触れたものは、皇女様の事を語らずにはいられなくなるのだろう。殿下も将軍も生き生きとした様子で皇女様の事を語っていた。普段無口の将軍もよく口が動いている。
ガイン国までの道のりを半分も過ぎた頃には、皇女様の体も徐々に回復していき、休憩時間は外に出て、ゆっくりだが歩かれるようになった。
それは皇女様の魔法な様な魅力に触れる者が今までよりも多くなるということでもあった。
『皇女様を語らう会』は行軍中に大きさを増していく。
それは一種の予言のような何かだったのだろう。
皆、セリアがダイスキー!という話でした。