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苦手な方はご注意ください。

幽遊高校『都市伝説遭遇部』へようこそ

作者: 揚惇命

 【霊単TV】


『本日も始まりましたオカルトティービィのお時間です。キャスターを務めますのは、オカジョで有名な私、丑乃刻舞うしのこくまいです。本日も素敵なゲストの方にお越し頂きました。幽遊ゆうゆう高校、都市伝説遭遇部の3年生、氷柱雪女つららゆきめさんです』


 大きな拍手で出迎えられる。


『よろしゅうおたのもうします。ぎょうさん集まってもろうて、えろうすんまへん』


 氷柱雪女の自己紹介が終わったところでリポーターから質問が飛ぶ。


『氷柱雪女さんに来てもらうのも恒例になってきました。オカルトティービィですが、前回は、確か今、巷を騒がせる連続女児児童首狩り事件の犯人に都市伝説遭遇部の部員が襲われたんでしたよね?』


『そうどす。危機一髪、回避したけど、おつむを打ってしもうて、意識が戻らへん状態どす』


『それは、お辛いところをまた出ていただいて、感謝します』


『いえいえ、構いやしまへん』


『ありがとうございます。聞くところによると本格的に警察から協力依頼を受けたとか?』


『えろう耳早おすなぁ。そうどす。詳しゅうは、今日のお昼に捜査一課の刑事はんが訪ねてくるそうどす』


『ということは、連続女子児童連続首狩り事件の犯人ことサイレントキラーについて、新たな事が聞けたりはしないのでしょうか?』


『そうどすなぁ。ほんにすんまへん。言えることは、ありまへんなぁ。ただ』


『ただ、何でしょうか?』


『一つだけ、言えることがあるとしたら、サイレントキラーは首に執着しとります。接近に気付きはったら、死んだふりは効果的かもしれまへんなぁ』


『な、成程。身を守るための方法は聞いておいて、損はありませんね。小さいお子さんをお持ちの奥様、この対処法を試されては如何でしょうか。本日も30分という時間、お付き合いくださりありがとうございました。尚、深夜の時間に方法のオカルトティービィですが、学生の氷柱雪女さんをこの時間に拘束しておりません。生放送ではなく収録でお送りしました。氷柱雪女さん、ありがとうございました』


『こちらこそ、おおきになぁ』


 深夜放送のオカルトティービィを見ながら高校に向かう準備をしているのは、氷柱雪女と同じく幽遊高校の都市伝説遭遇部に在籍する桐崎惹句きりさきじゃっく

 高校まで片道4時間かかるため、月曜日は深夜放送のオカルトティービィを見て、通勤するのが日課になっていた。


 【幽遊高校 都市伝説遭遇部 部室】


 とある資料が散乱した机、本棚にビッシリと詰まった参考文献、カメラが回る中、今から話す事に緊張する俺。

 この三拍子が揃った部屋。

 ここは俺が通う幽遊高校の一室、都市伝説遭遇部の部室である。


『今宵、皆様をホラーの世界に御案内させていただきますのは、都市伝説遭遇部の部長を務めます桐崎惹句と申します』


 まぁ、こんな感じかなと俺の紹介を済ませる。


『はい、カット!部長、掴みは良い感じっすよ』


 ビデオカメラを片手にこちらに両手で大きく丸を作って、笑顔を見せたのは、都市伝説遭遇部の1年生、数奇魔配流すきまはいる


『そうね。これなら新入生のクラブ説明会で、少しは興味持って貰えるんじゃない?』


 まぁ及第点ねといった表情で、長い髪を掻き分け両手を広げたのは、俺と同じく2年生の渡入華子といれはなこ


 この3人が今日集まっているのは、幽遊高校に属する都市伝説遭遇部という部活動の新入生PRの撮影のためである。

 都市伝説遭遇部というのは、その名の通り、都市伝説を調べ、実際に遭遇しに行くという、オカルト好きにはたまらなく甘美な部活動である。


『よぉ。調子はどうだい新部長?』


 扉をガラガラと開けて入ってきたのは、金髪に眼鏡という、チャラ男か優等生かわからない容姿をしているが都市伝説遭遇部の元部長、もう直ぐ卒業を迎える3年生の首梨羅衣舵くびなしらいだその人である。


『新入生に向けてのクラブ説明会用の動画の進み具合はどうえ?』


 部長の横に立ってる女性は、声色が艶やかで、容姿もこの世のものとは思えないほどきめ細かく、色白で、都市伝説遭遇部の元副部長、同じく3年生の氷柱雪女である。


『首梨先輩、氷柱先輩、お疲れ様です。掴みは良い感じにできたと思います』


 俺の言葉を聞いて、首梨先輩が。


『ちゃんと新入生2人勧誘しないと廃部の危機だからな』


 と笑いながら言う。

 そうなのだ。

 幽遊高校はクラブに属するメンバーが5人に満たない場合、もれなくそのクラブは廃部なのである。


『羅衣舵、惹句をそないに脅すのんは良うないよ。一昨年、うちらも経験したこっとす。常に廃部の危機と隣合わせ、それが都市伝説遭遇部の風物詩なんやさかい』


 そう、毎年、廃部の危機と戦っているのが都市伝説遭遇部なのである。


『おっと。今日はその話じゃなくてな。どうやら当たりを引いたみたいだ』


 首梨先輩の言う『当たり』というのは都市伝説に遭遇したことの隠語である。


『じゃあ、それが』


 俺の言葉に首梨先輩が頷く。


『このメンバーで最後に追う事件になるだろうな』


 事件というのは、実際に都市伝説の被害が出てる場合に使う隠語だ。


『事件という事は、既に新たな被害者が』


 俺の悲しげな声に氷柱先輩が頷く。


『えぇ、ほんまに残念な事になぁ』


 都市伝説なんて存在しないと片付けるのは簡単だが、こうやって実害がある度に、起こる前に何とかできなかったのかと思わずにはいられない。

 俺は、また救えなかったのだと。


『そう落ち込むな。霊なんて曖昧な存在、見える奴の方が少ないんだ。そして、犠牲になるのは、いつも見えない側だ。そういう奴らを救うために発足したんだからよ。それにあの件は、お前だけの責任じゃねぇよ』


