G.P.S.覚書〈その1:碧猫屋〉
読者の皆様 はじめまして。
私の名前は ジーナ・ダイアモンドと申します。
皆様にも ジーナと ご記憶 願えたらと思います。
私の現在の身分は王都ウェスティリアにあります〈セクンディアス記念魔導院〉高等部の1年生です。
はい。高等部の1年生です。
ええ。疑問に感じられるのも ごもっともですが 高等部の1年生です。
私は 現在13歳なので 本来ならば中等部2年生の年齢なのですが 特別に飛び級を認めていただいております。
天才?
いいえ。
とんでもない話です。
高等部の学友の方々は 才能豊かな方ばかりなので 私のような非才の人間は人一倍の努力をせねばと いつも思っております。
正直 高等部では 私は優等生ではありませんし。
経験も知識も まだまだ 足りていないことを実感する毎日です。
いじめ?
それも いいえです。
そんなことは 全くありません。
皆さん優しく接して下さいますし 先生方も丁寧に指導して下さって 本当にありがたく思っております。
……ただ 困り事がない訳でもなくて。
魔導院へは 特待生として授業料免除で通わせて頂いているのですが 教科書以外にも参考書等 必要な物品が沢山あるのです。
私の生家は 決して裕福ではありませんし これ以上 母に苦労を掛けたくないので……。
そんな事で悩んでおりましたところ 担任をして下さっているヴィンチアーノ先生から ご紹介頂いたのが〈碧猫屋〉でのアルバイトでした。
〈碧猫屋〉と申しますのは 星降る街の大市場に店を構える薬種商です。
私の専攻は博物学で 将来の夢は 世界の森羅万象を書き記した百科全書を認める事。
そのためには 書物だけの知識だけでなく実物を自分の眼で見ることも大切と先生に伺って お世話になることを決めました。
店主のマリノア様は 私より4つ歳上の17歳と仰っているのですが 想像を絶する博覧強記を誇る方でした。
正に万巻の書物を読み込んでいらっしゃるらしく しかも その内容を一字一句まで諳じられている ご様子なのです。
聞いたこともない薬剤の効能は もちろんのこと 複雑な作成手順まで たちどころに暗謡される様は まるで昔話に登場する伝説の魔女〈マリノア・シプレ〉のよう。
マリノアというお名前も もしかしたら伝説の魔女にあやかってのものかも知れません。
学院の先生ではないので 丁寧に指導して下さる訳ではないのですが その言葉の端々から いつも多くの学びと気付きを頂いており 感謝しても感謝し切れないほどです。
見た目は 猫目石のような不思議な艶めきのある水碧色の肩髪が美しい細身の女性です。
とても優しそうな 丸い大きな海碧色の眼が可愛いらしい印象の方。
白い肌にある軽いソバカスもチャーミングだと思います。
本当に素敵な少し歳上のお姉様。
……なのですが とにかく 凄まじいまでに お金にシビアな方。
より有り体に言えば〈ガメツイ〉方なのです。
何故 そこまで お金に執着されているのかは 未だに謎なのですが……。
兎に角 その結果として人使いが とてもとても とっても荒いのです。
決まった時給の中で 本当に最大限の働きを求められます。
よく言いつかる業務に近郊の村まで出向き〈乾燥レノア草〉を引き取ってくるというものがあるのですが 設定時間が かなりタイトな上に 残業手当等は絶対に出ないので 私の歩く速度は 1年前に比べて 随分と速くなった自覚があります。
あと 同じくアルバイトの方々と組んで 森からシャリオ草の新芽を摘んでくる業務も よく言いつかるのですが これも時給仕事。
星降る街 近くの森と言えど森小鬼ぐらいは出没しますし 秋であれば牙猪も出ます。
もちろん戦闘になるようなことがあっても危険手当等は ありません。
去年の秋などは 牙猪どころか大牙猪と遭遇し 大変な思いをしましたが 這々の体で店に帰り着いた時に 使った分の回復薬の代金を請求されて 私は 生まれて初めて〈殺意〉という感情の本当の意味を知ることができました。
良くも悪くも 学びの多いバイト先だと感じる次第です。
あとは 店を訪れる人々との交流も 魅力の1つと思っております。
頻繁にお店にいらっしゃる方に 1人の長身のエルフ女性がいらっしゃいます。
白銀髪の柔らかな巻き毛に褐色の肌 暗紅色に輝く瞳。
御存じの方もいらっしゃるかも知れません。
〈救国の七英雄〉の1人【闇剣の】紅瑠石様です。
闇の精霊と片刃の異国刀 そして変幻自在の体術を巧みに組み合わせ使い熟す卓越した魔法剣士。
王都を影から支配する闇ギルドの1つ〈黒い兄弟〉の大幹部でもあります。
20年前 アレクサンドラ三世陛下の王位継承を巡って 不当にも異議を唱え簒奪を目論んだ王弟リューゴスの陰謀を苦難の末に阻止した〈救国の七英雄〉。
現 王都騎士団団長【赤竜殺し】ダルケス・アダマンティ様達と共に戦った非常に高名な方です。
ただ 身近に接する紅瑠石様は 英雄らしさ 或いは 犯罪結社の幹部であることなど 微塵も感じさせない東方訛りの気さくな方。
何事でも ざっくばらんにお話しされていて 引っ込み思案で 人見知りの私としては 羨ましいなと思ったりも致します。
特にマリノア様とは 隠し事無しに何でも話し合える間柄のようで 男女間の夜の交渉のこと等も 昼間から大きなお声で お話しされていたりして 年若な私としては困惑する事も多々あります。
……と言いますか この間 気が付いたのですが 紅瑠石様は 男女間だけでなく女性同士でも そういった交渉を行っていらっしゃるらしく はじめお二人の会話を聞いていて 状況が理解できずに混乱していたのですが 途中で端と気付き 非常に衝撃を受けました。
学院の書庫に隠っていては識ることの出来ない世界があると身を持って経験した出来事でした。
そうして もう お1人ご紹介させて下さい。
〈碧猫屋〉に来て下さる方に 実は あのお方が いらっしゃるのです。
そう! 女王陛下の親衛三騎士筆頭 【金剛石の騎士】アリシア・アダマンティ様です!
