第2話 「芽吹きの声」
研究施設〈第七観測棟〉――。
焼け野原の調査から三日後、水無瀬は帰還報告を上げた。
採取したサンプルは、通常の植物とは異なる反応を示していた。
熱にも、酸にも、電磁波にも、死なない。
むしろ刺激を与えるたび、細胞密度が増していた。
「……生きてる。いや、違う。“考えてる”……?」
培養皿の中で、緑色の胞子が蠢く。
人間の声を録音したスピーカーを近くに置くと、反応するように伸びた。
まるで“聞こう”としているかのように。
助手の高木が顔を青ざめさせる。
「博士、これ……危険じゃないですか? 燃やしたほうが――」
「ダメよ、高木くん。これは“何かを記憶している”。」
水無瀬の瞳に光が宿る。
「もしかして、あの熊が……この胞子に……?」
その瞬間、室内の照明がふっと落ちた。
停電だ。
予備電源が点く前に、暗闇の中で“声”が響く。
> 『……ミナセ……』
空気が震えた。
音の方向は――培養皿。
「……聞こえた、今の……?」
高木は震える手でスイッチを押し、灯りを戻す。
皿の中。
緑の胞子が、人間の“顔”のような形に蠢いていた。
目が、あった。
水無瀬の視線を捕らえ、微かに笑う。
> 『……オマエ……人間……』
『……ワレヲ……蘇ラセタ……』
背筋に冷たいものが走る。
研究棟の壁面が軋み、警報が鳴った。
周囲のガラス管、保管庫、試験槽――すべての培養体が同時に“動いた”。
緑の蔦が天井を突き破り、蛍光灯を呑み込み、機械を砕く。
外から響くサイレンの音。
職員たちの悲鳴。
「閉じろ! 隔離区画を閉鎖しろッ!」
「無理だ! もう中枢が乗っ取られてる!」
廊下の壁から生えた“根”が、職員の脚を絡め取る。
人の叫びが短く潰え、赤い液体が床を伝った。
そして――
非常口の窓から見えた外の光景。
焼け野原だったはずの山に、
緑が満ちていた。
たった三日で、森は再生していた。
いや、再生ではない。侵食だ。
> 『……我ハ滅ビズ……』
水無瀬の耳に再び“声”が響く。
それは熊ではなかった。
熊の記憶を継いだ、“何か”。
窓の向こうで、蔦が人間の形を模り始める。
ゆっくりと、立ち上がる。
「……熊が……人の姿に……?」
――風が吹いた。
世界が、再び目を覚ました。