 落ち込む俺を励ましてくれる首梨先輩。

 都市伝説遭遇部に所属しているメンバーには1人1人、人にはあまり話したく無い過去。

 古傷が存在している。

 それとは別にここにいる5人だけが抱えている古傷もある。

 元々、都市伝説遭遇部の部員に数寄魔は入ってなかった。

 入っていたのは、数寄魔の幼馴染で恋人だった。


『大丈夫っすよ。愛莉めりなら絶対に目を覚ますっす。俺の大事な人っすから』


 そう数寄魔の恋人で、佐鳥さとり愛莉という羊をあしらった可愛いモコモコの可愛らしい服を着ている女の子である。

 女の子という表現をしたのは、その容姿があまりにも幼く見え、いつも駅員さんに1人だけ『子供料金だね』と言われて、顔をぷくーっと膨らませる可愛い癒し系で、都市伝説遭遇部のアイドル的存在だったからだ。

 そんな彼女を襲ったのが。

 今から1ヶ月前に起きた、連続通り魔事件。

 気付いた時には、首を斬られていることから静かな連続殺人鬼『サイレントキラー』と呼ばれている。

 佐鳥ちゃんは、都市伝説遭遇部一の霊感を持っていて、サイレントキラーの遭遇を察知、間一髪首を斬られる事は回避できたのだが、転んだ際に頭を強く打ち付けてしまい未だに意識が戻らないのだ。

 その状態の佐鳥ちゃんにトドメを刺さなかったことから異常なほどに首に執着していることがわかる。

 恐らく自分の手じゃなくて転んで打ち付けたことで、そのまま消えたのだろうと判断した。

 警察も勿論、犯人を捜索してるのだが、未だに捕えることはできていない。

 それもそのはず、相手は新たな都市伝説とまで言われている静かな連続殺人鬼『サイレントキラー』なのだから。

 そもそも普通の人間が何の痕跡も残さずに殺しを行うことは非常に困難だ。

 そのことからもわかると思うのだが。


『部長、本当に大丈夫っすから。ね』


 俺が何も言葉を発せずにずっと俯いていたからか数寄魔が心配そうにこちらを見ていた。


『すまない。佐鳥ちゃんのためにも必ずサイレントキラーを俺達で捕まえよう』


『はい』


 数寄魔は霊感が無い。

 だがビデオカメラを通してだけ、霊を捉えることができる。

 霊を見るための媒介が必要なタイプの霊感保持者である。


『まだ何を追うか言われてもないのに、わからないと思うんだけど』


 渡入、お前には人の心が無いんか!

 このタイミングで首梨先輩が話を持ってきたんだから『サイレントキラー』関連に決まってるだろ!

 そ、そうですよね首梨先輩?

 俺の訴える目を見て、首梨先輩が肩をすくめる。


『そうだったら良かったんだけどな』


『ほらね。過度な期待は禁物ってことを学ぶのね桐崎』


 首梨先輩の言葉に勝ち誇った笑みを浮かべる渡入。

 成り行きを見守る氷柱先輩。

 落ち込みを隠しきれない俺と数寄魔。

 口を開いたのは氷柱先輩だ。


『はい。もうええわな。華子ちゃん、おんなじ部活動のメンバーがやられたんえ。その反応は不謹慎や。それに、羅衣舵もや。反応を楽しむなんて呆れるえ』


『悪かったって、何か言う前に追う事件が新部長にバレてたからよ。あれっもう俺必要ないんじゃねって、ちょっと意地悪したくなったんだよ』


 首梨先輩、その意地悪の仕方は無いです。

 でも、やっぱりなんだかんだ1番責任を感じてるのも、首梨先輩だったんだな。


『あら、良かったんじゃ無い。桐崎の読みが当たってさ。佐鳥の話で鼻の下伸ばしてさ。超ムカつく』


 間聞き取れなかったけど最後の方は、よーく聞こえたよ。

 コイツ、マジで人の心が無いんか!

