G.P.S.覚書〈その9:詠唱〉
シスター・フィーナと私の魔法の援護で 前衛の方々の強化は完成しましたが 接敵状態の森小鬼は増えて参ります。
さして知能は高くないと言われております小鬼系のモンスターですが 数の優位を生かして 私共を包囲するような動き。
「うふふ…… 神の祝福を受けた正義の盾に 邪悪な攻撃は通用しません。さっさと裁きをお受けなさいッ」
シスター・フィーナは 土小鬼と相対しながらも 鉄球の軌道や 盾殴り 更には金属ブーツでの蹴り等を巧みに使って数匹の森小鬼を引き付けて下さっています。
「うっしゃッ! 1匹目ッ! 次は オマエだッ ジーナんとこには 行かせねぇぜッ」
フィンのヤツも1匹を倒し 2匹目の相手をしながら もう1匹が後衛に接近しないように立ち回っている模様。
逆にキールさんの方は 短剣を持った森小鬼1匹に苦慮されているご様子。
「うぉわッ ヤッベ。うらッ くたばれよっ。── ひぇッッ!?」
キールさんの突き返しの一撃は 空を切り その隙に斬り掛かる森小鬼の短剣を 引き戻した短剣で かろうじて受け流されます。
「キール 大丈夫っ?」
手いっぱいのキールさんの横を抜けようとする別の森小鬼を見て アイリスさんは機械式弩を捨て 中短剣を引き抜き 軽小盾を構えて キールさんの援護に向かわれます。
敵は森小鬼が残り10匹。
土小鬼1匹は重傷で もう1匹は健在。
こちらは5人。
戦線は膠着と言うよりは 少し押され気味。
やはり私の〈真語魔法〉が現状の突破口となると申せましょう。
母愛用の革のブックカバーに包まれた私の魔導書を左手に構えます。
「Ena elt endr……」
私のキーワードに反応して 魔導書のページが ペラペラと捲れ 目指す項が自ら開きます。
周りの魔素に意識を集中しますと 魔導書が仄かに輝き 洩れ出た燐光が丸盾サイズの魔方陣を展開し 中空に固定致します。
現在の私の実力では 限界サイズ魔方陣。
淡い紫色の燐光を放つ呪紋に右手の指で触れ 魔導書の記述を確かめながら 描き換えて参ります。
ここで 先程の一工夫が生きて参ります。
私自身には さほど必要の無かった〈筋力〉の魔法。
気力 集中力 引いては魔力の消耗は増すのですが 敢えて 自身も含めた〈お仲間全員を対象〉に設定致しました。
何故なら その設定を反転させるだけで〈お仲間以外を対象〉に設定できるのでございます。
僅か4ヶ所の呪紋を描き換えるだけで 魔方陣が完成致します。
しかし ここからが正念場。
まだ 使いこなせてはおらぬ魔法。
しっかりと呪文を発声して 魔素を練り 霊子を導かねばなりません。
「我が真なる名 ガイアナ・プブリウス・セクンディアナの名によって命ず… 始源なる魔素よ 我が命に従い 万物の理たる霊子を導け……」
集中力 気力を細心の注意力をもって魔力に練り上げ 詠唱に繋げます。
「──ッッ 痛ッてぇ」
キールさんの悲鳴が聞こえます。
視線を送り 状況を確かめます。
見れば 太股に森小鬼の短剣が突き刺さり 片膝をついてらっしゃいます。
ですが ここで心を乱す訳には参りません。
「……reviriwas walre shi ghyunam Helr ahm Yr tui relkus……」
魔導書の記述を確かめながら 正確な発音で真語での 術式を展開致します。
私の詠唱に応じ 徐々に魔方陣の薄紫の輝きが強まって参ります。
「必ず地獄へ墜ちて下さいね。悪鬼討滅 〈金剛撃〉!」
「……avikeros es Rgh aws ahm welt……」
