⑤ 暴走
「そんなもの振り回しちゃ危ないでしょう」
紗雪が那美から離れる。
「下がってて、瑛梨香ちゃん」
那美がチラッと瑛梨香を見る。
瑛梨香は小さく頷くと、ヨロヨロと立ち上がり小走りにその場を離れた。
紗雪はじっと那美を睨みつけている。
那美がその視線をまっすぐに受け止めて、小さなため息をつく。
「完全に暴走してる……」
誰にも聞こえないほどの小さな声。
紗雪が那美に向かってくる。
紗雪は那美の頭の上から短刀を振り下ろす。
それを那美は難なく受け止める。
短刀と短刀がぶつかり合う瞬間、小さな風が生まれる。
それは幾度となく繰り返され、大きな風となり辺りを包んだ。
「私の邪魔をするな!!」
今までの紗雪とは思えないほど、低い声。
銀の瞳の輝きが増していく。
「紗雪ちゃん、止めなさい! こんなことしても貴方のお父さんは戻っては来ない! それどころかお父さんを悲しませるだけだわ!」
「うるさいっ!! 何も知らないくせにっ! 何も感じないくせにっ! 何も見てないでしょう!! 私の気持ちなんて誰にもわからないっ! お母さんだって!!」
漆黒の短刀が紗雪の感情の高ぶりと共に黒い小さな光を灯していく。
それを確認した那美の表情が変わる。
「あれは……なんで紗雪ちゃんが使えるの?!」
光は柄から始まり、今や短刀全体を蓋っていた。
「やめなさい! 紗雪ちゃん!!」
紗雪の髪が空中を舞っている。
今や紗雪の全神経、全力は短刀に集中していた。
教室中が紗雪の起こした風が吹き荒れていた。
生徒たちはすでに非難して今教室にいるのは紗雪と那美の二人だけだった。
自分の声が紗雪に聞こえていないことに那美は同じように短刀に力を集中させた。
紗雪にはすでに何も見えてなかった。
銀に輝く瞳からは絶えず、涙があふれている。
「紗雪ちゃん、私が絶対に助けるから」
那美は覚悟を決める。
紗雪が那美に向かってくる。
紗雪の短刀と那美の短刀が交わる。
その瞬間今までで一番大きな風が生まれ、二人を包み込んだ。
ソファには気を失った紗雪が横たわっていた。
そのソファの背もたれに寄りかかっている志人。
那美と三夜子は空いている場所に座っていた。
三夜子の視線がある一定の場所にジッと注がれている。
紗雪の父から紗雪と母に宛てた手紙。
その真っ白な封筒が目の前の机の上に置かれている。
三夜子はその封筒に触ることも出来ないでいた。
「この手紙、あなたが一番最初に読むべきだと思います。紗雪ちゃんはもうしばらく目を覚ましません。あなたは紗雪ちゃんの苦しみと向き合わなければならない。この手紙を読むこともその一つだと思うんです……」
那美のこの言葉が三夜子の耳に入っているのかいないのか……紗雪の母からの反応はない。
「私たちは外に出ています。読み終わったら読んでください」
那美と志人はそう言い残し、部屋を出て行った。
三夜子はドアの音に全く反応もせず、ジッと封筒を見たままだった。
どのくらいそうしていたか、三夜子は意を決したように大きく深呼吸して机の上に手を伸ばした。
いかがでしたでしょうか。
前に書いた時から、少々時間があいちゃいましたが……
感想などいただけると嬉しいです(^^)