 だから、小中と虐められるんだぞ。

 その度に何度、幼馴染だからって助けてやったと。

 ほんと可愛くねぇ。


『あら2人とも見つめ合うてもうて。そのままキスでもしてしまうんとちがう?』


『誰がこんな鉄仮面と!』


『誰がこんな変態と!』


 氷柱先輩の言葉に息ピッタリに否定する俺と渡入。


『俺が変態だとお前のことを何度も助けてやったヒーローだろうが!』


『まだ昔のこと言ってんの?誰も助けてって頼んで無いけど』


 売り言葉に買い言葉。

 この状況に再びチャチャを入れる氷柱先輩。


『はいはい。夫婦漫才はそこまでにしよか』


『誰が夫婦や!』


『こんな奴、こちらから願い下げです!』


 またも息ぴったりに否定するものだから首梨先輩や数寄魔も笑っていた。


『あぁ、可笑しい。もうやめろっての。今からシリアスな話すんのに、笑わせんなって』


 首梨先輩の言葉で、さっきまでの穏やかな空気が一瞬にして、重苦しく変わった。

 そうだ。

 『サイレントキラー』による新たな被害者が出たんだよな。

 ゴクリと生唾を飲み込み、首梨先輩の言葉を待つ。


『理事長が正式に警察から協力依頼を受けたとのことだ。被害者は、小学生の女の子だ』


『顧問の出雲いずも先生が!また、小さな命が狙われたんですね』


 首梨先輩の言葉を聞いて、俺がそう言葉を返す。

 出雲先生というのは、幽遊高校の理事長兼校長先生兼都市伝説遭遇部の顧問も務めている。

 歳は30後半なのだが10代のような若々しい美貌と妖艶さを兼ね備えている女性である。

 今にして思えば、佐鳥ちゃんが狙われたのもその容姿から小学生にしか見えないからだったんだよな。

 そうこの『サイレントキラー』には、一つの共通点がある。

 狙うのは、見た目が小学生の女の子ばかりなのだ。


『氷柱先輩、昨日のテレビ見たっすよ』


 数寄魔の言葉だ。


『ありがと。広報担当として、最後の仕事になるんやろか。来年からは、華子ちゃんにお願いしよか』


『私には無理なんで、佐鳥が目を覚ますことに期待してまーす』


 氷柱先輩の言葉にそう返す渡入。

 俺もお前には無理だと思う!

 可愛げもねぇし、人のことも思いやれねぇし、絶対無理、断言する。


『あら、そうなると来年もOBとして、うちがテレビに出るしかあらへんのかしら?困りましたなぁ』


 氷柱先輩、顔を赤らめてめちゃ嬉しそうなんですけど!


『えーっと確か、雪女は霊単TVに就職だったよな。なら問題ないんじゃねぇか?そのまま、手助けしてやっても。そうなると新部長には、都市伝説の情報を雪女に渡してもらうことになるけどな』


 思い出したように言う首梨先輩。

 そう、氷柱先輩の就職先は幽遊高校の都市伝説遭遇部と懇意にしている霊単TVである。

 このテレビ局は、霊ばかりを取り扱っているオカルトテレビ局なのである。

 それゆえ、都市伝説遭遇部の誰かしらがテレビに出るのが恒例となっていて、氷柱先輩がずっと担ってくれていた。


『まぁ、しゃあないなぁ。うちが名物リポーターとして、協力してあげましょか』


『宜しくお願いします!』


 氷柱先輩の申し出に二つ返事で御礼を言う俺。

 ここで少し話を戻して、数寄魔の言っていた氷柱先輩の出てたテレビってのが都市伝説遭遇部が追っている事件を特集してくれている。

 この音のない連続殺人鬼のことを新たな都市伝説『サイレントキラー』と紹介したのも氷柱先輩なのである。


『話を戻すぞ。亡くなった女子小学生は母親との買い物中に襲われた。母親からの証言では、黒いフード付きマントに身を隠していて顔は伺い知れなかったとのことだ。白昼堂々、母親のいる前で犯行に及んで、娘の亡骸を見て放心状態となっている間に霧のように消えたそうだ』


『佐鳥ちゃんの時は、防犯ベルを鳴らして駆け付けた警察官が追いかけたけど姿を消したんでしたよね?』


 首梨先輩の言葉を聞いて俺が佐鳥ちゃんの時の件も合わせて確認する。


『あぁ。新部長の言う通り。担当した警察官からも同様の証言を得ている』


『人間が霧のように消えるわけないってのよ。全くどうかしてんじゃない』


 俺の確認に首梨先輩が答えた後、渡入が馬鹿にしたように言う。

 ここで一つ補足を入れると都市伝説遭遇部のメンバーには活動ネームがあり、この活動ネームを名乗っている時だけ警察も捜査情報を教えてくれる。

 あくまで、警察の手に負えない事件と判断された案件に限るのだが。

 ゆえにこの活動ネームを悪用した場合は、容赦無くお縄である。

 その活動ネームが都市伝説に近しい名前というのはまた面白いのだが。

 俺の活動ネームは、見ての通りロンドンの悪魔と称された『ジャック・ザ・リッパー』こと『切り裂きジャック』から取られている。

 渡入は、言わずと知れた学校の七不思議、『トイレの花子さん』からだ。

 数寄魔は、少し捻っているが隙間からこちらを伺う斧を持つ殺人鬼、『ベッドの下の男』から。

 氷柱先輩は、伝説上の生物、『雪女』。

 首梨先輩は、首を求めて夜な夜な都市高速を暴走する都市伝説の怪異、『首なしライダー』。

 佐鳥ちゃんは、人の心を読むとされる妖怪『覚』と都市伝説の『メリーさん』を合わせたものとなっている。

 そして、全員霊感はあるものの渡入のように怪異の仕業ではなくあくまで人の仕業だと言い切る者もいる。

 まぁ、コイツはこう見えて相当ビビリで、怪異の存在を認めたくないだけなんだけどな。


『華子ちゃん、良い加減怪異の存在を認めた方が楽になるんとちゃう?』


『ぜーったいに認めません』


 氷柱先輩と渡入のこういったやりとりも恒例となっている。


『愛莉の仇は俺が取るっす』


『1人で気負うんじゃねぇぞ。ここにいる全員が佐鳥の件で、憤りを感じてるんだからな』


 数寄魔の改まっての決意表明に、首梨先輩が忠告する。


『それで、今回の割り振りは、どうするんですか?』


 俺の言葉に首梨先輩が首を捻って、思案するが意を決したように言う。


『新部長は、渡入と数寄魔を連れて、殺害現場を調べてくれないか?俺は雪女と事件関係者にもう一度話を聞いてみるからよ』


『わかりました』


 首梨先輩の言葉に俺はそう言って頷く。

 こうして二手に分かれて捜査をすることになった。


 【幽遊高校 理事長室】


 部室に首梨羅衣舵が来る少し前のこと。

 扉をノックする額から汗をダラダラと流す男性は、緊張していた。


(本部長も無茶を言う。確かに未だに犯人の足取りすら掴めない女児児童連続殺人鬼を世間の言う都市伝説に認定するなんて。相手が怪異となれば見える者の協力がいるとここに協力依頼に来たのだが。ワシはここの理事長が大の苦手なのだ。かつて、少しの間だけ理事長の妹を捜査一課で預かっていたことがあり、腹いせのため、ネチネチと代わりに復讐したこともある)


