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第24話

 いつの間にか、とても長くなっていました。

 レイに手を引かれ、辿り着いたのはバルコニーだった。


 そこには涼みに来たのだろうかいくつかの男女がいたが、この国の第2王子であるレイの姿を目にすると、遠慮してこの場から去って行った。

 私は息を切らしながら、人々が去っていく背中を無感動にただただ見つめていた。



 美しい人だった―――…。


 一人は美しい銀糸の髪に薄い青の瞳を持ったグラマラスな美女。冷たい雰囲気を感じさせる人だったが、それすらも彼女の魅力の一つにしてしまっていた。

 もう一人は緩やかにウェーブした金の髪を持つ可愛らしい女性だった。透き通るような白い肌を上気させ、ほんのりと色づいた頬は男性の庇護欲をそそる事だろう。また、こちらの女性のほうはハルの事を瞳が蕩けてしまうのではないかというくらい熱い眼差しで見つめていた。彼女は間違いなくハルの事が好きだろう。そして、ハルの腕に彼女のそれを絡めていたことから、恐らくハルの今宵のパートナーである。


 ズキッ―――


 二人の美女に囲まれたハルは優しく笑っていた。私にすらハルのあれほどの表情は、めったに拝む事はできないと言うのに。彼女たちとは随分と親しいのだろう。もしかしたら、ハルの優しげな表情は私が思っているのよりも、全然珍しくないのかもしれない。私が勝手に自分は彼の特別であると思いたかっただけなのかもしれない。


 ズキッ―――


 足の長いレイについてくためにほとんど走ったことと、よく分からない胸の痛みのせいで、私は何だか立っていられなくなった。


 身体が足の支えを失い、膝から崩れ落ちる。 

 瞳を閉じ、衝撃を覚悟したが、それはいつまで経っても来なかった。


「?」


 ゆっくりまぶたを持ち上げると、私は硬い腕の中に閉じ込められていた。ほんの一瞬だけ、脳裏に鋼色の髪をした男性を思い描くが、それにしては細い腕だったためすぐに頭の中の象を打ち消した。


「おっと。大丈夫かい!?ごめんね、ちょっと歩くのはやかったよね」


 レイだった。

 ハルと比べると見劣りする体格ではあるが、着痩せするタイプなのか、細身の彼からは想像できないくらいの筋肉がついているであろうことが服越しにもよく分かった。

 年齢に対し、かなり小柄とはいえ私を抱きとめる揺るぎない腕に安心感さえ覚えた。


「大丈夫?これ飲んで」


 そう言ってレイは持っていたグラスを私に差し出した。


 コクリ。


 冷たいジュースが喉元をすぎ、胃の中へと落ちていくのが分かる。冷たくて、口当たりの良い飲み物は私を少しだけ温めてくれた。いまだにズキズキと痛む胸を鎮めたくて、今度はグラスをあおぎ、残りを喉に流し込んだ。マナーの授業ではこのような飲み方ははしたないとされていたが、構う事はない。この場にはレイ以外誰もいないのだから。


「口に合ったのかな?」


 うなずくと、彼は微笑み良かった、と言った。


「…セリアちゃん、何が嫌だった?」

「…」


 うまく言葉にできなくてうつむく。するとレイは、そんな私と視線を合わせるためだろう、私の正面にしゃがみこんだ。いつだって首を曲げるほど上を見なければならないのに、今はレイの顔が自分のそれより下にある。とても新鮮な光景だった。


「ハルンストのほうを見ていたね。ハルンストが嫌だったの?」

「違う」

「じゃあ、ハルンストが女の人に囲まれていたのが嫌だったの?」

「…それも…だけど、たぶんそれだけじゃない、と思う」


 確かに、ハルが女の人に囲まれているのは何だかモヤモヤするが、ハルは強くて、カッコ良くて、優しい。そんなハルが女の人に囲まれるのはなんとなく分かる。だから、少しだけ考えてそれだけじゃない、と言う結論を出した。


「んー、じゃあ何だろうな。そう言えば、あいつ滅多に笑わないのにさっきは笑ってたな…」

「……」

「…それが嫌だったんだ?」


 黙りこんだ私を見て、レイは確認した。


「たぶん、そう」


 自分の心を探り、確かにその理由が一番しっくりするのを感じた。だが何故、私がそのように思うのか分からない。ハルは私だけのものではないと理解しているし、ハルにはハルの付き合いがある。その中で誰かに微笑みかける事ぐらいあるだろう。何故、私がそんな当たり前のことが嫌だったのか、よく分からなかった。

