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第8話

 城を出発して数時間が経った。


 セルヴィア国から一歩も出たことのない私は外の世界を見ることに対して若干の恐怖はあったものの、とても楽しみにしていた。しかし、セルヴィアの王都を出てしまって森の中に入るまでは、危ないという理由でカーテンを開けさせてもらえなかった。少しだけでも見てみたかったが、馬車には他の人も乗っているし、嫌だと言えるはずもなかった。


 外を見るのはしばらく我慢するとしても、一番困ったのはハルの顔が見られないことだ。クッションが敷き詰められ馬車は快適だったが、密室に大きな男の人3人に囲まれた状態では、息が詰まらない方がおかしいだろう。

 それでも、我が儘を言ってはならないと思い、ここまでなんとか耐えているのだ。しかし、そろそろハルの顔を見なければ本当に死んでしまうのではないかと思われた。




 クッションに体を深く沈めて、それからさらに数十分過ぎた。


 だんだんと馬車のスピードが落ち、止まってしまった。

 やはり、こんな箱に人が4人も乗ってしまったから、流石に馬も引っ張れなくなってしまったのだ。

 初めて馬車を見た時に、箱に乗って移動するなんてどうかしている、と思ったのだ。しかし、それを引くのはこれまた初めて見た数頭の『馬』というヒトではない動物で、その大きな体に心強さを感じ、その穏やかな瞳に大きな安心を抱いた。

 だが、あの大きな馬でもこの箱は重たかったのだ。やはり、乗り込まなければよかった。私一人が降りたところで、私は軽過ぎるのでたいして楽にはならないだろうが、それでも変わったはずだ。


 もやもやと考えていると、ゆっくりと馬車の扉が開いた。

 一瞬、ビクリとしてしまったが、扉から覗く見知った顔に安心して笑みを浮かべた。


「ハル」


 救出されてから、固形物はまだ駄目ということで何かと飲み物をもらった。そのため、長年ほとんど使わなかった喉は徐々に本来の声を取り戻しつつあった。


 ハルは私に少し笑ってくれた。


「セリア、休憩だ」

「そ、と、でる、いい?」


 もう、外に出てもいいの?


「ああ。もう森に入ったから大丈夫だ」


 そう言ってハルは歩けない私を抱き上げ、馬車の外に運んだ。



 私が外に出ると、すぐにレイも降りてきた。


「おい、ハルンスト。俺に何の報告もなしか?」

「特に異常はなかったから、必要無い」

「なにぃ!?」


 ハルは私を抱えたままなので、私の頭上でやり取りがされている。なんだかおかしな光景だ。




 ハルは私を木陰に運んでくれた。そこには簡単な椅子が設置されており、座れるようになっていた。

 私はそこに腰かけさせてもらい、ハルから飲み物をもらった。馬車に乗っている間にもフロウから飲み物を勧められたが、どうしても飲むことができなかった。

 それは昔、皇妃様に一日に一度だけの食事に砂や埃に糞尿、ひどい時には毒物を入れられた経験が関係しているのだろう。砂や埃は何とか食べたが、糞尿の混じったものを食べた時は酷く腹が苦しかったし、毒を入れられた時は高い高熱と嘔吐に襲われた。

 ハルから渡されたものなら飲み食いすることができるのだが、フロウは自分が出した物を何一つ口にしようとしない私に首を傾げ、もしや嫌いな物でも出したのか、と色んな飲み物や小食を出してきた。そのなかのどれ一つとして私は口にできなかった。


「…セリアが何も食べてくれない、とフロウが困っていた。

 …なるべく怖くなさそうな奴を選んだつもりだったが、フロウでも怖いか?」


 それはもちろんある。しかし、それよりも…


「…ど、く」

「え?」

「どく、は、いや」

「毒?毒なんて入れるわけが…」


 ハルは言葉をいったん区切り、何かを思案した後、躊躇いがちに口を開いた。


「…入れられたことがあるのか?」

「……」


 無言を肯定と捉えたのかハルは大きく溜め息をついた。


「毒、毒か。…食事は他に何かされたことがあるか?」


 他に、と聞かれたので取り敢えず、埃や糞尿の事などもたどたどしく言ってみた。


「……そうか」


 それだけ言ってハルは黙り込んでしまった。

 私にとってこれらは日常の事だけど、普通は違うのだろう。牢を出てから自分がかなりずれているのかもしれないという事に気付いてきた。


「は、ハル?」


 恐る恐る呼びかけてみると、ハルはハッとしてこちらを見てくれた。


「ああ、すまないセリア」


 ぶんぶんと顔を振る。考え事を邪魔してしまっただろうか。

 少し不安になっていると、ハルがちょっと大きな声を出しますよ、と断りを入れて、私たちのいる所から少し離れた木陰で休憩をしている兵たちの輪の中に向けて叫んだ。


「おーい!フロウ!少しだけでいいから食い物と飲み物を持ってきてくれ!」


 兵たちの輪の中から立ち上がった人影も「了解!」と大声で叫んだ。しばらくどこかへ行ったかと思うと、また戻ってきて一直線にこちらに向かってくる。


「将軍、お待たせしました。どうぞ」


 そう言ってフロウは、ハルに飲み物と少しの食べ物を渡した。それからこちらを向き、私にも渡してくれた。


「皇女様もどうぞ。…食欲がないのでしょうか?それなら、無理をしなくてもいいですから、飲み物だけでも口になさってください。体が持ちません」


 受け取りはしたが、どうしても口に運べなかった。



 ハルはおもむろに私が手にしていたコップを取り、コップの三分の一ほどを一気に呷り、食べ物も少し食べた。


「セリア、どうだ?フロウは毒なんか入れてないだろう?食い物もだ。

 フロウが持ってきた物に毒が入っていないのは、こいつがそんな事をしない奴だからだ。俺がセリアにやった物に毒が入っていないのと同じように、こいつが持ってきた物にも毒は入っていない。

 だから、お前は安心して飲め」


 ハルの斜め後ろで聞いていたフロウは『毒』という単語に顔を強張らせた。



 ハルが持ってきた物と同じように、フロウが持ってきた物も安全。他の誰かが言った事なら信じられないだろう。だが、他ならぬハルがそう言うのだ。フロウは安全なのだろう。

 私は恐々とハルの持っていた器に手を伸ばし、ゆっくりと口に含んだ。


「…お、い、しい…」


 爽やかなフルーツジュースに毒が入っているとは思えなかった。


 やがてポツリと漏れ出た言葉にハルは微笑み、心配そうに見ていたフロウは満面の笑顔になった。


「そうでしょう!?今さっきもいだばかりの搾りたてですよ!まだまだあるんで、たくさん飲んでください!!」


 そう言って、フロウの後ろに隠れていた大きめの桶を取りだした。中には私が今飲んだものと同じ液体が入っていた。

 …正直それは、ハルの言っていた『少し』という量ではないと思う。しかし、あの短時間で一生懸命絞ってくれたんだと分かった。




「…あり、が、とう」




 フロウは照れたようにはにかんだ。










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