『し、失礼します』


『どうぞ』


(機嫌は良さそうだな)


 ソファーに腰を掛け、髪は茶髪のお団子ヘアに首から勾玉をぶら下げる女性が扉を開けて入ってきた男性を睨み付けていた。


(前言撤回、すこぶる機嫌が悪そうだ。えぇい。要件だけ言えばいいんだ)


『今、世間を騒がせている都市伝説をご存知でしょうか?』


『へぇ。挨拶も無しに堂々と本題に入るなんて、偉くなったものね。あっ、良いのよ。別に。そもそも、私の妹に全ての責任をなすり付けた癖に堂々と顔を見せる方が驚きですもの』


(コイツ。私の可愛い妹をネチネチと虐めて、辞めさせた癖に良くここに顔を出せたものね)


『そ、その件は、ミスを犯した美和みわ君が悪いのでして、警察の動きとしては間違って』


(案の定、美和君のことで、突いてきよったか)


『黙りなさい!私が何も知らないとでも思ってるの?そのよく動く舌を切り落とすわよ』


(ほんとムカつく。私が何も知らないと思って、丸め込もうとするなんて)


『ヒィッ。それなら、こ、こちらも公務執行妨害で、逮捕しますぞ!』


『私的に公的権力を振りかざすなんて、上が知ったらどうするのかしら?』


(状況が悪くなったら直ぐに公的権力を振りかざすなんて、こんなのが捜査一課の課長だなんて、世も末ね)


『ぐっ』


(このアマ、この辺りに顔が効く巫女様の娘だからと好き放題良いよって)


『まぁ、いいわ。事件の協力依頼なら受けるつもりはないわ。どうせお母様のところに行くのにブルってこっちにきたんでしょ?私もお母様と同じよ。妹に全ての罪をなすり付けた警察組織の御手伝いはしませんので、お引き取りを』


(フンだ。お母様も相当お怒りよ。可愛い娘をネチネチ虐めて、辞めさせて、さっさと帰りなさい。後で塩を撒いておかないと)


『そ、それで本当に良いんですか?この件は、貴校にも関係がある話ですぞ』


(簡単に引き下がれるならこんなところに頼みになんか来ない)


『何を言われても考えは』


(うちの高校にも関係がある話ですって。どうせ苦し紛れでしょ)


『被害に遭ったのが貴校の生徒であってもですか?』


(どうだ。流石に協力せざるを得まい)


『佐鳥愛莉さんのことを言ってるのかしら?』


(まさかコイツ。よりにもよって、サイレントキラーの話を持ってくるなんて)


『そうです。そもそも、貴校の生徒が報道に対してペラペラと新たな都市伝説だとか。変な渾名を付けるから悪いのだ』


(そのせいでオカルトだの。殺された女子児童は救われただの。わけのわからない輩が出てくるのだ)


『懇意にさせていただいている霊単TVのオカルト番組にレギュラーゲストとして、氷柱雪女さんが出ることの何が行けないのかしら?そんなこと、言われる筋合いはありません。でも、そうね。その都市伝説なら引き受けましょう』


(殺人事件を解決できない無能の警察に言われる筋合いはないわ。でも、この件は仕方なく引き受けてあげるわ)


『ホッ』


(これで、本部長に怒られずに済む)


『あら、安心するのは早いのではなくて?生徒の安全はしっかりとそちらでやってくださるのでしょう?まさか、犯人が怪異じゃ無かった場合のことは考えてないとでも言うのかしら?』


(安心しちゃって、ムカつくわね。一つ意地悪しようかしら)


『ぐぬぬ。市民は黙って我々警察に協力すれば良いのだ』


(このアマ、生徒の護衛をしろだと。そんな暇が捜査一課にあるわけないだろうが)


『ふざけないでちょうだい!私には大事な生徒を守る義務があるの。安全の確認もできないのに協力はしない』


(腑が煮え繰り返ってるのがもろわかりね)


『わかりました。わかりましたよ。護衛の方はこちらで手配します』


(足元を見やがって)


『初めからそう言えば良いのよ。張り付く人は毎日変えなさい。協力をさせる子の中に一度見たものを忘れない瞬間記憶能力を持つ女生徒がいるから』


(渡入さんは、瞬間記憶能力の持ち主だからね)


『なるべく同じ服と同じような変装をしないように伝えておく。これが静かなる連続殺人鬼の調査資料だ』


(その上、毎日護衛を変えろだと。ぐぬぬ)


『はいはい。そこに置いといてくれる?後、要件が済んだのならとっとと帰ってくれるかしら?見ての通り暇じゃないのよ』


(要件が済んだのならとっとと帰ってくれないかしら)


『は、はい。失礼します』


(このアマ。こっちも暇じゃ無いのだ)