先程もお話ししました【赤竜殺し】ダルケス・アダマンティ様のご長女であり 母方からは建国の勇者 ルーファウス・エッドや王家の血統をも引く高貴な血筋。
親衛三騎士への抜擢には 騎士団長である父君の依怙贔屓や 王家に連なる血筋によるコネであって時期尚早であるといったことを言う輩がいるらしいのです。
そのような噂話が私の耳にも入っておりますが そういった連中は 3度に渡る王都武術大会での優勝や イズルナ砦での勇戦について どう説明するつもりなのでしょうか?
非常に偏って穿った見方をする 性根の捻じ曲がった連中であるという思いを禁じ得ません。
……おっと 申し訳ありませんでした。
私『常に冷静に理知的に』というのがモットーなのですが ことアリシア様に関する事柄になりますと ついつい熱く感情的になってしまうのです。
お見苦しいところをお見せしたこと お許し頂きたいです。
アリシア様と私の初めての出会いは まだ 学院に入学する前 7歳の時でした。
それは母に連れてもらった商店に貼ってあった絵姿であったように記憶しております。
王都騎士団の正装鎧に長剣と騎士盾を持ち 騎士礼を取ったお姿。
今 見返してみますと新騎士叙任を伝える騎士絵だったことが分かります。
ただ その時は 凛として それでいて麗しいお姿に ただただ 見とれるばかりでございました。
母が帰ろうと言うのも聞かず 10分も20分も絵の前に立ち尽くしていたそうです。
あまり裕福ではない我が家でしたが 母は私の我が儘を聞き入れて下さり その騎士絵を買って下さいました。
その後も アリシア様の騎士絵は 私の憧れであり続けました。
本を読む以外趣味の無い私の唯一例外のお金を使う楽しみ。
それが アリシア様の騎士絵を集めること。
人気の騎士様ですから 年に何枚も新作が出ます。
全部の作品を集められる訳ではないのですが 上級騎士への叙任 親衛隊への抜擢 そして親衛三騎士へと ずっと応援しておりました。
そして あの日がやってきたのです。
忘れもしません〈碧猫屋〉でアルバイトを始めて10日目のことでした。
ウインドチャイムを鳴らして お店に入ってきた長身の女性。
緩くウェーブの掛かった艶やかに煌めく銅色の長髪。
白い肌に 淡麗な眼差し。
時間が止まったように感じました。
毎日 タメ息と共に見詰めていたお姿が……いえ 騎士絵なんかより もっと神々しいまでに お美しいお姿が そこにありました。
「マリノア 邪魔する」
ビオラのような深みのある低音。
お声を聴いたのは もちろん初めてでしたが 余りにも魅惑的な響きに心臓は このまま止まるのではないかと思うほど高鳴り 脚はガタガタと音を立てて震えました。
その日 マリノア様は ご不在でしたから 私が応対をせねばなりません。
「いらっしゃいませ」
掠れる声で それだけ言うのが 精一杯でございした。
「ああ。君が 新しく入ったアルバイトか」
「はい。ジーナと申します」
「ジーナと言うのか。よい名前だな」
そう言って微笑んで下さいました。
もう そこからは完全に舞い上がってしまって 何を話させて頂いたか 覚えていませんが ほとんど まともに応対できなかっただろうと思います。
何故って 1年経った今でもアリシア様のお顔を見ると 緊張し過ぎて まともにお話しできた試しが無いからです。
アリシア様とマリノア様と紅瑠石様の3人は 気の合う冒険仲間らしく アリシア様の休暇期間には 3人連れ立って よく探索行へと出向かれます。
今回も 岩猩々が出るという北方の山中へと希少な鉱石と薬草を求めて旅立って行かれました。
もちろん 私のような未熟者は ご一緒すること等できません……学院の授業もありますし。
ただ〈碧猫屋〉にお世話になりはじめた頃は お店で希少な物品の実物を見れればよいと思っていた私ですが 最近は いつの日にかアリシア様やマリノア様達の探索に ご一緒できれば思うようになりました。
そして「千里の道も一歩から」です。
まだまだ 初歩的な呪文しか唱えることは出来ないのですが 付与魔法や攻撃魔法等の冒険で役立ちそうな呪文の練習を日課に採り入れました。
この世の森羅万象を書き記した百科全書を認めるという夢は 変わっていませんが 今の私の目標は 実地に見て考える博物学者。
何事も自分の眼で確かめることを大切にしたいと思う 今日この頃です。




