G.P.S.覚書〈その4:同担拒否〉
2日後の早朝 私共は東門を抜けてリイン村へと向かいます。
学院のローブに母から借りたマント。
身の回りの品を入れた背負い袋。
そして 何より大切な手書きのノート。
今回の冒険の為に用意した呪文を書き込みました。
魔術的なインデックスも付けて 即座に開けるようにして 準備万端です。
こちらも母から借り受けた革のブックカバーで 保護。
見た目がいかにも魔導書といった風情になり 少し心強く感じます。
……いえいえ もちろん まだまだ初学者であるとの自覚もございますが。
キールさんは いつもの通りの綿の動きやすそうな服装の上に軟革の軽鎧を着込んでらっしゃいます。
腰のベルトには 短剣と工具でも入っているのでしょうか? 小さな革製のポーチを吊り あと2本ばかりの薬品瓶。
どうやら〈碧猫屋〉の薬瓶のように見受けられます。
マリノア様に限って 無償で下さったものとは思えません。
……きっと 高額の薬品に違いありません。
〈大牙猪〉戦の時の悪夢が脳裏を過ります。
購入されたにしろ 貸与頂いたにせよ 使わずに済むことを 祈らずにはおれません。
テントや食料等の大きな荷物は リイン村の方で用意していただけるので 個人の荷物は必要最小限の物品で済んでおり 軽快です。
「あー 楽しみだよなぁ。冒険ってだけで ワクワクすんのに その上 美人のお姉さまと お近づきになれるかも…とか最高かよ! キールさん 声掛けてくれて ありがとな!」
……いえ。
大きな お荷物を抱えておりますことを忘れておりました。
と言うよりは 努めて意識に上らぬように 視界に入れぬようにしているのですが。
それでも ずっとペチャクチャと喋り続ける雑音が私の耳に入って参ります……その 騒々しいこと。
フィン・ベリルス。
燃えるような赤髪に蒼碧の瞳。
そしてニヤケた 締まりの無い顔。
私の幼馴染み。
私より2つ歳上の15歳。
今回の依頼を受けることを決めたリイン村からの帰り道 キールさんは仰いました。
『フィンのヤツにも声掛けるか……』
必要無いと抗議する私を制止して キールさんは続けられました。
『小さい頃からの仲良しなんじゃねぇの? まぁ 気になるお年頃ってのも分かるけどよぉ……。それに 賢いお嬢だから 分かってんだろ?』
そうなのです。
20~30匹の森小鬼との戦闘を想定するとなると もう1人前衛が必要なのです。
たぶん衛士のアイリスさんは中短剣を持ってらしたので 小型盾を装備した衛士スタイルで前衛に立って下さるだろうと予想されます。
キールさんは 短剣装備ですが 森小鬼1匹ぐらいならともかく 3匹4匹を引き付けるのは難しそうです。
集団戦ですので 私とシスター・フィーナの魔法が決め手になると思われますが 魔法を準備する時間を稼いで頂かなければなりません。
シスター・フィーナの〈神聖魔法〉は そこまででもありませんが 私の扱う〈真語魔法〉は強力ですが準備に時間が掛かるのです。
シスターはもちろん 私も直接攻撃されると身を守る術がございません。
確かに もう1人 前衛を支える人間が必要なのです。
なのですが……。
「あ。ジーナ。ヤキモチ妬いたりするなよ? 何度も言ってるけど オレ お前に 興味ないから。諦めろ」
以前 〈大牙猪〉事件の後に初めて〈殺意〉という感情を知ったとお伝えしたと記憶させて頂いているのですが お詫びして訂正いたします。
私は 随分以前から この男に〈殺意〉を抱いておるのでありました。
この男は どういう訳だか知りませんが 私が自分に好意を抱いていると信じて疑わない様子なのです。
その上 その事を さも当然かのように人前で話すのです。
それだけでも非常に不快なのに 母は
『フィン君? いいじゃない。剣術頑張ってるみたいだし 最近背も伸びて男の子らしい雰囲気になってきたし。アナタほど本は読んでないけど 魔法の素養もあるし。まぁ 向こうがジーナのこと気に入ってくれるかは 別問題だけどね。でも お隣だと お嫁に行っても 寂しくないから お母さん的には 嬉しいかも』
とのこと。
母は 私の最大の理解者だと思っておりますのですが ことこの件に関しては非常に不愉快な存在であると言わざるを得ません。
我が家の隣で料理店を開く フィンのお母様も
『ウチのバカ息子 素直じゃなくてゴメンよ。ただ まぁ ジーナちゃんがついててくれると こっちとしては安心だね。あ。でも ウチの店 継ごうとか思わなくて大丈夫だから。せっかく学院で勉強してるんだし そっちの道で頑張るんだよ』
という調子。
小さな頃から 忙しい母の代わりに食事を用意して下さったりと 母の次に信頼している人物ですが この件に関しては 母同様 全くお話になりません。
ここで もう一度確認しておきますが 私の憧れの人物は 親衛騎士筆頭のアリシア様。
高貴で気品のある端正で麗しいお方。
罷り間違っても 軽薄で品のないアホ男子ではございません。
「あー この冒険で注目浴びて 王都騎士団にスカウトされたりしねぇかなー。そんでもって アリシア様の部隊に配属されてさー」
無神経極まり無い妄言が耳に入ってきて 私としたことが 思わず歯軋りをしてしまいます。
そうです。
そうなのです。
この低能赤毛猿は アリシア様推し。
ですが 私は 断固として同担拒否なのです。
幼い頃 一緒にアリシア様の騎士絵を見ていた時期があるなんて 今では想像もできません。
私は このアホが見当違いのアリシア様解釈を口にする度に 両耳の穴から手を突っ込んで奥歯をヘシ折ってやりたい衝動に駆られるのです。
生活と学業に必要な収入を得るためとは言え この不倶戴天のアホ赤毛猿と しばらく行動を共にせねばならぬのかと思うと リイン村へと向かう私の足取りは重くならざるを得ないのでした。
ウェスティリアの東門から約1刻。
リイン村の村外れに近づいて参りました。
そこで待っていて下さる アイリスさんとシスター・フィーナのお姿を見て タメ息は さらに深くなるのでありました。




