G.P.S.覚書〈その5:明けの明星〉
リイン村の外れ。
森への入り口にアイリスさんとシスター・フィーナのお姿が見えます。
見送りに来て下さったのでしょうか フィネルおば様のお姿も。
「はじめまして! オレ フィンっていいます。フィン・ベリルスです。剣術には 少し自信があります。あと ジーナほどじゃないけど〈真語魔法〉も ちょっとなら」
低能赤毛猿が 取って置きの愛想を美人のお姉様方に振り撒いている姿の浅ましいこと 浅ましいこと。
お二人は 一昨日お会いした時と変わらず アイリスさんは抑制された応対を シスター・フィーナは 終始にこやかな表情で赤毛猿に自己紹介をなさってらっしゃいます……一昨日と 特に変わった様子も な…?
いえいえ。
違和感を感じます……とてつもなく。
先ずは アイリスさんの装備品。
衛士の方の基本装備である硬革の鎧に 中短剣。
ここまでは 良いのですが 衛士の方なら持ってらっしゃる筈の小型盾が見当たりません。
代わりに足許に立て掛けられているのは 中型の機械式弩。
よく見れば 腰の後ろに軽小盾も用意されてらっしゃるようですが 前衛に立って 森小鬼の攻撃を防ぐといったご様子ではなさそうです。
ですが アイリスさんの装備品の違和感など シスター・フィーナの出で立ちの異様さに比べたら なんと言うこともございません。
フェイシア教会の黒いベールに修道服。
パッと見れば 一昨日と変わらぬ出で立ちなのです。
キールさんとあまり変わらぬ高身長に にこやかな笑顔。
ですが左手には フェイシア教会の聖印が浮き彫りにされた金属製の中盾。
そして 右手には……
私 話に聞いたことはございましたが 実物を見るのは初めてでございます。
金属製の短杖に鎖で繋がれた棘付きの鉄球。
〈明けの明星〉と通称されます凶悪な外見の打撃武器。
「はい。そうなのです。去年までは 北辺の聖心騎士団におりまして 邪教徒共や蛮族共の討滅にあたっていたのですが 大司教様が 平和なリイン村への赴任をお命じになられて……」
……出ました。
〈邪教徒〉〈蛮族〉発言。
現在のヘブンブリーズ王国内では異教徒と異種族と言うべきところ。
シスター・フィーナは フェイシア教会でも 極左派の〈ユグルタ派〉の信仰をお持ちに違いありません。
正直 私共 魔導の徒とフェイシア教会との関係性は 少し微妙なのです。
特に左派の方は神の至上性を主張されますので 神の存在を否定し全てを魔導で説明しようとする〈ドラスビス学派〉の方とは 水と油。
私は そこまで極端な思想は持ち合わせておりませんが 宗教左派の方と聞くと 少し腰が引けてしまいます。
「あの オレ 前衛やりますから ジーナとか守ってやって下さい」
「はい。よろしくお願いしますね」
にこやかに お返事されるシスター・フィーナ。
アホの赤毛猿には 見えていないんでしょうか?
両手は金属製のガントレット 両足は金属製のブーツ。
きっと 修道服の下は鎖帷子に違いありません。
硬革の鎧に革手袋の赤毛猿なんかより よっぽど重装備です。
どう考えても シスター・フィーナが前列中央 その左右をキールさんと赤毛猿が固める。
そして 後衛にアイリスさんと私という陣形になると思うのですが。
何はともあれ 森小鬼が巣食うという遺跡に向けて 出発致します。
リイン村の方々がご用意下さった テントや食料品 飲料水等は手分けして メンバー全員で背負います。
皆様に気を使っていただいて 私の荷物は随分少なめにして頂きました。
逆に赤毛猿は 私の次に年少ですが 誰より多くの荷物を背負いながらも いつも通りのヘラヘラした雰囲気のまま。
そんな様子を見ますと やっぱり男の子って逞しいな等と思ったりも致します。
まぁ 脳の髄まで筋肉なのですから こんな時ぐらい役に立ってもらわないと困る訳でございますけれども。
初夏の東の森は 風も涼しく 木漏れ日も穏やかで あまり急な上り下りもございません。
時折 野生の鹿等を見かけることもございますが 危険な獣に出会うこともなく 色々と お話などしながら 森の中の小道を進んで参ります。
「うん そうだよ。あたしはマーガルの駐屯地にいたことあるよ。偵察と待ち伏せを徹底的に叩き込まれたの」
アイリスさんが 先頭に立って 細い獣道を探しながら 身の上話をして下さいます。
アイリスさんは23歳。
リイン村から少し離れた村で お生まれになって 15歳から衛士隊に入って訓練を受けられ 一昨年から駐在任務についてらっしゃるそうです。
平和なリイン村での任務は 事件や喧嘩の仲裁といったことも あまりなく その分 森の奥へ分け入って 異変の兆候が無いか確認するといった業務も多いそうで 森での活動は お手のもの。
藪のような見通しの悪い場所でも 迷うことなく獣道を辿り先導して下さいます。
「はい。わたしは 騎士の家に生まれまして」
続いて にこやかな笑顔を浮かべながら シスター・フィーナがお話されます。
「実家の方は双子の弟が継ぐことになってまして 今は王都で騎士団勤めをしてますの。わたしの方は 14歳で修道院に入れられたんですけれど…… 少々〈やらかし〉をしてしまって 修道院長様が北辺の聖心騎士団へ行きなさいとお命じになられたのです」
にこやかで 穏やかな笑顔と口振りに似合わぬガチャガチャという金属鎧の立てる音が いやが応にも〈やらかし〉の内容への不安を高めます。
「17歳から北辺守護の聖心騎士団で従騎士として 信仰と鍛練 そして邪教徒共の討滅の日々を送っていたのですが ここでも〈やりすぎ〉をしてしまったようでして……。大司教様が平和で静かな場所で信仰を深めなさいと」
〈やらかし〉の次は〈やりすぎ〉だそうです。
使い込まれた雰囲気の漂う棘付き鉄球が鈍く光ります。
「北辺の騎士団暮らしから 村の学校の先生だと ずいぶん勝手が違うんじゃねぇっすか?」
キールさんが素朴な疑問をぶつけられます。
「ええ ほんとうに……。どの子も みんな 可愛い良い子達なんですけれど ほんとうにヤンチャで元気で 全然 わたしの話を聞いてくれなくて……。でも これもまた 神様が わたしに与え給もうた試練と信じて 全力で取り組むだけですわ」
私と赤毛猿は 母の開いております私塾で読み書きを教わったので 村の学校の雰囲気は 分かりかねますが 私の通う魔導院のような場所ですら講義中に私語をする輩が存在いたします。
まして より小さな子ども達の通う村の学校では その状況は推して知るべしと申せましょう。
「それに神様は見ていて下さるのです。この間 たまたま 偶然にも 教師机の天板を叩き割ってしまったのですが その日以来 授業中は子ども達も黙ってくれるようになりましたの。やはり 信じる者の前に奇跡は起こるのです」
シスター・フィーナの教室の雰囲気 推して知るべしです。




