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第17話

 レイが先に馬車を降り、私のほうに手を差し向けた。


「?」

「皇女様、お手を重ねてください。レイモンド殿下がエスコートをしてくださいます」


 フロウが小さな声で私に囁いてくれた。“エスコート”が何なのかはよく分からないがとりあえず、手を置けばよいのだろう。レイは触るのくらいだったら大丈夫にこの旅のなかでなった。

 レイは重ねた私の手を引いて、少しだけ引いた。


「「「おお…」」」


 レイに引かれて馬車から降りると、どこからとも無くどよめきの声が響いた。

 恐る恐る顔を上げると、そこはちょっとした広場のようで、何人かの知らない大きな男の人がたくさんいた。

 前もってレイやフロウに教えられていたが、それでも恐ろしさに足がすくんだ。これでもレイが考慮してくれたらしく、本来ならもっともっと人がいる予定だったそうだ。だが、ここにたくさんの人がいない代わりにその内、私を“おひろめ”する“ぱーてぃー”をするのだとフロウが言っていた。“ぱーてぃー”は恐ろしく、古い狸がいっぱいいるのだと言っていたのはフロウではなくレイだ。


 脳内では現実逃避していたが、体はやっぱり動かない。そんな私に気がついたレイがもう一度優しく私を引いた。足はゆっくりと動き出したが、私の目はハルを追ってさまよっていた。

 ゆっくりと頭をめぐらすと、ハルは私とレイの数歩後ろを堂々とした足取りで歩いていた。ハルは私と目が合うと、少し、ほんの少しだけ以前のように微笑んでくれたように思ったが、気のせいだったのだろうか。いや、きっと気のせいだろう。ハルがまた私に笑いかけてくれるはずが無いのだから。



 大きな人達の近くを通ってしばらく歩くと、やがて(扉とは思えないほど)大きな扉をくぐり、さっきの広場よりも大きく広い場所に出た。私が何人いても囲めないかもしれない太い柱が何本もあり、真ん中には赤い道が続いている。その先は広い階段のようになっていて、一番上にはこれまた大きないすが三つあった。いすの傍にレイとよく似た金髪の男の人が立っている。間違いない。ここがフロウの言っていた“えっけんのま”だ。

 私はあらかじめ教えられていた通りに少し目を伏せなら、レイが階段のようなところから数メートルほど離れたところで立ち止まるまで歩いた。少しの間待っていると、声がかかった。


「面を上げよ」


 言われるままに顔を上げる。しかし、目をまっすぐ見てはいけないそうなので、鼻くらいにとどめる。


「セリア・ケイン・セルヴィア皇女様ですね。私はガイン王国第一王位継承者フリュート・デル・ガイン。あなたの事はそこのレイモンド王子から窺っています。長い旅でお疲れでしょう。貴女の部屋を用意しましたので、どうぞお休みになられてください。夕餉は内輪だけで取りましょう」


 私は練習したようにゆっくりと礼の形をとった。それを見届けた王太子殿下はスッと部屋の隅に目を向け、誰かに合図をした。すると、するすると音も無く何人かの女の人が現れて「こちらでございます」と私の腕にソッと触れた。

 

 どういうことだろう?

 私はここで知らない人達について行かなくてはならないのだろうか。

 でも、フロウもレイも城に着いたら王太子殿下が休んでもいいと言われるだろう、とは言っていたが、彼らと離れるとは言っていなかった。

 私はどうしたらよいのだろう?


 どうして動かないのだろう、と混乱した表情になっている彼女たちが恐ろしくて、とても動ける気がしない。


「クィンゲル将軍?何か言いたい事があるのなら発言せよ。私が許可する」

「はっ。恐れながら申し上げます。できましたらセリア皇女様にはこのたび凱旋したフロウという青年をお付け願えませんでしょうか」

「…ふむ、いいだろう。誰かフロウを呼んでまいれ」


 王太子殿下は何か少し考えたようだったが、にこりと笑って使いを出した。

 何分と待たずにやってきたフロウのおかげで、私は女の人達と私の部屋に向かった。











「レイモンド、どういうことだ?彼女がセリア第一皇女だというのか」


 セリアが部屋に案内されてからしばらく事務的に言葉を交わし、今はフリュートの執務室にきていた。執務室に入ったとたんに、フリュートは堪えていたものが噴き出すかのようにレイモンドに問い詰めた。


「そうだよ、兄上。あのどう見ても9歳くらいにしか見えなくて、やせぽっちで、ボロボロのかっこうしたのがセルヴィアの第一皇女様だよ」

「彼女の存在が秘されていたのは聞いたが、なぜ、あのような事になるのだ」


 呆然とつぶやくフリュートに今度は俺が答えた。


「…彼女がいたのは地下深くの牢獄ですよ。王族用の名ばかりな牢獄ではなく、大罪人を入れるような牢獄に監禁されていたんですよ」

「………なんということだ。あの王はそこまで狂っていたのか…」


 フリュートは、ドスンと執務室のいすに腰を下ろした。 

「彼女は食事もろくに与えられず、日も差さないあんなところに16年もいたんだよ」

「それでも世話をしていた者がいたはずだろう。その者はなんと?」

「ガエリエというメイドが一日に一度だけあの地下牢に食事を運んでいたそうですが、それだけで詳しい事は何も。あちらの宰相だった方がセリア皇女のことを知っていましたが、こちらも詳しくは知らなかったそうです。あそこでの生活を知っているのは、今となっては本人しかいません」

「そうか…。では、本人に後日聞いてみるとしよう」

「兄上、すぐにはちょっと無理かもしれない」

「なに?なぜ?」

「セリアちゃん、言葉をほとんど知らないんだよ。旅の途中でいろいろ覚えさせはしたんだけど、ほとんど赤ちゃん同然」

「はぁー、それではしばらくパーティーは難しいな。先に教える事が山ほどありそうだ」


 それからいろいろ報告を済ませ、俺とレイモンドは執務室から出た。なんだかやけに疲れていた。


「ふぅ、とりあえず今日はこれで休むとしよう。…いや、セリアちゃんの様子を見に行ってからにしようか」


 レイモンドがにこやかに提案したが、俺としてはセリアに会うのは少し気が重たい。しかし、いちようこれでも王子なので、サッサと歩き出した奴の少し後ろをついていく。


「…セリアちゃんはさ」


 急にレイモンドが声を落として話し出した。顔は前を向いたままだ。


「ん?」

「セリアちゃんはお前みたいな無愛想で無口な朴念仁とは違うんだぜ?フロウをつかせてやったのはお前にしては気が利いてたけど、セリアちゃんはきっと今、怯えてるぞ。俺やフロウなんかより何故かお前に一番懐いてたんだ。お前が顔を見せてやれば少しは安心するだろう。お前たちが何か喧嘩してんのかは知らねぇけどよ、どうせお前が悪いんだろ?観念して様子を見に行くぞ」

「…ああ」


 随分ボロカスに言われてた気もするが、何故か頭にはこなかった。だいたい、こいつがこんなに他人のことを気に掛けられる奴だったとは、と少し意外だった。

 だが、なんとなく俺はこいつを見直してしまったような気がするのだが、ちょっと悔しいので心の奥にしまっておく事にした。












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