第6話 『緑の王、再誕』
――夜の森が、鳴いていた。
悲鳴でも、風の音でもない。
それは“心臓の鼓動”のように大地を震わせ、空気を脈打たせていた。
カイたちが防災拠点にたどり着いたのは、夜明け前。
しかし、そこに“夜明け”はなかった。
空は暗緑に染まり、太陽の光は厚い蔦の膜に遮られている。
かつて文明の象徴だった鉄とコンクリートは、今や森の一部。
鉄塔は樹木と融合し、アンテナからは新芽が伸びていた。
「……これが、終わりの世界か」
仲間の一人、ハルが呟く。
カイは無言で頷きながら、拠点の地下通路を進む。
発電機の低い唸りがわずかに響き、人間の残した文明の“鼓動”がまだかすかに生きていた。
だが――その音を、別の鼓動がかき消していく。
ドクン。
ドクン。
床が震え、壁が軋む。
緑の光が地面の亀裂から漏れ出した。
まるで“地の底”が息を吹き返したかのように。
「カイ! 外、見て!」
ミナの叫びに駆け寄ると、監視モニターの映像が映し出していた。
――森の中心。
大樹がゆっくりと裂け、その内部から、巨大な“影”が姿を現していた。
四つ足。
黒褐色の毛並み。
そして、かつて世界を恐怖で染めた“熊”の輪郭。
だがそれは、もはやただの獣ではなかった。
皮膚には木の根が絡みつき、目は翠に光り、背からは蔦の翼が広がっている。
“進撃の熊”――否。
“緑の王”が、再びこの地に降り立った。
『……我は滅びず。
人が土に帰り、森が目覚める時、再び立ち上がる』
低く、深く、空気そのものを震わせる声が響く。
人の言葉だった。
それは確かに“意思”を持っていた。
「……まさか、奴が……喋っているのか……!?」
誰かが叫んだ。
熊――“緑の王”はゆっくりと頭を上げた。
その瞳が、拠点の方向をまっすぐに見据える。
『我に力を与えたのは人間だ。
欲望で汚し、命を切り捨て、知を与えた。
ゆえに――我が王座は正当なもの』
熊の足が地を踏みしめるたび、森全体が蠢いた。
遠くの山が崩れ、川が緑色の波を立てる。
木々がうねり、建物を飲み込み、地上そのものが“生き物”のように脈打っていた。
「逃げるんだ! ここもすぐに呑まれる!」
カイが叫ぶ。
しかし、その足元から、緑の蔦が音もなく伸びてくる。
床の隙間、壁のひび、天井の亀裂――ありとあらゆる場所から生えてくるそれは、もはや植物ではなかった。
まるで“森の血管”だ。
ミナが叫ぶ。
「カイ! あれ見て……!」
外の空――。
巨大な熊の背後に、光のような緑の波動が走る。
それは地平線まで広がり、空を覆う“緑の極光”となった。
――世界が、再び書き換わろうとしていた。
熊の声が、空を貫く。
『人の時代は終わった。
次に支配するは――我と緑。』
その瞬間、都市の灯りがすべて消えた。
残ったのは、森の光だけだった。