 と言うやり取りが警察の人間と理事長との間で行われていたことを都市伝説遭遇部のメンバーはまだ知らない。


 【第一殺害現場】


 ここは、歓楽街の裏通り、母1人子1人で生活していた第一の被害者である東雲恵しののめめぐみちゃんの殺害現場へと俺・数寄魔・渡入の3人は、やってきていた。

 スナックで働く母のために軽食のおにぎりを届けに行った帰りに幼い少女は、被害に遭う。

 その現場には、まだ幼い死を悼み、花が多数添えられている。

 そこに佇み何かを調べる初老の男性刑事が居た。


『おい、勝手に入るな。これだから野次馬のガキは困るんだ』


 俺たちにそう言う当然の反応をする刑事に俺は都市伝説遭遇部の活動ネームを伝える。


『あぁ、うちの上層部が人手を理由に協力を依頼してる学校の奴らか。全く、お上の考えることは分からんよ。こんなガキどもに事件の捜査依頼なんざ世も末だな』


『あら、無能な警察が解決できないからこちらに依頼されるんじゃない?こっちも迷惑してんだけど』


 初老の男性の言い方が気に障ったのかうちの問題児筆頭の渡入が腕を組みながら手をトントンして、文句を言う。


『捜査のイロハも知らないガキが。こっちだって、別の事件の合間を縫って、空いた時間を使って、調べてんだ。ガキにとやかく言われる筋合いはねぇよ』


『何ですっ。んぐぐ』


 俺は尚も言い返そうとしている渡入の口を塞ぎ、初老の男性刑事に頭を下げる。


『うちの出来損ないが文句ばかり、申し訳ありません。お忙しいと思いますが宜しければお話をお聞かせ願えませんでしょうか?』


『そっちの馬鹿なガキと違って、お前はきちんとしているな。良いだろう。何が聞きたい?』


 俺は被害に遭った状況と目撃証言などについて、詳しく聞いてみた。


『ここは見ての通りの裏路地だ。夜なら酔っ払いの1人や2人ザラにいるが昼間となると一通りはめっきり少なくなる。目撃証言は0ってことだ。犯人は白昼堂々、犯行に及んでいる。鋭利な刃物で、頸動脈を切り裂いていることからも苦しむ間もなく即死だっただろう。他に聞きたいことはあるか?』


 成程。

 この第一の事件では、『サイレントキラー』は、一通りが少ない時間帯を狙ったってことか。

 目撃者も居ないのならこれ以上、何か話を聞いて得られることは少ないか。

 現場を少し調べても良いか確認を取ると渋々ながらも許可してくれる初老の男性刑事。


『現場を調べたいだ?まぁ、構わんが荒らしてくれるなよ?』


 綺麗に掃除されたのだろう見た感じ血はない。

 死体の位置に白い白線と立ち入り禁止のテープがここで事件があったということを物語っている。

 確かに一通りはない。

 飲屋街ということもあり、やはり夜までは閑散としているのだろう。

 姿を消せるとされる『サイレントキラー』が第一の事件では、一通りを気にして犯行に及んでいる。

 あながち渡入の言ったことは間違いじゃなく、怪異の仕業じゃなくて、人の仕業かもな。

 その場を後にしようとゴミ捨て場のところでキラリと光る何かを見つけ、近付く俺。

 ん?

 これは、何だ?


『部長、何か見つけたんすか?』


 数寄魔が覗き込むように俺が見ているものを見ていた。


『何かが壊れた破片っすね』


『それは本当か!』


 数寄魔の言葉に凄い勢いで、食い付く初老の男性刑事。


『こ、これは。被害女児が身に付けていた御守りの香水瓶の破片だろうな』


 香水瓶が御守り?

 俺の疑問に気付いたであろう初老の男性刑事が理由を話してくれる。


『知っての通り、被害に遭った女児は、母1人子1人だった。寂しかったのだろう母親の匂いのする香水瓶を肌身離さず持ち歩いていたそうだ。事件当日も持っていたという母親の証言を元に探していたのだが見当たらない事から犯人が持ち去ったと考えていたが当てが外れたか』


 ん?

 ちょっと待てよ。

 確かに落として割れたものがここまで飛んだとしてだ。

 殺害当時の現場で見つからなかった事から持ち去ったと考えていたのなら。

 やはり持ち去ったと考えるのが自然では無いだろうか?


『そこのオジサン、馬鹿なんじゃ無いの?現場に見当たらないものの破片が出てきたってことは、オジサンの言う通り、犯人が持ち去ったってことじゃ無い。指紋の一つや二つ、もしかしたら出てくるんじゃないの?』


『大人に対して、馬鹿とは失礼なガキだな。だが、確かにそうだな。失念していた。鑑識を呼ぶとしよう』


 俺の疑問を肯定するかのように渡入が乱暴な物言いで初老の男性刑事に言葉を発し、鑑識が呼ばれることになった。


入間いるまさん、お上がもう良いって言った事件まだ追ってるんすか。お上に逆らうのも程々にしておいた方が良いっすよ』


『良いだろ。空き時間という名のプライベートな時間に調べてるんだ。上に文句を言われる筋合いはないさ。で、どうなんだ?』


『それで呼び出さらる俺の身にもなってくださいよ。残念ながら指紋は、被害女児のものだけっすね。まぁ、犯人が香水瓶を持ち去ったって事が確定しただけじゃないっすか』


『それだけわかっただけでも収穫はあったさ。犯人が世間の言う『サイレントキラー』とかいう怪異の仕業なら身元の特定に繋がるようなものを持ち去る必要はないだろう。お手柄だなガキども。これで、上も殺人事件として取り扱ってくれるだろう。お前たちもお役御免ってことだな』


 初老の男性刑事が鑑識とのやり取りを終えて、俺たちにそう言った。

 事は、そう単純なのだろうか?

 警察上層部も一度手に負えないと判断した事件を殺人事件として再捜査を認めるだろうか?

