スキル【前世のゲームアカウント】でサブ垢たちと無双します
俺は王城を抜け出して、森の中を歩いていた。昼間だというのに、森の中は暗かった。
「リョウガが処刑されるって思った時、どうしようかと思ったわ」
隣を歩くネネが鼻歌を歌うのをやめて、思い出したかのように言った。
「もういいだろ、その話」
「いいじゃない。あ、分かった。あんた、私がサブ垢だからって見下してるんでしょ!せっかく助けてあげたっていうのに」
「そんなことないって」
ネネはほっぺたを膨らませた。
転生をしてこの世界に来たのはついさっきのこと。王様は俺のスキルが【前世のゲームアカウント】だと知るや否や、戦力外だと決めつけて処刑を命じたのだ。
黒いローブを纏った処刑人が俺に大鎌を振り上げた時、俺は本当に死を覚悟した。
その時、スキル名前から、もしかしてと思ってネネの名を頭の中で叫んだのだ。
「それにしても、私を操作してた人と話しているのは変な感じね」
「そうだよな。俺もお前と話す時が来るなんて思いもしなかった。というかお前、そんな喋る奴だったんだな」
「何言ってんのよ。私をこんなふうに設定したのはあんたじゃない」
そう言われて、俺はネネを作った時のことを思い出した。
赤い瞳は大きくて、スタイル抜群の女の子。見る角度によってはあどけなさが残る20代だ。
右の胸元にホクロをつけたはず。
大無双カーニバル。それは俺が廃課金していたゲームの名前。
変な名前だが、ちゃんとやり込み要素はあるRPGゲームだ。
剣と魔法の世界を冒険するというファンタジーゲーム。
俺はこのゲームが大流行した時に始めて、それからたった1週間でこのゲームにハマり、遂には廃課金勢と化した。
このゲームは細かい装備やスキルにもレベルがあり、俺はその全てをカンストしていた。
そしてメイン垢のレベルを一定以上に上げると、サブ垢というシステムが追加される。
サブ垢には採掘など面倒くさいタスクをを割り当てたり、メイン垢とは違う武器を使わせて、自分のパーティメンバーとして連れ回すこともできた。
ゲームの世界でも友達ができなかった俺は、お金の力でサブ垢を増やしてソロではできないチャレンジなどをしていた。
そのサブ垢で作ったうちの1人で、弓使いとしてのスキルをカンストさせたのがネネだった。
そして、俺はメイン垢の【リョウガ125】として生まれ変わったようである。
「それにしても残念ね。同じゲームだったら攻略法が分かるのに、この世界はまるで違う世界だもの」
「それはそうだろうよ。レベルカンストした俺たちがあのゲームに転生したら、裏ボスまでみんな倒してしまうからな」
ネネと大無双カーニバルの話に花を咲かせているうちに、気がつくと村が見えてきた。
「あの村か?」
「そうよ。ラッシュが待機してるわ」
「ラッシュもいるのか。それは都合がいい。早速、今後のことについて話し合おう」
2
「連れてきたわ」
ネネは酒場の扉を開けるなり、カウンター席に向かって言った。
見覚えのある大きな背中がそこにあった。
中はカウンター席とテーブル席に分かれている。決して広いというわけではなかった。昼間のこの時間から酒を飲む村人はいないらしく、他にも誰もいなかった。
俺は男の隣の席に座る。ネネは俺の横に座った。
「久しぶりだな、リョウガ」
男はラッシュだった。彼の顔を見るには、見上げる必要がある。しかし、ラッシュの座高が高いというわけではなく、彼が巨体の持ち主だからであった。
ラッシュの腕は血管が浮き出ていて、太さは俺の太ももくらいあった。
ラッシュはウイスキーの瓶を一気に喉に流し込み、店主に同じのを頼んだ。