 レイにそのように話すと、レイはさっきと同じく優しげに微笑んだ。しかし、その笑みの中に微かだが悲しげなものを感じたのは気のせいだろうか。


「…セリアちゃんは…本当に、ハルンストが好きなんだね…」


 その言葉に私は首をかしげた。


「うん、ハルの事、好き。…でも、レイの事も好き。クウェイトもカノンもミルキヨもリリノアもチルファも好き。まだ良く分かんないけど、オリヴァ様も優しくて好き。だけど、レイやクウェイトが女の人に囲まれててもきっとモヤモヤしない。カノンやオリヴァ様が男の人に囲まれててもきっとモヤモヤしない。なのに、ハルがそうだと、なんか…ギューってなる。黒くて、ドロドロしたのがグルグルしてる!…怖い!ドロドロに飲み込まれそうになる!嫌だ!…何で?レイ、何で?」


 先ほど飲んだジュースのおかげだろうか、舌がよくすべる。だが、己の心の内を吐露すると共にその奥のほうに隠れていた恐ろしい何かが見えてきて、私は恐怖に頭を抱えた。


「セリアちゃん!落ち着いて、大丈夫だから。大丈夫、大丈夫だよ…」


 レイは私をきつく抱きしめた。私を両の腕に包み、レイはポンポンと私の頭で一定のリズムをとった。それはこの国に来て言葉を勉強するときに絵本で見た、親が子をあやす様子にそっくりだった。

 私はだんだんと落ち着きを取り戻した。


「大丈夫、大丈夫だよ…落ち着いたかな?」

「…うん、ごめんね?」

「謝らないで。…むしろ役得だったよ」

「?」

「あ、いや、なんでもないよ。…さあ、涙を拭いて。せっかく綺麗にお化粧したのに勿体ない。笑って?君には笑顔が似合う。私は君の笑った顔が好きなんだ」



 ……。

 何と言うか…、甘い。この男から醸し出される良く分からないが、ありとあらゆるものが甘さを含んでいるように感じる。先ほど感じた胸のドロドロとは違う方向で何だかドロドロである。これが“ふぇろもん”と言うやつだろうか。この甘さで数多の女性を虜にしているのだろうか。

 ピンクのフェロモンを飛ばしているレイにフラフラと近づく女性たちを想像して私はクスリと笑みを零した。


「…果てしなく失礼な事を考えられた気がするけど、君が笑えたのならそれでいいよ…」


 どこか哀愁漂う笑みを浮かべるレイを見て、胸のドロドロはすっかり霧散してしまった。

 晴れやかな気持ちになると、そう言えば今日は一度もダンスをしていない事に気がついた。

 私はニコリとレイに笑いかけた。


「!」

「レイ!踊ろう!私、ダンスの勉強もちゃんとしたんだよ」

「…ああ、うん。…そうだね、約束してたのに一度も踊ってなかったね」


 手を取り合って、私たちはバルコニーを後にした。










 飲み物を持って戻ってくると、女性に囲まれたハルンストの姿が衝撃的だったのか、一点を見て固まっているセリアちゃんがいた。

 俺は思わず、本当に思わずと言った感じで、気がつくとセリアちゃんの腕を取って歩き出していた。


 とりあえずバルコニーへ来た。少し人がいたが、みんな俺を見て 場所を譲ってくれた。こういう時、王子と言う立場は実にありがたい。


 手を引いていたセリアちゃんに視線を移すと、彼女の息が酷く乱れている事に気がついた。


 しまった。速く歩きすぎたか。


 ただでさえ身体のつくりが違うのに、さらに着慣れないドレスで着飾った状態では俺についてくるのにさぞ労力を要した事だろう。案の定、彼女は膝から崩れ落ちてしまった。

 倒れそうなセリアちゃんを支え、謝りながら手に持っていたグラスを渡し、飲むように勧めた。この飲み物は甘く度数も低いため、女性や年齢の低い者に好んで飲まれるものだ。だが、セリアちゃんはお酒に弱い体質なのか、一口飲んだだけでほんのりと頬を上気させた。一口飲んで気に入ったのか今度は豪快にグラスを空けた。

 色づいた頬や潤んだ瞳は、彼女が実年齢よりも若く見えるにもかかわらず、どことなく色気を醸し出していた。ロリコン趣味気味のおっさんのところに連れて行かなくて本当に良かった。もしそんな変態と引き合わせていたら、彼女は間違いなく彼らの餌食として美味しく頂かれてしまっていた事だろう。