シスター・フィーナの にこやかな声と共に放たれる一撃が 攻撃を受け止めた棍棒を叩き折り そのまま土小鬼の頭蓋を叩き潰します。
そのタイミングでアイリスさんの中短剣が キールさんへと追撃を加えようとしていた森小鬼を 横合いから屠ります。
キールさんの方を振り返られた シスター・フィーナの祈りの言葉。
「天なる父と 慈愛と癒しの聖女ヌスラの名において この者の傷を治し給え。〈治癒〉ッ」
「……dyulk et Yr tui welkus ryl iophys……」
キールさんの傷は 癒えた様子ですが 今度は体勢を崩したアイリスさんに棍棒を構えた森小鬼が襲い掛かろうとしております。
更には シスター・フィーナが祈りを捧げられたその間隙を縫って 右肩を傷めていた土小鬼が 私の方へと迫ります。
フィンも目の前の敵からの攻撃を剣で受け 土小鬼の突進を阻止できません。
「……Es bios feruys ena elt endr !」
私の目前に迫り 棍棒を振り上げ巨大な犬歯を剥く土小鬼。
戦線は崩壊しかけておりますが 呪文は完成間近。
中空に浮かぶ魔方陣は 紫電の輝きを放ち 小さな稲妻が 微かな放電を見せております。
ここまで練り上げた呪文を中断するなど出来ぬ相談でございます。
膝裏が崩れ落ちるような恐怖を感じますが 偉大なる〈真語魔法〉の威力を信じ 最後まで詠唱を行い切ります。
「紫電の雷よ。無数の槍刃となりて 我が敵を貫けっ!〈電撃柱〉ッ!」
呪文の完成共に 私の練り上げた魔素が魔力となって魔方陣に注ぎ込まれ 煌めく紫電の燐光となって霊子の奔流を導きます。
私を中心にした半径10メルほどの空間に 人の背丈程の数えきれぬ電撃の柱が発生し 全ての森小鬼 土小鬼を貫き その活動を停止させます。
やっ やりましたっ。
やり切りました……っ。
ほぼ全ての 気力 集中力 魔力を注ぎ込んだ 私は崩れるように 両膝をつき そのまま尻餅をついてしまいます。
ですが… ですが なんと言うことでしょう……。
私の目前で活動を停止した筈の土小鬼が 棍棒を手に立ち上がろうとしているでは ありませんか。
あろうことか 私の全身全霊を振り絞った〈電撃柱〉では 仕留めきれていなかったのです。
身に迫る生命の危機と恐怖。
しかしながら 私は目の前が真っ暗に感じる程の消耗で 助けを求める声を上げることすら叶いません。
尻餅をついた姿勢のまま 後退るのが やっと……。
「させるかよッ!」
フィンの叫び声が聞こえます。
見れば 極小の魔方陣を展開し その片手半剣には真紅の燐光が。
「喰らえーッ! 必殺!〈魔力斬〉ッ!」
真紅の閃光と共にフィンが跳び上がり 魔力と体重を乗せた渾身の斬撃が土小鬼を一刀両断に致します。
ああ……。
そうです。
そうなのです。
このデリカシーの欠片も無い赤毛猿は……。
小さな頃から いつも傍にいた幼馴染みは……。
私に危機が迫ると 必ず現れて助けてくれるのです。
幼い日々の幾多の場面が甦り 脳裏を廻ります。
今までの人生で一番の窮地を救われ 気が抜けてしまったのかも しれません。
やっと息が整い 声を出せるようになった私は 前々から言おうと思っていた想いをポロリと洩らしてしまいます。
ここで 言うべき言葉で無いのは 重々承知しておったのですが。
「……ダッサ~ッ。フィン アンタの技名のセンス マジでゴミ。ガキっぽいにも程があるわ。ホント ヤバい程 ダサいから。いっぺん死んだ方が いいんじゃない?」
ああ。
やってしまいました。
母に告げ口されたら また お説教です……。
………。
……。
…。




