第七話
数日後の昼下がり。清々しい初夏の光が差し込む自室で、私はクリスタに付き合ってもらいながら、デュトワ家の歴史やベルナール様の仕事内容に関する勉強をしていた。
普通は子供の頃に婚約者を決め、相手の家についても徐々に親しんでいくものだが、私のケースは特殊なので今から知っていくしかない。一通り学び終えるまでは、社交の場に出る義務を免除されている。
それにしても、と思う。ベルナール様からは「構わなくていい」と伝えられているけれど、義理のご家族──お義母様とお義姉様への結婚のご挨拶をしなくていいなんて、正直なところまだ信じがたい。
先代のセルジュ・デュトワ伯爵が馬車の事故で亡くなられ、ベルナール様が当主になってからの慣例で、お義母様とお義姉様とは連絡を取ることはほとんどしていないのだという。
曲がりなりにも現当主の妻としては気がかりなことだが、「結婚したこと自体は手紙で知らせてあるから心配しなくていい。これが我が家の慣例なんだ。会いに行ったほうがかえって鬱陶しく思われるだろう」という言葉には、それ以上踏み込むことをためらわせるものがあった。
ベルナール様が当主になる前から、長いこと別邸で暮らされているというお義母様に、他家へ嫁がれて以来ほぼ連絡を取っていないというお義姉様。
血筋を何よりも重んじる貴族の家として、尋常でない様子だとは思う。
ただ、家族からの愛情に恵まれて生きてきた私には、到底わからない事情もあると思うのだ。
家族と会わないこと、会いたくないと思う気持ちには、相応の理由や経緯があるはずだ。それが貴族だとしても、いや、貴族ならなおのこと、親族との連絡をほぼ絶つということには、重い意味と、それだけの強い意志が滲み出る。
デュトワ家は、アルドワン家もそうだと言えるが、伯爵家としてはかなり裕福なほうだ。公爵・侯爵家の方々の手前、あまり目立ちすぎないようにはしているのだろうけど、恵まれた領地のほか、ベルナール様自身がいくつか事業を手がけていることもあって、かなり潤っていると言える。この辺りは分家筋にポレール貿易という豪商を持つアルドワン家も似たようなものだ。
若くしてデュトワ家当主の座に就き、今日まで領地と家を守ってきたベルナール様が、貴族として、ご親族と連絡を取らないことの意味を軽視しているとは思えない。実際に、あえて遠ざけておくには、かなりの手間もかかるはずである。
貴族の家にとって最も望ましくないことのひとつは、後継者争いが起きることだ。それを避け、家を安泰に保っておくために、日頃から親族間で何かと集まったり、融通を利かせたり、子女が嫁いだ家との繋がりを強めたりする。
そして貴族の中ではそうしたやり方が一般的だからこそ、会食や催事を円滑に執り行うためのノウハウが長い歴史の中で蓄積されているのだし、使用人たちもその前提で教育を受けているのだ。その歴史、蓄積にすんなりと頼れないことのデメリットは大きなものだろう。
ベルナール様は、お父様を早くに亡くされた上、お義姉様──ミュリエル様の婚家であるカルノー男爵家を頼ることもできない。私に結婚を持ちかけてきたのは、ひとつにはアルドワンの分家が営むポレール貿易との繋がりを欲してのことだと仰っていたけれど、確かにこういう事情があるなら、有力なつてを提供する妻はなるべく早く欲しかったのだろう。
二度も婚約破棄された私に突然求婚してきたのは、かなり変わっていると言えるけれど、背景にはこうした事情があったのかと思えば、納得もいく。
セリュリエ侯爵家との婚約が破談になったときにはひどく落ち込んだけれど、きっとあれでよかったのだ。侯爵夫人のジョゼフィーヌ様には散々な言われようだったけれど、貴族社会の女性は、嫁ぎ先の当主夫人に睨まれては穏やかに生きていくことは叶わない。あのままジョゼフィーヌ様が私への不満を胸に秘め、結婚が成立していたとしたら、かえって針のむしろのような暮らしだったことだろう。
今だって初夜を無視されたりベルナール様からは放置されたりしているけれど。それでもここに、私に敵意を向ける人はいない。
目の前のクリスタも、家令のクロードも。そして他の使用人たちも、いつも実直な仕事ぶりだし、丁寧に接してくれる。
十分幸せだわ。
視界の端に映ったレースのカーテンに、心の中でにっこりと笑った。