④ 能力発動
ガシャン!!
大きな音を立てて、机が倒れる。
男子生徒二人がもつれ合って倒れこむ。
一人の男子が、もう一人に馬乗りになって、殴りかかっていた。
二人の周りは一斉に人がいなくなる。
喧嘩はどんどんエスカレートしていく。
一人が殴ればもう一人も殴る。
一人が倒れれば、もう一人も倒れる。
何度も何度も、とめどなくそれが続いた。
そして……
一人が殴られ、その勢いで窓のほうへ倒れた。
その拍子に肘が窓に当たる。
窓ガラスが高い音を立てて、割れた。
その子の肘は窓を突き破って、外に出ている。
その肘を勢いよく自分のもとに引き寄せ、その場に崩れ落ちた。
男子生徒の顔は蒼白で、肘からはとめどなく鮮血が溢れだしていた。
周りがにわかにあわただしくなる。
殴ったほうは何が起こったのか、おろおろしているばかりだった。
喧嘩を聞きつけた先生が走ってきた。
教室に入った先生はその光景に絶句する。
先生はあわててはいたが、周りの生徒に保険の先生を呼んでくるように指示した。
本人は怪我をした生徒の止血を始める。
その時……
「……いや……」
小さな小さな声が紗雪から漏れた。
紗雪の顔は血の気が引いて真っ青だった。
「……いや……」
もう一度声が漏れる。
紗雪の視線は流れ落ちる鮮血に注がれていた。
そこから目を逸らすことが出来なかった……
「紗雪ちゃん……? どうしたの?」
瑛梨香の問いは、紗雪の耳には届かなかった……
紗雪の体が小さく震えだす。
足が勝手に後ずさりを始める。
首を左右に振りながら……視線は流れ出る鮮血から逸れることはなかった。
「いやぁ~!!」
紗雪の大きな声が辺り中に響き渡った……
少しさかのぼり……
那美と志人は紗雪の家にいた。
二人の後ろには紗雪の母親である三夜子が、疲れた様子で立っている。
「ここが沢村の部屋……というより隠れ家が……」
那美と志人が部屋中を見渡す。
綺麗に整頓された、英国風の内装。
部屋の真ん中に大きく、黒い西洋の棺が置かれていた。
棺の蓋には十字に細工を施された、綺麗な紅い石がはめ込まれている。
志人が紅い十字の石の上に手をかざす。
「発動」
静かな空間に凛とした声が響いた。
カチッ
何かが外れた音がした。
低い音を立てて、棺の蓋が自然と開いていく。
那美と志人が、完全に開いた棺の上から中を覗き込む。
「あったよ……」
那美が棺の中に手を入れ、五つの石を取り出した。
親指くらいの大きさの黒い石が一つ、その半分くらいの大きさの白い石が四つ。
棺の中を覘いていた志人が何かを見つけ、棺の中に手を伸ばす。
取り出したのは白い封筒。
宛名は、
紗雪と母親。
三夜子はそれを見て、両手で口元を抑える。
そして、二人に促され、その部屋から出て行った。
後に残ったのは、大きく黒い棺。
中には銀色に光る粉が、人の姿をかたどっていた……
紗雪の体は宙に浮かんでいた。
腰ほどまである長い髪が紗雪の体から離れ、フワフワと広がり、浮いてた。
クラスメートは何が起こっているのか理解できず、ただただ紗雪を見ていた。
動ける者はその場にはいなかった……
紗雪の瞳からは涙が切れることなく溢れていた。
その黒い瞳は、銀色に変化していた。
カタカタと机が鳴る。
上下左右にクラス中のすべてのものが小さく動き出す。
クラスメートが自分たちの周りのものを恐怖の視線で見ていた。
小さく動いていたすべてのものがやがて大きな動きとなり、一斉に宙に浮かんだ。
ほとんど音も無く、紗雪と同様にフワフワ浮いている。
「お父さん……どこ……? お父さん……」
紗雪が辺りを見回す。
その視線が瑛梨香の視線と交わる。
瑛梨香は視線を外すこともできず、恐怖で体が動かない。
「……瑛梨香ちゃん……私のお父さん知らない……? どこにもいないの……」
瑛梨香が声にならない声を上げる。
紗雪が音も無く空中を移動し、瑛梨香の目の前で止まる。
瑛梨香が首を振る。
「どうしたの? 瑛梨香ちゃん」
ほとんど、抑揚のない声で瑛梨香に問いかける。
瑛梨香は声も出せず、体も自由に動かせないまま、首だけを左右に振り続けていた。
紗雪が瑛梨香に触れようとした。
「いや~!!」
瑛梨香の叫び声が辺り中に響き渡った。
瑛梨香が衝動的に紗雪の手を振り払う。
紗雪の手から紅い血がにじんだ。
瑛梨香が持っていた、ガラスの破片が紗雪の手をかすめた。
紗雪は自分の手から流れる血をじっと見つめていた。
その手から、血が地面にポタリと落ちた。
「……え……り……か……ちゃ……?」
ドンッ!!
大きく床を震わす音とともに、宙に舞っていた机やいす、すべてのものが破裂した。
その破片が、下で動けないでいるクラスメートに降りかかる。
「瑛梨香ちゃん……私が……怖い……? どうして……? なんで……?」
紗雪はそう呟きながら持っていた漆黒の短刀を瑛梨香の頭上に持っていく。
瑛梨香の顔が恐怖でひきつる。
「……やっ……やめてっ……紗雪ちゃん……」
恐怖に震える小さな声で瑛梨香が紗雪に懇願する。
「……いや……みんな離れてく……どうして……? どうしてよー!!」
紗雪は瑛梨香に向かて短刀を振り下ろした。
「発動」
教室中に凛とした声が鳴り響く。
瑛梨香の目の前がフッと暗くなる。
ギュッと目を閉じていた瑛梨香が、そっと目を開ける。
瑛梨香の目の前には真っ黒なコートを着た那美が紗雪の短刀を同じようなもので受け止めていた。
いよいよ第一章のクライマックスです。
いかがだったでしょうか?
能力の秘密はこれから徐々に明かされていきます。