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何であろうと  作者: 村雨
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第一話

 半開きになった窓から吹く冷たい風が、朝日に照らされたカーテンを静かに揺らしていた。冬の匂いが鼻をくすぐり、僕の目を覚ました。


 洗面所で顔を洗い、それからトイレを済ませたあたりで目覚まし時計が鳴った。目覚まし時計が鳴る前に目覚めていることは、そう珍しいことでもなかった。目覚まし時計を止めてから朝食にフレンチトーストを作って食べた。

 朝食を食べながら、僕は少し考え事をした。ささいなことをたくさん考えた気がする。

 たとえば、昨日の高校の授業で学んだことだとか、昨日友人が話していた近所の火事のことだとか、昨日久しぶりに帰ってきて、またすぐに海外に行ってしまった父のことだとか。ほかにもいろいろあったが、とにかく全て昨日のことだった。

 そこで、朝食を済ませ食器を洗い終わったら、椅子に座って今度はもう一日前のことを考えることにした。


  ■


 おととい僕は恋人を亡くした。

 彼女は僕と同じ十八歳だった。目の細い人だった。付き合ってからそう長くはなかったが、僕は彼女のことが本当に好きだった。彼女は僕といるといつも、細い目をさらに細めて笑ってくれた。

 夕方、帰宅途中で私鉄に轢かれたという話を聞いた。誰かが遮断機の前で彼女の背中を押したという噂も聞いた。葬式を近所でやることも聞いた。しかし、僕にとって何よりも重要なのは、彼女の死に方や葬式のことではなく彼女が死んだことだ。どうやって死んだか、死んだ後どうするのかなど聞きたくなかった。

 彼女の死を実感するのは、もっと後でよかった。頭の中を整理する時間が欲しかったし、そのなかでほかの情報が必要になったときに、死に方とかそういったことを知る、ということができなかったのだろうか。

 今、少し冷静になって考えてみれば、そういったことを僕のように身近な人間に真っ先に伝えるのは当然のことだ。だから僕の憤りは理不尽なもので、むしろ情報をくれた人たちに感謝すべきだった。この怒りの原因が、彼女の死による混乱であることは明らかだった。しかし僕はそのように怒ったことを恥ずかしいとは思っていない。むしろ今でも、理不尽を被っているのは僕のほうだと考えている。あるいは彼女の死を認めたくないだけなのかもしれない。

 とにかく僕は一方的に押し付けられる情報に苛立ち、おとといの夜と昨日は彼女について何も考えないようにしていた。若干冷静になり、ようやく考えようと思うだけの余裕ができたのが今朝だった。

 ただ、考えようとしても脳内を渦巻くのはとりとめのない感情だけで、何一つとしてまとまるものはなかった。少し時間が経っても混乱していることにあまり違いはなかったようだ。あきらめて一度席を立ち、CDプレイヤーでオアシスを聴いた。あまり耳に入らなかったが、何もないよりはましだった。


  ■


 今日は土曜日なので高校の授業はなく、代わりに学校では受験に向け講習が開かれる。僕も講習はとってあるので、これから学校に行く必要があった。

 しかし、今の僕は学校に行きたくなかった。人に会うとまた混乱しそうで嫌だった。だから今日は講習を休むことにした。電話するのも面倒だったので、無断欠席になる。今はそれでもよかった。


 学校を休んだからといって特にやることもないので、ただ何となく家の中を歩いていた。CDプレイヤーからはまだオアシスが聞こえる。ノエル・ギャラガーが歌っている曲だった。

 ふと思い立って、両親の寝室に久々に入った。久々に、というのは、父は基本的に海外で働き、母は三年前に他界しているため誰もこの部屋を使わず、入る理由がないためである。掃除は父が帰ってくると必ずしているので僕はしていない。ちなみに和室だ。

 畳の敷き詰めてあるだけの殺風景な部屋の中心に、白い紙が置いてあった。父が置いていったメモらしい。そこには、

「明日はお前の母さんの命日だ。これで俺の分まで花を買ってやってくれ。同行できないことを心から詫びる」

 と書いてあった。メモの下には、花を買うには多すぎる金額の札束が置いてあった。謝罪のつもりらしい。

 この手紙を見て初めて、今日が母の命日であることを思い出した。同時に、自分の心がどれほどこんがらがっているのかを思い知り、少し呆れた。おかげで、父が墓参りできないことに対する怒りもさほど感じなかった。


 母の墓参りに行くために部屋着から着替え、それから髭を剃った。鏡の中の自分は、ひどくやつれて見えた。髪の艶もなく、顔色も健康的ではない。あまり見たい顔ではなかった。

 家を出る前にCDプレイヤーの電源を止めた。最後に流れていたのは'Whatever'だった。

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