【第1話 灰の森】
その森には、風が吹かない。
木々は黒く焦げ、土はひび割れ、かつて命が溢れていたその地は、今や「焼け野原」と呼ばれていた。
十年前、“進撃の熊”が最後に立った場所。人類が総攻撃を行い、山そのものを爆砕した戦場跡だった。
研究者の水無瀬は、防護服のヘルメットを外し、マスク越しに息を吐いた。
「……十年経っても、何も生えないなんて……」
彼女の足元には、わずかに青白い苔のようなものが広がっていた。
それは、放射性物質も熱も栄養もない場所に、不自然に“繁殖”していた。
同行する調査員が、無線で呟く。
「博士、センサーが……妙です。生命反応が……複数あります」
「生命反応? まさか動物が?」
水無瀬はセンサーを覗き込み、言葉を失った。
モニターには、赤い点が複数――いや、数百、数千と蠢いていた。
「……そんなはずは……この地域には、もう何も――」
彼女の言葉を遮るように、地面が低く震えた。
足元の苔が、かすかに波打つ。
――カサ……カサ……。
耳を澄ます。
音が近づいてくる。
焦げた木の間から、何かが這い出してきた。
それは、熊ではなかった。
だが確かに“熊の形”をしていた。
植物の蔦と甲殻が絡まり、目の奥で微かに光が瞬く。
水無瀬の喉が凍る。
――見てはいけない。
そう思った瞬間、その存在が首を傾けた。
そして、空気の振動が耳を打った。
それは言葉だった。
> 「……ワレハ……滅ビズ……」
風が吹き、灰が舞った。
“死んだ森”に、再び呼吸の音が戻る。
その瞬間、世界はまた――緑の黙示録へと向かい始めた。




