第5話 『緑の胎動』
夜が訪れるのが、こんなにも早かっただろうか。
森の都を抜け出したカイたちは、かつて都市だった場所――いまは“緑に飲み込まれた廃墟”の中を進んでいた。
アスファルトはひび割れ、ビルの窓からはツタが垂れ下がり、遠くでは巨大な木の根がビルを貫いている。
それは、まるで人間の文明そのものが「自然に喰われている」ようだった。
「……どこまで行くつもり?」
ミナが息を切らしながら問う。
「北だ。旧防災拠点が残ってる。物資と発電機があれば、まだ抵抗できる」
カイは言いながら、背後の森を振り返った。
月明かりの下、木々が風に揺れるたび、どこか“生き物”のように蠢いて見える。
――まるで、森そのものが追ってきているかのように。
ドサッ。
誰かの足元で、地面が崩れた。
「ちょっ……!」
崩れた穴の中には、動かぬ人影。
胸元に絡みついたツタが、ゆっくりと心臓を貫いていた。
皮膚は樹皮のように硬化し、瞳は緑色に濁っている。
「……“変化”を選んだ者の成れの果て、か」
カイが低く呟く。
「人であることを捨てた代償……」
ミナが唇を震わせる。
そのとき、通信機からノイズ混じりの声が響いた。
『……こちら防災拠点、応答願います。生存者確認……!』
カイが慌てて応答ボタンを押す。
「こちらカイ、東地区を抜けた。現在四名、生存!」
『了解。……急げ。森が動いている。南壁が完全に呑まれた!』
「――ッ!」
その瞬間、遠くの空が“緑の閃光”に染まった。
まるで森が電脈を走らせるように、無数の光が地平線を覆っていく。
音はない。
だが、確かに“生き物の息づかい”がそこにあった。
ミナが叫ぶ。
「カイ! 後ろッ!」
振り向いた瞬間、木々の影から現れたのは――“人間の形をした何か”だった。
皮膚は木の根のように硬化し、顔の中央に、獣のような瞳が光る。
そして、その口がゆっくりと開く。
『――王は死なず。森は永遠なり』
次の瞬間、鋭い蔦が空を裂き、カイたちの隊列を襲った。
逃げ惑う人々。
血のような緑の雨が降り注ぎ、地面が生き物のように波打つ。
誰かが倒れ、誰かが叫び、誰かが呑まれていく。
だが、カイは立ち止まらなかった。
彼の中で燃えていたのは、怒りでも絶望でもない。
「……人間が生きる意味を、見せてやる」
握りしめた手榴弾のピンを引く。
閃光が夜を切り裂き、緑の闇が一瞬だけ後退した。
その光の中で、カイは見た。
――森の奥に、あの“熊の影”が微かに揺らめいたのを。




