③ 証
夜、まばゆい街の明かりの中にそびえ立つ、いくつものビル。
街の明かりの届かない、その高層ビルの間を飛ぶように二つの影が移動している。
二つの影が一つの高層ビルの屋上に舞い降りた。
……と思った瞬間、二つの影はいずこかへ消えていた……
キィ……
扉のきしむ音に、机に向かっていた女性が顔を上げる。
「誰?」
開いた扉からは誰も入ってこない。
不思議さと、少しの不気味さを覚えつつ、女性は席を立って扉を閉めに行く。
その時、女性は一度、廊下に顔を出し、人がいないか確認する……が、そこには誰もいない。
扉を閉め、小さなため息を漏らす。
後ろを振り向きながら、顔を上げる。
「ヒッ!!」
女性がおびえた声を上げる。
女性の視線の先には、いるはずのない人影があった。
無意識に扉の取っ手に手をかけ、その場から逃げよとする……が、扉は開かない。
女性は恐怖に駆られながら、何度も何度も扉の取っ手をまわしたり、とびらを引いたり、押したりを繰り返す。
鍵がかかっていない扉は、どうやっても開かなかった……
女性は小さく震えながら恐る恐る窓のほうに振り返る。
「あなた、この姿を知ってるよね?」
黒い影の一つが女性に問う。
「俺たちはあんたに危害を加えるつもりはない」
その言葉に、女性は視線をつま先から頭の天辺へと動かす。
女性の視線が胸元で止まった。
「……その石は……」
真っ黒な影かと思われた二人の胸元には、幾何学的な装飾を施された銀の石がつけられていた。
「そう……この石は〝銀の支族〟である証。あなたの旦那さんも同じものを持っていましたよね? その石、今はどこにありますか?」
女性は身を震わせる。
「私は何も知りません。あの人は数年前に亡くなりました……私はそんなもの知りません……」
そういった声は少し震えていた。
「……そうですか……では質問を変えます。あなたにはその人との間に産まれた娘さんがいますね? その娘さんは人とは違う、不思議な力、ありますよね?」
……不思議な力……
この言葉を聞いた女性の態度が一変する。
それまでは、怯えながらも会話が成り立っていた。しかし……
女性が突然落ち着きなくその場を動き回る。
「……おい、なんか様子が変だぞ」
「……何も知らないわ。あの子に不思議な力なんて……私が産んだ子じゃないわ……あんな力を持ってるなんて……私の子は……普通だもの……違うわ……私は何も知らないわ……あの人はどこ? あの人は……? 宝物……私たちの宝物……違う……あの人にとっての宝物……私にとっては……?」
女性が意味不明の言葉を呟き続ける。
そんな女性の肩を影が掴む。
その拍子に、かぶっていたマントのフードが取れた……
出てきたのは那美だった。もちろん、もう一人は志人である。
「私たちはっ! 私たちは娘さんを保護しに来たの! そして、あなたもよ」
女性の呟きがピタリと止まる。
「娘を保護……? 私も……?」
言葉を繰り返し、女性は理解しようとする……困惑した表情を浮かべる……一転……
「何を言ってるの! 私の娘よ! 私は娘を手放す気はありません! あの子は普通の子です! 保護するなんて……私の娘です……私とあの人の宝物……あの子は普通の子よ……普通の子なの……」
語尾がどんどん小さくなり、最後のほうは嗚咽交じりの声になっていた。
女性は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
那美が女性のそばに立膝をつく。
「大丈夫、落ち着いて、安心して……私たちはあなたの味方よ」
志人の胸元の石が小さく輝いた。
女性が嗚咽をもらしながら那美を見上げる。
「何があったのか、ゆっくりでいいから私たちに話して……ね……」
女性は小さく頷いた。
「ただいま」
「お帰りなさい。お疲れ様でしたね」
着ている黒いフード付きマントを脱いで、小百合に渡す。
小百合はそれを受け取り、腕にかける。
「今、温かいお茶を入れますから」
そう言って、パタパタとスリッパを鳴らしながら、台所に向かった。
「はぁ~……」
大きなため息をつきながら、志人がソファに腰を下ろす。
その横に那美も静かに座った。
二人の間に流れる、沈黙。
どのくらいそうしていたのか、いつの間にか小百合が置いていった温かいお茶は、冷たくなっていた。
志人がおもむろにそのお茶を一気に飲み干した。
「やっぱり……だったな」
志人が沈黙を破る。
那美が小さく頷く。
「自分の子供にあんなこと、させるなんて……あの子がどれだけ傷ついて、悩んだか……ううん、今だって苦しんでる……母親も……自分の子を恐れて避けているなんて……紗雪ちゃんはあんなにお母さんを求めてるのに……」
那美の視線が小さな水晶に向く。
その水晶には泣き疲れて眠ってしまった、紗雪が映し出されていた……
いかがだったでしょうか?
今回は少し〝銀の支族〟関係のお話も入れてみました。
これから、〝銀の支族〟について、少しずつ書いていきたいと思ってます。