第11話
日が暮れてきた。
ハルの外傷は全て治癒したが、他人の失われた血を再生するのは難しく、貧血の為ハルはまだ目を覚ましていない。その事もあってレイに言われた3時間は随分と昔に過ぎてしまった。
ハルは己の流した大量の血の跡の上で仰向けに寝そべっている。
ハルが目を覚まさない間に血の跡からハルを移動させる事が出来たらどんなにいいか。きっと目を覚ましてこの血の跡を見れば、必ずいぶかしむ筈だ。そして、私に問い詰めるだろう。しかし、悲しいかな。私にはハルが身に付けている鎧の胴の部分ですら持ち上げるのに苦労しそうだ。
私はハルの疑問に答える自分の姿を想像して気が重くなり、膝を抱えて丸まった。
それは、あの暗い牢獄に閉じ込められていた頃によくとっていた体勢だった。
意識がゆっくり浮上していく。
頭が痛い。
体が重い。
こんなに体が重いのは入隊したての頃以来だ。
少し意識を集中すると、自分が何か固いものの上に寝そべっていることが分かった。薄く目を開けると、日が暮れ出して鮮やかな橙色と群青色に染まった空が見えた。どうやら屋外のようだ。
なぜ、こんなところで寝てるんだ?
そう疑問に思ったところで、記憶が蘇ってきた。
そうだ!盗賊に襲撃されて、ぬかるんだ崖に馬の足を取られて落下したんだ。
そこまで思い出してガバッと飛び起きた。
セリア!
なぜ、もっと早く思い出さなかった!?
あの高さから落ちたらただでは済まないはずだ。
しかも、落下してからかなり時間が経っている。
もし、即死を免れたとしても既に手遅れになってしまったかもしれない。
俺は激しい頭痛を無視して周囲を見回した。姿が見えない事に焦る。ここから見えないほど遠くへ飛ばされたのだろうか?
力の入らない足で踏ん張って、立ち上がった。早く見つけ出さなければならない。
取り合えず川上から順に探してみようと思い、足を向けると、反対方向の川下から足音が聞こえてきた。先ほど襲われた盗賊どもの足音にしては随分軽いので、セリアであると分かった。
姿を現したのは予想通り、驚いた顔をしているセリアだった。
セリアの元気そうな様子を確認し、ホッとするのと同時に心が片隅で何かがおかしいと訴えていた。俺は何がおかしいのか分からないままセリアに近づくが、違和感はどんどん増していく。
何だ?
何がおかしいんだ?
胸の辺りがモヤモヤする。答えを探すようにセリアの瞳を見つめて気付いた。セリアが笑っていなかったのだ。いつもハルを見つけたら満面の笑顔で胸に飛び込んでくるのに。もしや、俺の怪我を気にしているのだろうか?そんなの大丈夫なのに。あの高さから落ちたにも関わらず、俺の体はどこも痛くな…。
気付いてしまった。
俺は自分がさっきまで寝そべっていた場所の辺りに目を向けてしまったのだ。
そこには夥しいまでの血の跡が“ふたつ”あった。
あの血の量は何だ?
もしも、あの岩にこびり付いているだけの量の血を人が流してしまったのなら、そいつは素人目にも死ぬと分かる。
違和感の正体はセリアが笑わないという理由の他にもあったのだ。
なぜ
なぜ俺は“歩いている”んだ?
なぜ
俺は、“俺たちは”あの高さから落ちて平気な顔をしているんだ?
セリアが心配で考える事さえしなかった疑問がぐるぐると頭の中で渦を巻く。そして、それらの疑問はセリアが笑わないという事に結びついてしまい、俺の中に確信が生まれた。
セリアが何かしたのだ、と。
あれだけの血を流して生きていられるはずがない。普通に考えればそのような非科学的な事があろうはずもないのだが、その時の俺は何故だか絶対にそうだと思い込んでいた。
「…セリア…」
俺は
俺たちは
なぜ
なぜ生きているんだ?
「…セリア。何を、…何をした?…」
セリアは少しだけ悲しげに微笑むと、出会った当初のような無表情で虚ろな瞳になってしまった。
それから、セリアがなぜ地下の牢獄に閉じ込められていたのか、という根本的な謎の正体を語り始めた。
そうして
全てを聞き終わった後に
俺は
セリアの心を
深く抉ってしまった事を
知った
以前お話ししておりましたタイトル変更の件ですが、悩みました結果、
「安らぎの時」➝「君の腕に包まれて」
にしようと思います。
次話から変更しようと思いますので、お気をつけください。




