薬種商〈碧猫屋〉
── カランッ カラン… カラン…… ──
「あ~ ヒマや~。なんかオモロイ話ない~?」
ウインドチャイムが鳴る音と共に薄暗い店内に入ってくる褐色肌のエルフ。
少し低音の柔らかな東方訛り。
それに答える 鈴の鳴るような高音 西方標準語。
「あら? ちょうど良かった 紅瑠石 。今から 東の森まで 調達に行こうって思ってたとこ」
クリーム色の綿シャツに同じく綿の青いスカート。
キャンバス地の大きな鞄を たすき掛けに2つ掛け これまたキャンバス地の大きな背負い袋を背負い 肩丈ほどの糸杉の杖を手に持った少女。
店に入ってきた 闇エルフの眼を見てニッコリと微笑むソバカス娘。
少女の名前はマリノア。
ここ薬種商〈碧猫屋〉の店主。
年の頃は17~18といった風情。
水碧色の肩髪を後ろで1つに括っている。
髪の艶めきが 光の加減で不可思議な反射を起こし まるで猫目石のよう。
「あー ごめん マリノア。今日 ウチ 忙しいんやった……。悪いけど また 今度な?」
「紅瑠石 アンタ 今『ヒマや~』って言いながら 入ってきたでしょ。つべこべ言わずに手伝いなさいよ」
「えーっ 嫌やし。東の森なんて オモロないやろ? 誰かバイトにでも行かせたら ええんちゃうの?」
紅瑠石と呼ばれた闇エルフは その名の通り 暗紅色に煌めく美しい瞳の持ち主。
褐色の肌に白銀色のフワッとした巻き毛。
エルフの女性としては かなりの長身で豊満な身体つき。
大きく開いた濃紺色のレザードレスの胸元は マリノアのそれより 明らかに3サイズは大きい。
年の頃は 人間ならば20代前半21~22歳といった佇まい。
「それが バイトのヤツ 魔導院の試験だか 何だかで 休みなのよ。なのに急ぎで回復薬の注文入っちゃってさ。上お得意様だし〈碧猫屋〉のポーションじゃなきゃって 言ってくれてるしさ。無下に断れないでしょ?」
「にしても 東の森なんて ツマランやん? 出ても森小鬼くらいちゃうん? マリノア1人でも なんとかなるやろ……」
「ハァ? アタシ ただの薬師よ? どーやって身を守れってゆーのよ? アンタみたいに 剣が使えるワケでも 魔法が使えるワケでも ないのよ?」
水碧色の髪の少女は 髪色より濃い海碧色の目を細め 口を尖らせて紅瑠石に抗議する。
「魔法使えへんって言うけど 強烈な薬瓶 持ってけば ええやん。爆炎瓶で ドカーンと1発や」
「……あのねぇ。薬瓶は その場で最後の調合しなきゃなんないワケ。じゃなきゃ大爆発起こすような薬品 危なくて持ち歩けないでしょ? 薬師は 護衛無しじゃ 森小鬼の相手だってできやしないの!」
「マリノアなら なんとかなるんやないの?」
「どーゆー意味よ?」
「いや そのまんまの意味やけど……」
不満気な表情で紅瑠石を睨むマリノア。
「……わかった。急な仕事で 報酬良いから アンタにも ちゃんと報酬払うから」
「その言い方やと はじめは 報酬払う気なかったやろ? ウチには 分かるで?」
「……そっ そんなこと 無いわよッ? ちっ ちゃんと 払う気だったわよ? 大丈夫だって!」
白銀髪を小さく横に振り 闇エルフが 更なる断りの口上。
「それに ウチ 今日は装備品 部屋に置いて来てん。今 持ってんの 護身用の片刃刀だけやし。護衛の役には立てへん思うで?」
「森小鬼くらいしか出ないって 言ったのアンタでしょ。アンタの腕と片刃刀あれば十分よ。報酬折半でいいから……銀貨25枚出すわ」
渋々 しょうがなしに……という表情を作って マリノアが紅瑠石の瞳を覗き込み 報酬を提示する。
その眼を ジト目で見返しながらの 闇エルフの返答。
「さっき『急ぎの仕事で』って 言うてたやろ? どーせ75とか吹っ掛けたんやろ? 折半やったら38ちゃうの?」
「……フンッ アンタとは やりにくいわね。10枚乗せるわ35枚」
「折半言うたやろ? 37」
「チッ… しょーがないわね。37枚で 手を打つわ。その代わり 荷物持ちも やんなさいよ?」
「嫌やし。それも折半な」
肩掛け鞄を1つ紅瑠石に手渡すマリノア。
鞄を たすき掛けにしながら薬師に確認する白銀髪。
「納期 いつ?」
「3日後」
「うっわ。強行軍やん」
「そーよ。モタモタしてる時間無いんだからっ。さっさと出かけるわよッ」
〈碧猫屋〉から東の森まで 徒歩で2刻ほど。
採集時間や調合時間を考えれば 既にギリギリのタイミング。
マリノアと紅瑠石の2人は手慣れた動きで店仕舞いを済ませると 足早に店を後にしたのだった……。
………。
……。
…。




