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第3話

ちょっと長いです。

 ハルは私の太腿よりも太い腕に私を抱えたまま、ずんずんと階段を上がっていく。狭い通路を通っては、暗い階段を上がっていく。それを何度か繰り返すうちにいつの間にか明るい大広間に出た。地面の下にいたのか、と思うと同時に私の目は焼けるような痛みにさいなまれた。瞼を閉じても、治まらない。眼そのものに痛みを感じることは少なかったので、痛みの切り離しがうまくいかない。


「ハル、ハル!」

「はい?」

「ひ、かり、やっ、目、あつい」


 とぎれとぎれの赤子のような言葉遣いだが、ハルは正確に読み取ってくれたらしい。すごい勢いで振り返り、後ろにいた人に厚い布を持ってくるように言いつけた。それから、私の閉じた瞼の上に大きくてごつごつした手を置いた。  


「すみません、姫。私の不注意です。布が来るまで私の手でご辛抱ください」


 温かい。

 ハルの手は硬くて、デコボコしてるけど、大きくて、温かな安心をくれる手だ。私は絶対的に安心な、揺り籠を得たかのような気持ちになった。


 やがて、誰かが布を持ってきたらしく、ハルの手は離れてしまった。ハルは布を受け取り、私の目を覆うように巻いた。本当は布なんかではなく、ハルの手が良かったけど、我が儘を言ったら嫌われてしまうかもしれない。ハルは初めての怖くない人だから、父や義母のように嫌われるのは嫌だ。


「姫、すぐにガイン王国の第2王子殿下に会っていただく予定でしたが、先にお休みいただきます」

「やす、む?」

「はい。あなたの衰弱状態ではいつ死んでもおかしくない」

「…そう」


 それからは、なんとなく互いに何も話さなかった。







 ハルの規則正しい歩調にまどろみかけていたころ、ハルが足を止めた。そこは、長年私が暮らしていた牢とは比べ物にならない豪華な部屋だった。フカフカそうなベッドに、モフモフそうな絨毯。牢にこんな絨毯が敷き詰められていたら、寝ても体が痛くはならないだろう。だが、ここは私の部屋―――牢ではない。


「?ハル?」

「はい」

「やす、む?」

「はい」

「やす、むは、へや、いく、いけない?」


 休むためには部屋に行かなくちゃいけないんでしょう?


「?はい」

「ここ、へや、ちがう」


 ここは私の部屋じゃないよ。


「??ここで休むんですよ」


 ここで休む?さっきの口ぶりからして、私が休まなくてはならないのかと思っていたが、違うのだろうか?休むというのは体を横にして、目をつむることだったと思っていたけど、違ったかな?……ああ!そうか!ハルがここで休むんだ!


「ハル、が?」

「???いえ、あなたが」

「わ、たし?」

「はい」

「わたし、は、さっきの、とこ、やすむ」


 こんな豪華な部屋で寝たと知ったら、義母が怒り狂うことだろう。


「!牢屋のことですか?何を言っておられます。あなたがここで休むのですよ」


 さっきは私とハルのやり取りを後ろでなぜか笑っていた大きな男たちも、今度は少し呆けてしまって、間抜けな顔になっていた。?何か変なこと言ったかな?


「わ、たし?」

「はい」

「…わ、かった」


 仕様がない、と思いそう言うと、ハルは安心したのか、力を抜いた。

 この後、ベッドではなく、床で寝ようとした私にハルと男たちが大いに慌てたということも記しておこう。





 どのくらいの時間が経ったのだろう。薄く目を開けるとハルがいた。布はなく、少し眩しかったが、この部屋は暗いし、我慢できないほどではない。それよりも、目覚めて一番初めにハルを見る。なんて幸せなことだろう。


「ハ、ル」

「起きられましたか。水、飲みますか?」

「ん」


 力が入らず、器を持てない私の代わりにハルが飲ませてくれた。何だろう。ハルに出会ってから全身に力が入らず、とてもだるい。何年分もの疲れが一気に噴き出したかのようだ。


「第2王子殿下ですが、こちらまでおいでになるそうです」

「お、うじが?」

「はい」

「おうじ、えらい?」

「ええ、まあ」

「まつ、いい、の?」


 偉い王子様に来てもらったのではいけないのではないだろうか。


「あなたは歩ける状態ではないですし、あいつのことは気にしなくていいんですよ」

「あい、つ?」

「王子です」

「?…ハル、も、えらい?」


 あれ?王子というのは偉い人のことではなかったかな?


