⑨ 襲撃 -那美ー
那美は紗雪をかばう。
「もういい加減にしたら。僕疲れちゃうよ」
二人の目の前にいるのは十歳くらいの可愛らしい少年だ。
その少年の手はブーメランの形に変形していた。
「もう……どうしたらそのお姉ちゃん渡してくれるの? どうしたら本気出して僕と戦ってくれるの?」
少し拗ねているような口調。
「……航って言ったわね」
航と呼ばれた少年。
嬉しそうにうなずいた。
「どうしてあなたはこんなことをするの?」
その言葉にキョトンとした表情を浮かべる。
少し上を見たり、下を見たりしてから答えた。
「どうして……? だって紫吹がそのお姉ちゃんを連れて来いって言ったんだもの。その仕事を僕に頼んだんだよ。紫吹が僕に仕事をくれたの!!僕張り切って来たのに……お姉ちゃんたら本気を出してくれないんだもん。僕はこんなに張り切ってるのになぁ~ 子供だと思って手加減してる? だったら僕、もっと本気出すよ?」
コロコロ変わる表情。
まさに子供が遊んでいる様な感じだ。
しかし、その身に持って生まれた〝霊華〟が変形しているのは本物のブーメラン刀。ブーメランの形をした刀だ。
ボゥっと銀色に輝きだすブーメラン刀。
「お姉ちゃん、僕本気だよ。次は本気でやるからねっ」
その声のトーンは今までとは違い、本気の空気を感じさせた。
「紗雪ちゃん、もう少し下がっていて」
紗雪はその言葉に従い、少し離れたところにある、電柱の後ろに身を隠した。
「黒姫発動」
那美の静かで重い声が響く。
その声とともに、那美の手が、漆黒の長剣に変化していく。
それを楽しそうに航は見ている。
「わぉ、お姉ちゃんの武器、すごく綺麗だね~」
声もとても嬉しそう。
「紫吹から聞いてた通りの武器だね」
……紫吹……本日二度目に聞くその名前。
那美は顔を苦しそうに歪める。
「紫吹がそんなことを言ってたの? 黒姫が綺麗だって……」
「そうだよ。本当に綺麗だね……でも、それと一緒にもう一つ言ってた……お姉ちゃんは強いって」
言葉と同時に航は那美に勢いよく向かってきた。
甲高い音が辺りに響き渡る。
何度も何度も空中に舞い、那美に向かいブーメラン刀を振り下ろす。
それを〝黒姫〟と呼ばれた、那美の長剣が難なく受け止める。
二つの刃が交わるところから、小さな小さな何かの結晶がキラキラと輝き消えていった。
紗雪は二人の攻防をただただ電柱の陰から呆然と見ていた。
いや、見とれていたというのが正しいのかもしれない。
その攻防はまるで踊っているかのように綺麗で優雅だった。
戦えば戦うほど、その二つの刃は輝きを増している。
風が二人の周りを激しくも優しく包み込み、戦いという場所にありながら、その空気は少しも穢れることなく、辺りを包んでいる。
まるで戦うことが当たり前のように……
戦うために生まれてきたように……
「航、もう引きなさい」
航の刃を受け止めながら那美は航を見据える。
いつの間にか航の表情からは楽しげだった笑みが消えていた。
変わりに、大粒の汗と、苦しそうな息遣いが聞こえてくるようになっていた。
「あなたには体力がなさすぎる。これ以上やっても無駄だわ。武器を発動できるだけでもすごいことなのに、あなたはそれを完全発動している。体力は相当削られてるはずよ……あまりやりすぎると命に関わる……分かっているでしょう。もう引きなさい、航」
刃を受けながら、那美は大きな声で、でも静かな凛とした声で航に向かう。
航はその言葉が聞こえていないのか、同じ動作を繰り返す。
次第に航のブーメラン刀から銀の光が消え、漆黒の刀に変化していた。
交差する二つの刃は黒く重い音に変化する。
航の顔が真っ青だった。
航の勢いのなくなった刃を受けながら、那美は悲しそうに航を見ていた。
航のブーメラン刀は漆黒からくすんだ黒い刀になっていた。
「やめろ、航」
その声が聞こえたと同時に、航は意識を失った。
那美はその声の主を探す。
「久しぶりだな、那美」
「……紫吹……」
那美は剣を収めた。
「航は返してもらう」
そういうと、航の体は宙に浮き、空高く持ち上げられて見えなくなった。
「姿を見せなさい!! 紫吹っ!!」
しかし、それ以降声すら聞くことはできなかった。
那美の声が、空しくその場に響いていた。
いかがだったでしょうか?
新しいキャラも出てきて、少しずつ話が確信のほうへ進み始めました。
よければ、感想などいただけると嬉しいです(^^)