「久しぶり、というか、俺にとっては初めましてだな、ラッシュ。お前、本当に酒強いんだな」
俺は顔を赤くしているラッシュに話しかけた。
「あぁ?馬鹿野郎め。お前のせいで苦労してんだよ」
「なんでだよ」
店主がラッシュにウイスキーの瓶を渡す。俺とネネの前にはビールの中ジョッキが置かれた。
「なんでって、てめぇが俺に酒カスとかいう設定したんじゃねえか」
俺は中ジョッキに手を伸ばしながら、ラッシュを作った時のことを思い出した。
彼の生まれはのどかな村。しかし村は凶暴な魔物に襲われ、ラッシュ1人が生き残った。もう何も奪われたくないと、自らが盾となり、全ての暴力を引き受ける決意をした。
しかし、その恐怖は想像を絶するものだった。震える体を抑えるには、酒で理性を壊し続けるしかなかったのだ。という設定をした記憶がある。
「そうだったな。お前が酒を飲むのには訳があるんだったな」
俺はネネと乾杯し、ビールを喉に流し込む。俺は喉が渇いているのだろう。ビールは、ものの数秒で俺の腹に全て流れ込んだ。
ネネは2、3回喉を鳴らしてから、「私もラッシュみたいにかっこいい設定がよかったー」と肩を揺らしながら言った。
「ふん。知ったことか。俺はネネさんみたいに楽観的に生きたいけどね」
「何よそれー」
ネネは早くも酔っているようだった。
俺は店主にビールの中ジョッキを注文して、体をラッシュの方に向けた。
「そういえば、俺がこの世界に転生してきたのは知ってるのか?」
「もちろんだ」
ラッシュは初めてウイスキーの瓶をカウンターに置いた。
「ゲームの起動を待っていたら、急に目の前が白くなるんだ。メイン垢のリョウガも同じタイミングで消えるのが見えて、こりゃあ転生かなって思ったよ」
「転生だって、分かるものなのか?」
「当たりめぇだ。こちとら何回も転生させられとるんでね!覚えてねぇのか?お前」
そういえば……
俺は思い出した。盾役のラッシュに【死神の鎧】の称号を与えるために、彼のレベルをカンストさせては魔物に殺されるのを、何度も繰り返していた。それを、ゲームのシステムは転生と呼んでいた。
「お、覚えてねぇな」
俺はネネの方に顔を向けて口笛を吹いた。
ラッシュは「ふざけんじゃねぇぞ!辛かったんだぞ!」と言ってカウンターを叩いた。
「ま、今はそんなこと言っても仕方ねぇ。なぁ、リョウガ、この先どうすんだ。この世界で生きてくんだろ?」
「それしかないよな。生き返ってもさ、俺はどうせアルバイトとゲームしかやってないんだから。この世界で楽しんだ方が……な」
ラッシュはウイスキーの瓶を傾けて、喉を鳴らした。
「リョウガ、お前にも色々あるんだな。とにかく、今は酒を飲め。金なんていくらでもあんだろ?アイテムに」
俺は頷いて、手のひらから金を出した。ジャラジャラと金がカウンターに落ちる。
目を丸くする店主に、俺は言った。
「この金の分だけ酒を持ってきてくれ。村人が来たら、今日は俺の奢りだと言ってくれ」
ラッシュは何も言わずに俺の背中を叩いた。
3
昨日はどれだけ酒を飲んだのだろう。
俺はカウンターでうつ伏せになって寝ていた。
気がつくと、酒場の窓が明るくなっていた。
ネネはまだ寝息をかいている。ラッシュはというと、すでに席を離れているようだった。
後ろのテーブル席を振り返ると、食べかけの料理が残っていて、その周りで村人たちが酒瓶を持って寝ていた。
俺は席を立ち、酒場から出た。太陽らしきものが空に昇っていて、ぐーぅっと背伸びをすると気持ちが良かった。
どこかに顔を洗う場所はないだろうか。辺りを見回すと、どこかで女性たちの歓声が聞こえた。
俺は声のする方へ足を運んだ。
「これでいいか?」
「えぇ、このあたりでいいですわ!」