「…いえ、そうではないんですが…。いや、そうですね。申し訳ありません。殿下です。つい、でてしまいました」

「?」


「「「「「わっはっはっはっはっはっは」」」」」


 突然、大きな笑い声が部屋に響いた。プルプルと何とか笑いを堪えていた男たちが笑いだしたのだ。男たちは大きな体のまんまに大きな笑い声だった。


「ヒ―、ヒ―、しょ、将軍!もうやめてください!」

「笑いすぎて、し、死ぬ!」

「将軍が、将軍が!!」

「しどろもどろの将軍…。ブッ!クククク!」


 どうやら自分たちの上司の様子がおかしかったらしい。ヒ―ヒ―言いながら笑い転げている。…少し、いや大分怖い。


「おい!止めろ!姫が怖がっている」


 ハルの恫喝で男たちは一瞬にしてピタリと笑うのを止めた。そして、恐る恐るといった感じで、私の方を窺い見る。別に笑っていてもいいのだが、正直本当に怖かったので止まってくれたのは助かる。





「なんだ?この異様な光景は」


 今度は伸び伸びとした声が響いた。金髪碧眼の見目麗しい青年が入口に立っている。周囲には数人の護衛やら侍従やらを侍らせているが、その中に立っても埋もれることなく、存在感を放っている。ハルのようながっしりとした筋肉はないが、スラリと引き締まった四肢を有している。


「殿下」


 この人が第2王子殿下か。頭の良さそうな人だな。


「おい、ハルンスト。皇女はどこだ?」

「…目の前ですよ」

「ばっか、お前。この子はどう見ても9つかそこらだろ。俺が探してるのは16の皇女だって」

「いえ、ですからここに」

「…まじか」


 そうなのだ。私の体は長年の栄養失調のためか10を越えたか越えてないかくらいにしか見えないらしい。今、生きていること自体が不思議なくらいなのだ。驚くのも無理はないだろう。


「失礼。私は、ガイン王国第2位王位継承者レイモンド・デル・ガイン。以後、お見知りおきを」

「…」

「?ああっと、かわいらしいレディー?あなたの名を私にお教え願いませんかな?」

「?」


 あれ?仲良くしたくなかったら名乗らなくてもいいんだよね。この人、まだ怖いのだけど、仲良くしないとだめなのかな?


 レイモンド様はハルの肩を掴み、私から引き離して、小声で何かを話し始めた。 


「ハルンスト?口がきけないわけじゃあないよな?」

「…姫は名を名乗るという習慣を知らなかったらしい。さっき俺が人は誰かと仲良くなりたいとき、まず名を名乗るのだ、と申し上げたから…」

「俺とは仲良くしたくないってことか?」

「おそらく。兵たちもまだ怖いようだ」

「お前は?」

「俺は大丈夫みたいだ」

「うっわ、なんかスゲー悔しい」

「信頼の差だ。あきらめろ」


「ハ、ル?」


 ハルとレイモンド様が揃ってビクリと体を震わせた。


「ああ、なんでもない」


 私の近くに戻ってきたハルの袖を掴んで、聞いてみた。


「なまえ、い、う?」


 首を傾げると、ハルは「うっ」とかすかに呻いて頷いた。


「人は仲良くしたいとき以外にも、初対面の偉い人にも名を名乗るのです」


 そうなのか。レイモンド様は偉い人だと言っていたから、名前を言わなきゃいけないんだ。


「セ、セリア・ケイン・セルヴィアで、す」


 名前を名乗るとレイモンド様は嬉しそうに微笑んでくれた。…こうしてみるとあまり怖くないかもしれない。








「さて、国の代表として話しをしましょうか」


 レイモンド様は先ほどとは打って変わった真剣な表情をしていた。





 セリアはいろんな常識が抜けています。

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