 それこそ警察の権威の失墜に繋がるだろう。

 確かに指紋が付いた物を持ち去ろうとする心理は怪異には働かない。

 そもそも怪異というのは、痕跡すら残さない不可思議な存在なのだから。

 だから噂が一人歩きする。


『はいみっけ。破片見た時から高級そうな香水瓶だと思ったのよね』


 そういう渡入が見ていたサイトは、ネットのフリーマーケットのサイトである。

 そこには少し欠けた高級ブランドの空の香水瓶が出品されていた。

 こんなの誰が買うんだと思ったが。

 意外にも落札額が2万を超えていた。


『早くしないと第三者に渡っちゃうんじゃない?』


 渡入が不敵な笑みを浮かべて、初老の男性刑事に言うと直ぐに何処かに電話をかけていた。


『そうだ。ネットのフリーマーケットに出品してある香水瓶だ!販売者の住所はわかるか?仕事と関係無いから嫌だだと。良いから調べろ!特定できたんだな!よくやった。焼肉奢ってやるから上には言うな!良いな』


 電話を切ると初老の男性刑事は、タクシーを呼び止めて、消えていった。


『まぁ、十中八九、この件とは全く関係無いと思うけどね。誰かが拾って、金になると思って、売ったってんでしょうね』


 渡入が初老の男性刑事が去った後、呟く。

 というか破片見ただけで、高級ブランドの香水瓶だって特定するとかお前マジか。

 そこに俺は驚いているんだが。

 まぁ、これで事件と全く関係のない第三者の仕業だったとしたら、いよいよ怪異の仕業である事に近くなるんだけど、ビビリのお前、大丈夫か?

 現場をもう一度、見て回ったがこれ以上の収穫は無かったので、第一殺害現場を後にし、次へと向かう。


 【第二殺害現場】


 鬱蒼と木々が生い茂る原野。

 休日に母親とハイキングにやってきていた野山千鶴のやまちずるちゃんは、都会では見られない珍しい蝶々を追いかけて、母親と離れたところを第一の被害者と同様に頸動脈を切り裂かれて絶命しているところを発見された。

 前日に雨が降っていた事から犯人を特定するのは容易だと思われたのだが事件は難航する。

 ぬかるんでいる地面に足跡一つ残っていなかったからだ。

 木の根元には、小さな命の死を悼み、花がたくさん添えられている。


『部長、写真を見る限り、ちょうどこの辺りっすね』


 数寄魔が写真を見ながら俺に言う。

 ここに来る前に、最寄りの警察署に立ち寄り、事件現場の写真を複製してもらった。

 山の中ということもあり、捜査も一通り終わったということで、規制線が解除されていたので、少しでも当時の現場の状況を知るために借りてきたのだった。

 今でこそ日照り続きで乾いた土となっているが当時は雨上がりのぬかるんだ土ということで、歩けば足跡がくっきりと残るとのことだ。

 こんな最悪な状況下でありながら『サイレントキラー』は、音もなく忍び寄り、足跡一つ残さず野山千鶴ちゃんの首を掻き切ったのである。


『どうせピアノ線を使ったんでしょ』


 渡入が怠そうにそう言う。

 確かに硬い紐状のような物で首を切るというのは、推理小説にあながちな殺害方法といえる。

 だが、それだと木と木の間に何かしらの痕跡が残るはずである。

 しかし、写真を見る限り、そういったものは全く存在しない。

 怪異の仕業である事が濃厚だろう。


『渡入先輩、それだと何かしらの痕跡が残るはずっすよ』


 俺の疑問に答えるかのように数寄魔が渡入に言う。


『そんなの回収しちゃえば良いだけじゃない』


 流石に木丸ごと回収は無理だと思う。


『何よ。その目は、超ムカつく』


 俺のジト目を見て渡入が言う。


『いや、流石に木丸ごと回収は無理だろうし、ここ一応、ハイキングに来る人が多いから手入れが行き届いているんだよな』


『嬉しいですなぁ。このハイキング場の手入れをしていることを褒めてくださるとはのぉ』


 俺の言葉に突如、言葉が返ってきた方向に向き返るとそこには作業服にヘルメット、手にはチェーンソーを携えた還暦前だろうと推測されるお爺さんが立っていた。


『失礼ですが貴方はどなたでしょうか?』


『ワシはこのハイキング場の管理をしておる山場林業の責任者じゃ』


 俺の言葉に老人が名乗る。


『そうでしたか。あの、事件のことについてはご存知でしょうか?』


『惨い事件じゃった。まだ幼い少女の命を奪い去るなど到底許されなかろうて』


『よかった。事件についてご存知なんですね。当時の状況を少しお聞きしても構いませんか?』


『お前さん、見たところ学生さんじゃろ?何で、あんな惨たらしい事件のことなんか聞きたがるんじゃ?』


『実は』


 俺がお爺さんの問いに対して説明する。


『成程のぉ。お前さんたち探偵じゃったか。ほぉか。ほぉか。何が聞きたいのじゃ?』


 きちんと説明したんだけど探偵って事になってる。

 まぁ、良いか。

 俺は事件があった時に消失した木が無いか聞いてみる事にした。


『消失した木?そんなものは無かったのぉ。いや、待て。確かに前日はひどい雨じゃったが落雷が落ちた可能性はあるかもしれんのぉ。じゃが見渡してみた限り、木の本数が目で分かるほど減っていたということはないぞ』


『落雷ですか?他に何か悪戯された木とかもありませんでしたか?』


『木にイタズラする奴は、おらんて』


 成程、落雷で消失した木はあるかもしれないと。

 まぁ、これだけ多くの木の数を覚えていられるわけないよな。

 これ以上、有益な情報を得られるとは思えなかったので、お爺さんとの会話をここまでにする。


『そうですか。お話ありがとうございました』


『良か良か。早う犯人、見つけて懲らしめてやってくれのぉ』


 俺たちは頷くと殺害現場一帯をもう一度見て回ったが何かを新たに発見するということは無かったので、次へ向かう事にした時、数寄魔がつぶやいた。


『ん?この匂い、気のせいっすかね』


『どうしたんだ数寄魔?』


『部長、何か変な匂いしないっすか?』


『数寄魔、アンタ馬鹿なんじゃない。森林の良い匂いしかしないっての!』


 俺が答えるよりも早く渡入が数寄魔の言葉に答えた。


『そうっすか。そうっすよね。渡入先輩がそう言うなら俺の気のせいっすね』


『そうよ。無駄な事に時間取ってないで、とっとと犯人を特定する証拠を探すわよ』


 本当に数寄魔の気のせいなのか?