「お兄さん、今からハッスル気はないかしら?」
「あら?そしたら私もお供しようかしら」
住宅が立ち並ぶ向こうに畑が見えて、ラッシュが若い女性たちに囲まれているのが見えた。
彼は肥料の入った樽を畑に運んでいたらしい。
女性たちがラッシュの胸筋を触っている。
俺は邪魔しては悪いと思って、すぐに元来た道を戻った。
すると、後ろから走ってくる足音。振り返ると、ラッシュが俺に追いつくところだった。
「おいリョウガ、助けてくれてもいいじゃねぇか」
「助ける?お前を?」
「おう。女たちの家に連れ込まれそうだったんだ」
「そうなの?満更でもない顔してたけど」
「そんな顔してねぇよ。それより、今日にでも今後のこと決めねぇと、後手に回るぜ」
ラッシュの言葉に、俺は確かにそうだと思った。
王城から追手が来ているかもしれないし、早いうちにこの世界のことを知っておきたい。
それに、今合流できているサブ垢は2人だけ。他にこの世界に来ているサブ垢がいるのなら、是非とも合流したい。
「じゃあ、太陽が真上に来た時、出発する。その間に、どの方角に進むかくらいは決めておこう」
「はいよ」
俺たちは酒場に戻って、食器や酒瓶を片付けることにした。ラッシュの提案だ。彼はこういうところで律儀である。
俺たちは食器洗いき適した魔法を持っていないから、一皿ずつ手洗いする羽目になった。
2時間ほどかかり、ようやく食器を全て洗い終わることができた。
その間、酒場にいる村人もネネも、誰1人として起きることはなかった。
「リョウガ、お前はどうやってこの村に着いたんだ?」
食器を洗っている時、ラッシュが聞いてきた。
俺は王城に転生をしたこと、処刑されそうになったところをネネに助けられたことを言った。
「まじかよ。スキルが気に食わねぇから処刑するって、頭どうかしてんじゃねぇのか?」
「お前もそう思うよな。その後は、ネネに案内されてこの村に来たかな」
「そうか」
ラッシュはというと、気が付くとこの村にいたらしい。しばらくしてネネがこの村に来て、一緒に酒場に入ったのだという。
「びっくりしたよ。突然、リョウガの命が危ねえってネネさんが飛び出て行ってよ」
「そうだったか。俺が無事で安心したか?」
「馬鹿言え。お前の反則級の強さなら、どの世界に転生しても生き残れるだろ。安心も何もねぇよ」
「そうか」
その後、ラッシュとは王城と反対の方向に進もうということで意見が一致した。
食器を洗い終え、ラッシュは出発までの間、女性たちを手伝うと言って酒場を出て行った。
俺は、ネネの隣に座って頭を巡らせる。
この世界で、俺の力はどれほど通用するのだろう。
ゲームでは、魔法レベル、スキルレベル、HPやMPなど、全ての項目をカンストさせた。そこからさらに金の力で上限を突破させて、本当の天井に頭がついた。
そしてそれには飽き足らず、ゲーム内で取れる称号を全てかっさらい、俺はゲーム内で最強の名を轟かせた。
しかし、それの力がこの世界に引き継がれているとは限らない。
それは、ネネとラッシュも同じだ。
冒険が始まる予感。
この先に待ち受けるどんな壁も、俺は持てる力を全て使って突破してやる。
拳に力が入る。
「うぅーん。朝?」
ネネが目を覚ましたらしい。
彼女が体を起こすと、鮮やかな赤い瞳に柔らかい髪がかかった。
あどけない顔をして、肩越しに俺を見つめてくる。
俺は席を立ち、扉に歩きながらネネに言う。
「もうすぐ出発だ」
「もう出るの?顔洗わなきゃ」
俺は静かに笑った。
酒場から出ると、太陽はもうすぐ真上に来る頃だった。
風がやさしく吹いている。
さぁ、行こうか。誰も見たことがない世界の中へ。