 気を取り直して、大体予想はつくがセリアちゃんに何が気になったのか聞いてみた。すると、やはりハルンストが美しい女性に囲まれ、嬉しそうに笑っていたのが嫌だったみたいだ。


「…セリアちゃんは…本当に、ハルンストが好きなんだね…」


 ポロリ、といつの間にか言葉が口の端から零れ出ていた。紡がれた声音は予想以上に弱々しくて、表には出さなくとも、非常にびっくりしてしまった。 

 驚きを隠した俺とは対照的に、セリアちゃんは自分の心情を説明していくうちに心のそこに潜む強烈な感情に驚き、恐れた。先ほどの度数が低いはずの酒が回ってきたのか、彼女は滑らかに気持ちを言葉へと変換した。


 セリアちゃんはこの国に来てさまざまな事を勉強をし知識を身につけた。だが、彼女は未だかつて無い強い感情が理解できないでいるようだ。分からないということが余計に彼女を恐怖におとしいれているのだろう。

 彼女は何故自分がこんな感情を持つのか、訳が分からなくて震え、怯え、泣いていた。だが、俺には分かる。恐らく彼女は生まれて初めて“嫉妬”しているのだ。彼女がハルンストを好きであればあるほど、彼女は嫉妬と言う感情の強さに抗えない。それこそ、自分を見失ってしまいそうになるのだ。

 彼女は16年という歳月を過ごしたが、それに見合うだけの経験をしてこなかった。自分の経験から導き出せない強い感情から己を保とうとするかのように彼女は己の頭を抱えた。

 

 小さく震えるセリアちゃんが哀れで、また、どうしようもなく愛しくて、俺は彼女を胸に抱きこんだ。細くて小さい彼女はすぐに壊れてしまいそうで怖かったが、柔らかくて、温かかった。



 そんな顔しないで。


 泣かないで。


 俺がいるよ。


 怖くないよ。


 大丈夫だよ。


 大丈夫。


 大丈夫。


 大丈夫―――…。



 落ち着いたセリアちゃんは謝ってきたが、俺はそんな事を言って欲しいんじゃない。



 笑顔を見せて。


 笑って。



 お願いすると、彼女はクスリと笑った。

 なんとなく失礼な事を考えられたように思ったが、自然と彼女から笑みが零れたのが嬉しくて、そんな事はどうでも良くなった。


 ニコッ


「!」


 突然、セリアちゃんが笑った。つい今しがたの笑みなぞ霞か何かではないかと言うくら華やかに笑った。彼女と出会って数ヶ月が経とうとしているが、これほどまでに彼女が笑いかけてくれた事があっただろうか?この笑顔のために何だってできる。そう思わせる何かが彼女の笑顔の中にあった。


「レイ!踊ろう!私、ダンスの勉強もちゃんとしたんだよ」

「…ああ、うん。…そうだね、約束してたのに一度も踊ってなかったね」



 セリアちゃんの体力的に踊れたのは1曲だけだったが、ダンスは時を忘れるほどに楽しかった。時々彼女は俺の足を踏みそうになっていたけど、それすらも楽しくて可愛くて。お酒の力もあるのだろうが、セリアちゃんも今までの比ではないくらい楽しそうに踊っていた。


 途中、ある方向から視線を感じて辿ってみると、ハルンストが動揺したようにこちらを見ていた。一見、彼の表情にそんなものは見られないが、幼い頃からハルンストを良く知っている俺には奴の瞳が微かに揺れ動いているのが分かった。


 奴は動揺している。


 今までセリアちゃんは(なぜか)やたらと顔の怖いハルンストにしか懐かなかった。それが、自分が少し目を離した隙に自分ではない、それも男に急激に懐いているのだ。セリアちゃんの好意に胡坐を掻いていた御身分としては、さぞや驚きあそばしたことだろう。


 俺だって、セリアちゃんがこんなに気を許してくれるとは思わなかった。それに、彼女にこんな感情を持つようになるとは予想だにしなかった。


 だが、もう遅い。


 28にもなってこんな事を考えるのは若干恥ずかしいが、俺には確かに自分が恋に落ちたのを感じた。


 もう、遅い―――…。



















 あれ?おかしいな。ハルンスト君が全然出てこない(;´Д`)

 このままだと、レイモンド君に略奪されちゃうよ!

 作者はなんとなくで書いてるから、流れに逆らえないよ?!

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