 佐鳥ちゃんから昔聞いたことがある。

 数寄魔の嗅覚は犬をも上回るんだって、香水の匂いも苦手だから付けたことが無いと。

 その数寄魔が第一の事件現場の香水瓶に対しては、反応を示さなかった事が今になって、おかしいのでは無いかと思った。

 あの事件現場で見つけた香水瓶って本当に被害女児の持ち物だったのか?

 あの警察官の言葉が正しいなら被害女児は寂しさを埋めるために母の匂いのする香水瓶を持ち歩いていた。

 ということは、あの香水瓶には少なからず匂いが残っていないとおかしいはずだ。

 まさか警察官と鑑識がグルなんてことは、流石に考えられないか。

 頭の片隅には置いておこう。

 次は、俺たちの仲間の1人、佐鳥ちゃんが襲われた現場である。


 【第三殺害未遂現場】


 佐鳥愛莉、羊をあしらったモコモコの服を着ている幼児体型の都市伝説遭遇部のメンバー。

 彼女が襲われたのは、学校からの帰宅途中にある河川敷だ。

 河川敷を通って帰る方が近道になるからと定番の帰宅ルートだった。


『愛莉、俺絶対に犯人を許さないっす。怪異だろうと取っ捕まえて、ボコボコにしてやるっす』


 数寄魔の袖を引っ張る少女が居るのだがどうやら数寄魔は気付いていない。

 渡入の方を見ても不思議がるようなそぶりはない。

 成程、これは俺にだけ見えているのか。

 ここで、俺こと桐崎惹句が持つ能力について、教えたいと思う。

 俺は、霊や怪異をはっきりとこの目で見る事ができ声も聞く事ができる。

 第一の現場でも第二の現場でも怪異の残り香、俺は残滓ざんしと呼んでいるのだがその形跡はあった。

 だから怪異の介入自体は明確だと判断している。

 俺はこの視える目のことを誰にも明かしていない。


『数寄魔、トイレはあるか?』


『アンタね。朝あれだけ支度が遅いってのに。家でちゃんとしてきなさいよ!』


『渡入には聞いてねぇだろ。そもそもお前が朝早くからトイレに』


『何よ?私のせいだって言いたいの?そもそも、起きないアンタが悪いんじゃないの?自分のことを棚に上げて、私のことを悪く言おうだなんて、烏滸がましいにも程があるわよ!』


 コイツはマジで。

 一言言い返すと二言三言は当たり前に返ってくる。

 だから言い合いしたくねぇんだよな。


『確か部長と渡入先輩って同じ家に住んでるんっすよね?』


『俺の親父と渡入のお袋が再婚して、新婚旅行中に事故に遭ってな。身寄りの無くなった渡入のことを俺の叔母が引き取ったんだよ』


『お陰で、出来損ないの弟ができたけどね』


『弟って、誕生日1ヶ月しか変わらねぇだろ』


『1ヶ月でも私の方が早く産まれたんだから弟じゃない。アンタ、馬鹿なの?』


 マジで、ムカつくわ!

 そう、俺と渡入は同じ古傷を抱えている。

 大事な片親を同じ日に亡くしたという古傷を。


『部長、トイレあったっすよ』


『数寄魔、サンキューな。ちょっともよおしてくるぜ』


 俺はそう言うと女児の手を引いて、その場を後にした。


『で、君は誰なんだ?』


『お兄ちゃん、私のこと視えるの?』


『視えるどころか声もしっかりと聞こえてる』


『ヤッター!ようやく、私のことが視える人に逢えた。私ね。川上美涼かわかみみすずだよ』


 川上美涼だって!?

 その名前は確か。

 サイレントキラーの新たな被害者の名前だ。

 どうして、その子がここに?


『私のことをね。あっちに行っちゃう前に助けてくれた子に御礼が言いたかったんだ。ここに来たら逢えるかなって。そしたらあのお兄ちゃんから助けてくれたお姉ちゃんの気配を感じたんだよ。だから着いていけばお姉ちゃんに逢えるかなって』


 俺の疑問に答えてくれる美涼ちゃん。

 ここで助けてくれたお姉ちゃんってまさか。


『助けてくれたお姉ちゃんって、美涼ちゃんと同じぐらいの背丈?』


『うん。そだよ。でも小学校では一度も見たこと無いからひょっとしてお姉ちゃんなのかなって思ったんだ』


 流石に佐鳥ちゃんのことを幼稚園児とは思わなかったんだな。


『今、病院に入院してるんだ』


『そ、そうなんだ。助けてくれた時に逃げてって大きな声で言われたから走って逃げて、近くのお巡りさんに助けを求めたの。だからその後お姉ちゃんがどうなったか知らなくて』


