第6話
「おお、そういえばセリアちゃん。会わせたい人がいるんだ」
「?」
「おい、セリアちゃんはないだろう」
「いいじゃないか、ハルンスト。お前なんて呼び捨てだろう?」
「それは、セリアが…」
レイモンド様は私の肩を抱き寄せながらハルと舌戦を繰り広げている。
後に聞いた話だが、レイモンド様は心を許すと馴れ馴れしくなるらしい。実際、非常に馴れ馴れしい。しかし、今のレイモンド様の方がさっきよりも全然怖くない。
「セリアちゃんも俺の事はレイモンドかレイでいいぞ」
「レ、イ?」
「うんうん。いいねえ」
レイモンド改め、レイはニコニコの笑顔で頷いた。
…年の離れたお兄さんとかいたらこんな感じだったかもしれない。
「さっきの、レ、イはこわい。で、も、いまの、レイは、こわ、くない……だから、ええっと…良い」
「おお!そうか、そうか!良いか!それはいい!」
…お祖父さんとかいたらこんな感じだったかもしれない…。
「レイモンド!会わせたい人がいるんだろう」
ハルがなんだかいらついたような声音でレイに言った。
「ああ、そうだった。…入ってください」
レイが扉に向かって呼びかけると、頭が真っ白の好々爺といった風貌の人が出てきた。
「おお!セリア皇女様!!」
「?」
突然、おじいさんは私の寝ているベッドの前に倒れ込むように座り込んで泣き出してしまった。
「おお!申し訳ありません。私は知っていました!あなた様が実の父上に監禁されていることを!それなのに、私はあなた様をお救いすることができなかった!許せとは申しません。
私はどんな罰でもお受けいたしましょう!!」
怒涛の勢いでまくしたてるおじいさんに私は口をはさむ隙も無かった。
「だ、れ?」
「セルヴィアの宰相閣下、クウェイト・スランブル。狂った王の代わりに野心にまみれた大臣たちを相手にしつつ、何とか国を保っていた人物だ。そして、セルヴィア国が降参したとき、俺たちにセリアちゃんの事を話してくれた人物でもある」
「…」
この人がしていたことは本当は私がしなくてはならなかったことだ。この人が私の代わりにこの国を国たらしめていたんだ。
そして、私の事も救ってくれた。ハルと出会うきっかけもくれた。
「か、お、あげる」
「…はい」
言葉通りにあげたクウェイトの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「わたし、が、する、いけない、を、した。ありが、とう」
「セリア様…私には勿体なきお言葉です。私は結局この国を守れませんでした。あなた様の事も囚われていることは分かっていたのに、どこにいらっしゃるのかとんと分からなかったのです」
「…わたし、いま、ここ、いる。」
「……」
「クウェイト、おか、げ」
「!!」
しばらくの間、クウェイトは「申し訳ありません」とか「勿体ない」とか「ありがとうございます」だとかを繰り返し、繰り返しつぶやいていた。
長い間そうしていたが、そのうちゆっくりと上体を起こし、私の目を真っ直ぐ見て言い放った。
「……この不肖クウェイト、微力ながらも残り少ない人生をあなたの為に捧げましょう」
「虚偽のない忠誠をあなたに…」
クウェイトは私の手の甲に口づけを落とし、頭を垂れた。
幼い少女に忠誠を捧げる老人という何とも不可思議な構図だったが、その様子は絵物語に出てくる一面のようで、どこか厳かなものが感じ取れる。
二人の姿にハルンストとレイモンドは魅入ったようにしばらく動けなかった。
長年閉じ込められていたことで髪は伸び放題で黒ずみ、艶はない。頬はこけ、色白く、体はガリガリ。
しかし、そんな貧相といっても差し支えのないはずの少女には、否応無しに人々を惹き付ける能力がある。
なんせ当の男たち本人が、この少女の不思議な魅力に抗えないでいるのだ。
神聖な場に幸運にも居合わせた二人の男はそのことを痛感した。