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第18話

 俺とレイモンドがセリアの部屋に着いて目にしたものは、想像をはるかに超えていた。


「フロウ?何している?」

「あっ!殿下!将軍も!!」


 フロウが今はセリアのものとなっている王宮の客室の前で、ウロウロしていたのだ。一見すると、まるっきり不審者だった。


「…どうした?」

「それが…、王太子殿下が滞在中は、とつけて下さった侍女たちを皇女様が予想以上に怖がってて…、それでも旅の汚れとか落とさないといけませんし、少々強引に部屋に入れたんです。でも今も怯えてるらしくて、部屋の隅に丸まっているそうなんです。侍女たちも皇女様の怯え様に下手に手を出せなくて…。自分が部屋には入れたら良かったんですけど、そうも行かないし…」

「…なるほどね…おい、ハルンスト。お前の出番だな」

「俺?流石にセリアの体を洗えとかは無理だぞ」

「馬鹿か!!誰がそんなこと言ったかよ!とりあえずお前が出て行って、セリアちゃんの不安を取り除いてやるんだよ。お前を通して説得すれば、侍女たちも多少は近寄れるだろう。ついでに、あのわけ分からん喧嘩のことも誤っとけ」


 仕方ない、とため息を吐きながらも確かにあの事をきちんと誤る良いチャンスだ、とも思った。

 よし、と覚悟を決め戸をノックし―――ようとしたところで、向こうからドアが開かれた。顔を覗かせたのは、比較的若かめの侍女だ。


「で、でで殿下!!??しょ、将軍!!!???」


 瞳を零れ落ちんばかりに見開き、あらん限りの声で叫んだ。

 レイモンドが苦笑しながらその侍女を落ち着かせ、状況を聞いた。


「落ち着いて、セリア皇女様のご様子は?」

「…あっ!はい、ずっと部屋のカーテンに身を隠してしまわれていまして、近付くこともかないません」


 俺は何かご無礼をしてしまったのかしら、と青い顔をして呟いている侍女に言った。


「しばらくの間、部屋から全員出してもらいたいんだが」

「へ?ぜ、全員でございますか?」

「ハルンスト、未婚の女性の部屋に二人きっりはまずいだろう。私と、誰か侍女も一人入れよう」

「…分かった。だが、声の届く範囲には入らないでほしい。セリアのためにも、まだ今のところは聞いてほしくない話がある」

「いいだろう。…まだ、なんだな?」

「ああ」


 セリアの異能のことはまだ、知らせない方が良いだろう。




 さっきまで、必死に声を掛けてくれていた女の人達がみんなどこかへ行った。代わりにレイと、さっきの女の人が一人だけと、最後にハルがいた。

 安堵感にハルに突進してしまいそうになったが、隠れていたカーテンをぎゅっと握ってこらえる。ハルは私の顔など見たくもないはずなのだ。そう考えると涙がこぼれそうになる。しかし、そうでも思ってないとなりふり構わずハルに飛びつこうとする自分がいた。


 ところが、ハルはこちらをまっすぐ見たままズンズン歩いてくる。一方で一緒に部屋に入ってきたはずのレイと女の人はこちらを向いてはいるものの、近寄ってくる気配は一向になかった。


「セリア」


 私から数歩離れたところで、ハルがゆっくりと片膝を着いた。


「……ハ、ル?」

「セリア、すまなかった。お前は俺を助けてくれたのに、俺はセリアを傷つけてしまった。謝って許されるとは思っていない。だが、せめてそこから出てきてくれないか?そこでは体も冷えてしまう。ここにいる侍女たちは悪い奴ではないから」


 なぜハルが謝っているのか理解できなかった。


「ハルは悪くない、私が、バケモノだか…「違う!!」


 ハルの手が伸びてきて、私の腕を力強くつかんだ。


「違う、違うんだ!セリアは悪くない。セリア、いいか、この国にもセリアのように異能を使う者は少なからずいるんだ。数はやはり少ないが、そういう者たちでも普通に暮らしている。セリアだけが牢につながれていた時の方がおかしいんだ。お前は何も悪くない。それに、もしセリアが化け物だったとしても俺は全く構わない」


 一気に捲くし立てたあとに、私の腕を力強く掴んでいたことに気づいてあわてて手を離した。


「…あ、悪い。痛かったな。…えっと、それで…だから、だから俺を拒むのはやめてくれ、頼むから。セリアに拒まれると俺はどうすればいいのかわからなくなる」


 久しぶりによく見たハルは、なんだか以前より少し痩せたような気がする。

 しかし、今の私にはハルの言った言葉が頭の中をめぐめぐっていた。



 私は悪くない?


 私も普通に暮らしていいの?


 私、ハルのそばにいてもいいの? 


 私は化け物でもいい、そういったの?


「セリア?」


 ハルがこちらを見上げていた。そう、見上げていたのだ。いつも高いところにいたハルが今は座っていて、私は立っているから、頭の位置は私のほうがいくらか高くなっていた。

 不安そうに見上げているハルがいつになく幼く、そして身近に思えた。

 カーテンからそっと抜け出て少しだけ躊躇ためらい、ハルの首に飛びついた。


「うおっ!セリア!?」

「ハル、ハル、ハルハルっ…」


 ハルは突然抱きついた私をよろけることなく抱きとめた。


「っ、セリア、泣くなセリア。お前に泣かれても俺はどうすればいいのか分からない」


 ハルが心底困ったように、けれどもどこか嬉しそうにいった。旅の間、ハルが困る事はしないように心がけていたつもりだったが、そんな事はどうでもよくなっていた。


「泣くな、もう離れないから。泣くな、セリア」


 私をつぶさないように、けれども力いっぱい抱きしめてくれた。

 頭を優しく撫でるハルの手が嬉しかった。











 


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