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第9話

 諸事情により、随分と遅くなってしまいました。

 目の前には血だらけになったハルが転がっている。

 まだ微かに息はあるが、後数分もすれば息絶えてしまうだろう。


 私は決意し、ゆっくりとハルの胸元に掌をのせた。











「ブルルルルッ」

「ぶるるるる?」


 私は今、馬とたわむれている。

 

 馬というものは不思議な生き物だ。

 私よりはるかに大きな体をしているのに、その実、とても臆病で、優しい。

 城を出発して2~3週間ほどだろうか。私は馬という生き物が大好きになった。


「セリア」


 低い声が後ろから私に向かって呼びかけた。

 振り向かなくたって誰だかわかる。


「ハル!」


 一直線にハルの胸に向かって飛びこむ。相当勢いづけて飛びこむため、かなり痛いと思うが、ハルはとっても強いから大丈夫だとレイに言われた。ハルも嫌ではないそうなので、遠慮なく今日も飛び込む。


「セリア、馬のところに来てたんだな」

「馬、すき」

「そうか、だが次からは俺か、フロウか誰かと来るんだ。姿が見えないから心配したぞ」

「ん。ごめんなさい」


 素直に謝ると、ハルは小さく笑ってくれた。


「そんなに馬が好きなら、ちょっと乗ってみるか?」

「え?」

「この前のあらしでこの先の道が少しやられててな。復旧作業に数時間手間取るらしい」

「ふっきゅう?」

「ああ…、直すってことだ」

「道、復旧する、時間がかかる?」

「そうだ。どうだ、行くか?」

「いく!!」


 かくして、初の乗馬体験をすることになった。と、言っても一人では乗れるはずもないので、後ろからハルが手をまわして、抱え込むように支えてくれている。


「セリア様、大丈夫ですか?」


 心配そうな顔でフロウがきいてきた。


「だ~いじょうぶだって、フロウ。将軍がついてるんだぞ?」

「ですが殿下、やはり私も行きます!」

「ダメって言っただろ?お前は復旧作業」

「うう」


 レイとフロウが漫才のような事をしている。

 少しでも人出が欲しいという事で彼はついていくことができないのだ。それならば、遠乗りは中止しようと言ったのだが、言って来ると良いとレイに言われた。本来ならば属国となったとはいえ、一国の姫を護衛一人に任せるなど決してないことなのだが、そこはハルの信頼のおかげだろう。


「では、行って来る」

「ああ、3時間後には戻ってこいよ、ハルンスト」

「わかった」

「セリアちゃんも気を付けてな」

「はい!」


 やっ!というハルの掛け声と同時に、森に向かって馬が駈け出した。





 すごい勢いで馬は走っている。

 周りの景色など判別できないほどだ。


「すごい…」


 おもわず呟きが漏れた。

 なんて早いのだろう!馬車を引っ張って動かせるくらいだから力持ちなのだろうとは思っていたが、人を二人も乗せてこれほどのスピードで走れるとは恐れ入る。




 数十分ただひたすら森を駆け、開けた場所にあった花畑でやっと止まった。ハルに馬からおろしてもらったはいいが、足に力が入らない。ハルは心得たように私を抱え、座らせた。


「…すごかった」


 ぽつりと言えば、ハルは得意げな顔をした。


「そうだろ?俺の愛馬だからそこらの馬よりも速いぞ」

「…帰りは、ゆっくり歩こ?」

「そうだな、セリアニは少しきつかったか」


 帰りもあのスピードでも自分としては構わないのだが、ここまでの景色とかも楽しみたいし、何よりもハルとのんびり過ごせない。これはいけない。


「ハルと、もっと一緒に、いたい」

「……そうか」


 ?

 どうしたのだろう?心なしかハルの表情が強張った。


「ハル?私といっしょ、嫌?」

「!いや、そうではなくな…。セリア、人前で今のような事を言ってはいけない」

「?どうして?」

「あ~、男と女は年頃になるとだな?恋人や夫婦以外であまりそういう事は言わないものなのだ」

「恋人か、夫婦…」

「そうだ。セリアは小さく見られがちだが、16というのは一人前の大人だろ?」

「…ハルに、すき、って言っちゃダメ?」

「あっ、いや!……そうだ」


 ハルは難しい顔をしている。

 分からない。なぜ、男女は“年頃”というものになると“恋人か夫婦”というもの以外は「すき」と言ってはいけないのだろうか?「すき」と言う以外で、どうやってハルに感情を伝えればいいのだろうか?

 私は途方に暮れてしまった。きっと、ハルには嫌われてしまったのだ。ハルは優しいからそれを言い出せずにいるのだ。私は悲しくなった。しかし、ハルを困らせるような真似だけはしたくない。


「…分かった」












 あれから約2時間経ち、今は馬に乗り、帰路についたところだ。

 ポツリ、ポツリと言葉を落とす以外に二人の間に会話というものはなかった。ハルに「すき」とつい、言ってしまいそうでなかなか話す事が出来なかったのだ。

 ハルにいつも通り話そうと思うのだが、いつも通ってどんな感じだったけ?といった具合だ。


「セリア、俺にしがみつけ」


 突然、ハルの緊張を含んだいつも以上に低い声が上から降ってきた。


「う、うん」


 スカートを履いていたため、横座りになっていた私は不安定ながらもなんとかハルの胴に腕を廻してしがみついた。


「騒がず聞け。周りを囲まれている。おそらく盗賊の類いだ。合図をしたら一気に駆けだすぞ。振り落とされるなよ」

「ん」


 囲まれていると聞き、見渡しそうになったが、なんとか押しとどめて返事をした。



「…行くぞ!やっ!!」


 ハルの合図と同時に私はギュッと腕に力を入れ、周囲からは盗賊たちが一斉に姿を現した。

 私たちは盗賊の輪に囲まれたが、ハルは盗賊たちの僅かな隙間に目がけて馬を進めた。



「!!」



 仕掛けが置いてあったのだろう。輪を抜けた!と、思った瞬間、前方から矢が飛んできた。



 ハルは突然のことに驚きながらも、馬を巧みに操り、矢を避けた。



 しかし、避けたその先は先日の嵐によりぬかるんだ崖だった。





 もし、ハルが盗賊に気付いていたら。


 もし、馬を違う方向に向けていたら。


 もし、私がいなかったら。


 もし、嵐で崖がぬかるんでいなかったら。



 たくさんの「もし」を重ねるが、それは結局「もし」なのだ。

 私とハルは重力に従うままに、谷底へと落ちていった。
















 崖へと転落してしまった二人はどうなってしまうのか!?…的なあれです。

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