⑧ 襲撃 -志人ー
「つけられてる」
「え?」
紗雪が振り返ろうとする。
「振り返らないで!」
低く鋭い声。
那美が志人に向かって小さく頷く。
先に見える角を曲がり、志人は木の陰に身をひそめた。
那美と紗雪、二人の姿はすでにそこにはなかった。
三人が曲がった角。
そこを曲がってきたのは一人の女の子。
「あいつは……」
志人の視線が女の子をとらえる。
見覚えのある女の子。
中学校で一緒だった、瑛梨香がそこにはいた。
「どうしてあいつが……」
「う~ん、気づかれちゃったか……注意してたつもりだったんだけどなぁ~」
志人の目が鋭い光を帯びる。
「出てきてよ! 一人残ってるでしょ! ん~そうね~たぶん志人君!!」
志人はその声に気の陰から姿を現した。
「そんなとこにいたんだ」
瑛梨香は志人の姿を無邪気な笑顔で迎えた。
瑛梨香がスカートのポケットに手を入れる。
「お前……能力者か……?」
険しさを増す、志人の表情。
その言葉に瑛梨香はクスクス声を出して笑う。
「あなたたちって本当に甘いのね。紫吹さんが言っていた通りだわ」
ポケットから出された瑛梨香の手には〝黒霊華〟が握られていた。
「……紫吹……お前、紫吹の命令で来たのか? 目的は……」
志人の言葉に浮かべていた笑みを一瞬消す。
ゆっくりと志人へ向かいなおり、この場には似つかわしくない無邪気な笑みを浮かべた。
「気が付いてるんでしょ、私がここに来た理由」
「紗雪と紗雪が持っている〝黒霊華〟〝白霊華〟か」
瑛梨香が楽しそうに〝黒霊華〟を手のひらで弄ぶ。
「あの子、もっと弱いのかと思ってた……あなたたちに会ったからかしら?」
「紫吹は能力者を集めて何をしようとしてるんだ? こんなことに何の意味があるんだ……」
「何の意味がある……? 志人君は何も知らないのね……私たちがどんなに苦しい思いをしてこの世の中を生きているか……紫吹さんに救われるまでの地獄の日々。想像もつかないでしょうね」
笑みが消えた表情。
歩みを止めた足。
弄んでいた〝黒霊華〟は銀色に輝く短剣に姿を変えていた。
ゆっくりと瑛梨香が志人と視線を交わす。
そして、再び無邪気な笑顔をその顔に浮かべた。
「志人君、一緒に遊んでよ」
瑛梨香はその言葉と同時に地面を蹴った。
その体はまっすぐに志人に向かってくる。
二人が交わる瞬間。
辺りに甲高い音が響いた。
「ふふっ」
瑛梨香が自分の手元を見て、笑う。
瑛梨香の視線には自分の短剣を受け止めた志人の剣が黒い光沢を放っていた。
「お前に俺は倒せない」
志人の声は冷静で冷たかった。
それまでの志人とは別人のようだった。
瑛梨香はポニーテールをなびかせ、後ろに飛びのいた。
それを追いかけるかのように、志人が瑛梨香に向かう。
何度となく剣を交える二人。
どれだけの時間が過ぎたのか……
瑛梨香の息が上がってくる。
「お前に俺は倒せない」
もう一度瑛梨香に向かう。
瑛梨香はその剣をなんとか受け止め、そして、無邪気に笑った。
「何がおかしい……俺は本来の力の少しも出していない。それに比べお前は……」
瑛梨香が大声で笑った。
志人は瑛梨香から離れる。
瑛梨香はお腹を抱えて笑っていた。
「本当にどこまでも馬鹿だね」
ひとしきり笑い、目じりに滲んだ涙を指で拭う。
「私は本気で志人君を倒せるなんて思ってない。あたりまえじゃない。私はただの〝能力者〟 志人君は〝銀の氏族〟しかも……その実力は一位二位を争うとか……」
瑛梨香が志人の目を覗き込む。
「もう一人の実力者は那美ちゃん」
「……紫吹に聞いたのか……」
肯定するかのようにニッコリ笑う。
「そんな人たち相手に倒そうなんて思わないわ、倒せるとも思ってない」
瑛梨香の微笑みは意味ありげに志人に向けられ続けていた。
志人は思考を巡らす。
「まさか……」
「仲間は一人でも多いほうがいいの。紫吹さんもいつも言ってるもの」
瑛梨香はまだクスクス笑いながら、志人に視線を投げる。
「私の仕事はここまでかなぁ~あとはあいつがやってくれてるでしょ」
瑛梨香は志人に背を向ける。
スカートのすそがフワッとなびく。
「あ、そうそう、あいつは私と違って〝銀の氏族〟なんだよ。那美ちゃん一人であいつの相手して、紗雪を守れるかなぁ~」
そう言い残し、瑛梨香は姿を消した。
「本気で動き出したのか……紫吹……お前は本当にそれでいいのか……那美までも相手に回すのか……」
志人は眉間にしわを寄せたまま空を見上げた……
久しぶりの投稿になってしまいました。
今回から新しいキャラも少しずつ出して行きます。
感想などいただけると嬉しいです。