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第22話

 コンコン。


 扉をノックする音がする。ノックの音がしても私が出る必要はないことをこの数ヶ月で学んだ。


「セリア姫様、レイモンド王子がおいでです」

「通して」


 礼儀や言葉を習ったと言っても、普段の生活ではそんなものを使う気にはなれず、ぶっきらぼうな物言いが定着してしまった。

 ミルキヨに連れられてきたのは金髪碧眼の美しい男性――レイだった。


「やあ、久しぶりだね」

「ごきげんようレイモンド王子」


 私は、マナーの授業で習った淑女の礼をしてみる。


「ごきげんよう。…たったの2、3ヶ月でよくここまでできるようになったね。そのドレスも素敵だよ。でも、公式の場ではないんだから、そんな他人行儀はやめてほしいなセリアちゃん?」

「分かった。レイ、今日はどうしたの?」

「んー、セリアちゃんの進行状況を伺いにね。やっと戦後処理がだいたい片付いたからさ…カノンだっけ、セリアちゃんはどんな感じかな」


 それまで、隅に控えていた四人の侍女のうちの一人のカノンが一歩進み出て近況を報告した。


「はい。セリア姫様はたいへん記憶力が良く、テーブルマナーに始まり、礼儀作法、ダンス、手紙のしたため方、刺繍にいたるまで、ほぼ全てをマスターしてございます」

「へえ、頑張ったんだねセリアちゃん。それで、なにか問題はあったかい?」

「ありません…が、強いて言うのなら食がたいへん細くていらっしゃることですわ。あまりに召し上がらないので、剣術や乗馬などの体力の要るものは未だにできません。それから、時々ベッドはフカフカ過ぎると仰ってカウチでお眠りになってしまうときが…」

「カノン!それは言わないって約束した」

「まあ、姫様。このカノン、姫様のことを思えばこそですのよ。あれだけしか召し上がらないものですから、わたくし姫様がいつお倒れになるかとハラハラしておりますわ」

「そうですわ、セリア姫様。いくらドレスがお嫌いだからって、突然お脱ぎにならないでくださいまし」

「あと、頭が重いとか、肩がこると仰って髪飾りや首飾りを勝手に取らないでください」

「化粧を嫌がるのもおやめくださいね。せっかくお綺麗になるようにお化粧いたしましたのに、お顔をドレスでお拭きになるから驚きましたわ」

「…う~」

「…随分、問題あるみたいだね。まあ、いいや。セリアちゃん今日はね、君のお見合い相手のリストを持ってきたんだよ。しっかり見ておいてね」

「お見合い…」

「そう、礼儀作法はかなり習得したと聞いていたからね。今度この王宮で夜会が開かれる。そこで君を公に公開することになった。夜会にはそのリストに載っている人達を呼んである。それからその夜会の後に、夜会で君が気に入って、君を気に入ったという人物と会えるようになっている。君はその人達を自分の目でしっかり見て、どうするか決めてほしい」

「…分かった」

「夜会では私が君をエスコートすることになってるから、よろしくね」

「うん、分かった。…ハルは?」

「ああ、ハルンストも出るよ」

「…そう」


 それから一通り話すと、レイは帰っていった。


 あの晩餐会の夜以来、ハルとはほとんど会っていない。全然会いに来てくれないし、会っても簡単な挨拶だけしてどこかへ行ってしまう。どこかよそよそしいのだ。避けられているのだろうかなんて考えて、もしそうだったら…と暗い考えをしてしまう。

 ここでの生活で侍女との会話は楽しく、勉強は心が弾んだ。だが、ハルと接点のない生活なんてつまらない。あんなに鮮やかに映った世界が色褪せて見える。でも、仕様がないとも思う。ハルは私の全てだが、私はハルの全てではないのだから。


 はあ、とため息をつきながらレイの置いていった書類の束をめくる。

 その書類はとりあえず身分のある独身貴族を集めたもののようだった。


「シャルル・バスト・ウェスタンベル。侯爵家の長男で独身。真面目で実直な人柄、趣味は園芸で侯爵家の庭には国内でも手に入りにくい薬草がある。妻にするなら庭を一緒に切り盛りしてくれると嬉しいとの情報あり。温和・温厚の手本のような人物だがその実、夜のほうはかなりのテクニシャンである、と以前彼に抱かれた事のある娼婦から証言がある。ベッドでは若干セディスティックな…」


 というところまで読んで、書類の束はリリノアに取り上げられた。


「姫様!!こんなものを読んではいけません!」

「えっでも、レイが読んでおきなさいって…」

「いけません!私たちのほうで必要な情報だけ編集させていただきます」

「わ、分かった」


 リリノアの勢いに押されてうなずいてしまった。


「わっ!何よこれ」

「どうやって調べたのかしら」

「やだ、この方こんなに優しそうなのに幼女趣味の傾向ありですって、こんな方に姫様を嫁がせようとしてるのかしら」

「でも、顔も身分もいいところを集めているわ」

「待って、この方評判はいいけど、35歳よ。歳が離れすぎてないかしら」

「あら、貴族の中ではこれくらいどうってことないんじゃないかしら」


 侍女たちは私をそっちのけでリストを隅から隅まで眺め回した。その食いつくような様子がなんだか怖いと思ったのは私だけだろうか?


 あれやこれやのうちに、侍女たちが再編集したリストを持ってきた。そこには名前、身分、爵位、趣味、性格…と必要な事が箇条書きになっており、覚える分には覚えやすかった。

 






 そして、夜会当日やっとのことでリストを全て見終わったとき、リストの中にハルの名前がないことが判明した。 

 

















 投稿してみると、案外短いんですよね。

 自分的に区切りの良いところで切っているからなんですけど、読んでみると読み応えがないので、もう少し長くできるように頑張ります(`・ω・´)

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