第5話
「セルヴィア、こくは、ただいまを、もって、きこくの、属国と、なり、ます。」
「ほう。よろしいのですか?」
「レイモ、ンド様は、かし、こい。」
「…私は賢いからセルヴィア国が貧しくなってしまうようなまねはしない、と?」
肯定の意味を含めて頷く。
「甘い、甘いですよ。我が国は大陸一の大きさを誇っています。ガイン国にとってセルヴィア国など有っても無くても同じだ」
確かにそれはそうだろう。しかし…
「レ、イモンドさ、ま、セルヴィアのひと、に、はんら、ん、してほしく、ない」
「なぜ…そんなことが言える?」
「わた、し、いな、いと、はんらん、おこる。それ、いや、ゆってた」
あなたでしょう?
私を助けるための戦争だったという理由が欲しいと言ったのは。
「セルヴィア、に、はんらん、される、いや、りゆ、うある?」
セルヴィア人に反乱されたくない、そう思う理由があるんでしょう?
「…ああ、その通りだ。セルヴィア国には豊かな鉱山資源がある。また、それらを活かした道具の発達が目覚ましい。なぜか兵器の開発はあまり進んでいなかったから今回の戦は楽に勝てたようなものだ。しかし、良質の鉱物と高い加工技術で戦争兵器など作られてしまったら…。我が国が負けることはないだろう。ただ、大きな痛手を受けていたはずだ。この国もただではすまない。
お前の言う通り。俺は…ガイン国はなるべくセルヴィア国民からの反感を買いたくはないと思っている」
レイモンド様の口調はいつの間にか少し砕けたものになっていた。それに、聞いたことのない言葉がたくさん出てきて、言っていることの半分も理解できなかった。
しかし、国の事を語るレイモンド様の姿は今までで一番、一国の王子のように見えた。
「セルヴィア、のこくみん、を、おねが、い、します」
「心得た。
…しかし、なんだってそんなに俺たちの事を信用する?ガイン国にとってセルヴィアが無くてもいいというのは真実だぞ」
レイモンド様はしっかりとセルヴィアの事について了承してくれた後に心底不思議そうに言った。レイモンド様は不思議そうだが、その理由は簡単だ。
「ガ、イン国には、ハル、が、いる」
「…ハルンストがいるとどう違う?」
「ハル、いる、くに、しない」
「…ハルンストがいる国の君主が愚かなまねはしない、そう言うのか?」
「ん」
レイモンド様は嬉しそうな、それでいて少し面白そうな表情を浮かべた。
「へえ~、ハルンスト、お前一体いつこのいたいけな少女をここまでたぶらかした?」
「人聞きの悪いことを言うな、レイモンド。俺だって知りたい」
ハルとレイモンドはお互いを名前で呼び合う。私とハルだって名乗ったのに、ハルは私のことを姫としか呼んではくれない。
とうとう我慢できなくなって、ハルの袖をつかみイヤイヤと駄々をこねる様に首を振った。
「?姫?」
また、首を振る。
「姫、何が嫌なのですか?」
首を振る。
「姫…」
それでも首を振る。ハルは困ったような顔をした。早く止めなくてはハルに嫌われてしまう。そう思いはするが、体はハルの発する『姫』という言葉に自然に反応する。
「ひめ、や。な、まえ、いう」
「!そうか!ハルンスト、名前で呼んでやれ」
「名前?」
「姫はお前に名前で呼んで欲しいだと思う」
レイモンド様の言葉に半信半疑のようだが、ハルはゆっくり私を呼んだ。
「セリア姫?」
首を振る。
「セリア様?」
首を振る。
「…」
「…」
「セリア?」
目の前が突然、開けたような感覚だった。
首がもげる勢いで首を縦に振った。
「もっかい、もっかい」
「…セリア」
「もっかい」
「セリア」
何度も何度もハルにせがんで名を呼んでもらった。ハルも一回目は戸惑いがちに、二回目はハッキリと力強く呼んでくれた。
「ハル、ハル!」
いつの間にか私の顔は笑っていた。16年の人生で一度も笑ったことのなかった私の顔の筋肉は引き攣り、微笑んだだけで筋肉痛になりそうな気がした。
それでもこんなに嬉しいと思えることは今までになかったのだ。
「セリア」
私につられたのか、あまり表情の動かないハルも僅かにだが微笑んでいた。
思えば、ハルの前で笑ったのも、これが初めてだった。