 その警察官が応援を頼んで、救急車を手配したってことだろう。

 当時の状況が何となく想像できた。


『助けてくれたのに死んじゃって、お姉ちゃん怒ってるかなぁ』


『怒ってないさ。一つ聞いても良いかな?』


『なーに、お兄ちゃん?』


『君を襲った犯人の顔はわかる?』


『ううん。正面から一瞬の出来事だったから。でもね。でもね。黒いフード付きのマントを被ってた!それだけは覚えてるんだよ。エヘヘ。お役に立てるかな?』


 自分を助けてくれた佐鳥ちゃんの心配をする優しくて良い娘だな。

 こんな娘をサイレントキラーは。

 許せないな。

 でも、やっぱり黒いフード付きのマントで顔は窺い知れないのか。

 犯行の手口はわかったってのにな。

 やっぱり正面から頸動脈を切り裂いての即死か。

 佐鳥ちゃんも一歩間違えればあの世だったのは間違いない。


『ありがとう。後はお兄ちゃんに任せて』


『うん。お母さん、1人で寂しがってるからお空に上がる日まで、側に居てあげるんだよ。お兄ちゃん、バイバイ』


 そう言うと少女の川上美涼は消えた。

 まぁ、俺には空を泳ぐように移動してるのが視えるんだけどな。

 パッと消えてパッと現れるって思ってる奴が居たら悪いな。

 霊ってのも人と同じく移動するんだぜ。

 まぁ歩かないから人と同じってわけじゃねぇか。

 だが貴重な話は聞けた。

 みんなのところに戻るとしよう。


 ここで、読者諸君に挑戦状を叩き付けたいと思う。

 内容は、簡単だ。

 氷柱雪女によって、新たな都市伝説『サイレントキラー』と名付けられたこの存在の正体が実は既存の都市伝説の何であるかを特定してもらいたい。

 ヒントは、黒い衣装と連続殺人だ。

 では、続きを再開しよう。


『アンタ、遅すぎなんだけど』


『糞詰まりだったんだから仕方ねぇだろ!』


『汚ったないわね。近付かないでくれる?』


 帰ってきた後、渡入といつものやり取りをして、現場には新たな発見は無かったとのことで、最後の事件現場へと向かうのだった。


【第四殺害現場】


 ここは、俺が先程遭った幽霊となっていた川上美涼の生前の殺害現場で、開発途中の工事現場だ。

 川上美涼の母親は、建築士で、お弁当を忘れた母にお弁当を届けた帰りに被害に遭った。

 2つの事件と同じように頸動脈をザクリと切り裂かれ、即死だ。


『ていうかさ。絶対顔見知りの犯行でしょ?』


 と渡入が言う。

 確かに怪異の存在を否定するなら1番しっくりと来る答えなのは間違いない。


『確かにその線は捨てられないっすね。でも、そうなると愛莉と面識があって、被害に遭って亡くなった3人の女の子とも接点があったって事になるっすよ。そんな奴、居るんすかね?』


 と数寄魔の言葉。

 何故、俺たちが突然こんな話をしているかと言うと。

 ここでも特に証拠となるような物的証拠を見つけることはできなかったからである。

 だから考えつく限りの犯人像を推察しようという流れになった。


『なぁ。氷柱先輩がさ名付けた名前が間違ってたってことはないか?新たな都市伝説の怪異じゃなくて、既存の都市伝説の怪異だったとか』


 と俺の言葉。


『部長、既存の都市伝説だったとして、黒いマントの連続殺人犯なんてって、答え言っちゃってるじゃないっすか!そうっすよ黒マントっすよ!』


 数寄魔の言葉に気付く俺。

 そうだ。

 黒マントだ。

 黒いマントに身を包んだ殺人鬼が次から次へと人を殺していくという都市伝説。

 完全に一致している。

 姿が見えないという事にばっかり囚われていて、俺たちは肝心なことを見逃していた。

 まぁ、特定できたからといって、何だって話なのだが。


『馬鹿馬鹿しい。怪異なんてものは、この世に存在しないっての。良い?身内の犯行の線が薄いならこの犯人は、何かしらの薬品で、姿を消して正面から犯行に及んだの。そう考えるのが自然でしょ』


 いやいや透明人間になれる薬が開発されてたらそれこそトップニュースを飾ってるだろ。

 いや、待てよ。

 ステルス戦闘機が存在してるんだから姿を消すスーツなんかが秘密裏に開発されていて、それを着て犯行に及んだって可能性が無いとも言い切れないのか。

 その場合、研究者が犯人になるけどな。


『まぁ、結論を急ぐ必要はないだろ。首梨先輩と氷柱先輩ももうすぐ部室に戻ってくるだろうし。2人が被害者の母親から聞いた話で、何か分かるかもしれないしな』


 と俺の言葉。


『桐崎にしては、珍しく良いこと言うじゃない。明日は槍でも降ってくるんじゃないかしら』


 と一言多い渡入の言葉。


『そうっすね。焦りは禁物っす』


 と数寄魔の言葉。

 こうして帰ることを決めた俺たちが建設途中の工事現場から出たところで、第一殺害現場でお会いした刑事さんがいた。


『刑事さん、何してるんです?』


『うおっ!?いきなり話しかけんじゃねぇよ。って、何だ何日か前に現場にいたガキどもか。まだ調べてんのか?後は警察の仕事だって言っただろうが。ってカッコ付けて、言いたいところだったんだがな』


 最初にお会いした時より少しやつれている刑事さん。

 確か鑑識の人が入間さんって呼んでたっけ。


『その言い方だとやっぱり私が睨んだ通り、あの香水瓶は、第三者が拾って売ったのね』


『生意気な嬢ちゃんの言う通りだよ。ったく、現場に俺たちが到着する前に拾って、それが高級ブランドの香水だったから、破損した箇所を塗装して、中に色付きの水を入れて、ネットオークションで高く売ろうとしたらしい。まぁ、詐欺の現行犯で逮捕したがな。ハァ。自分と同じ年頃の娘ばっかり殺されるから他人事と思えなくてな。上から怪異事件なんて言われても諦めきれずに捜査してたんだが。こりゃ、いよいよ。俺も認めるしかねぇかもな。人の身技じゃないってな。最後に現場を一通り見て回ったんだが何も見つからねぇしな。流石に俺もこの件からは手を引くさ。この事件を諦めた最後に小さな探偵団に出会えたのも何かの縁だろ。期待してるぜ』


『刑事さん』


『入間だ。入間隼人いるまはやと。捜査一課の刑事で、階級は警部補だ。まぁこの件以外でも何か困ったことがあったら相談しに来な。知らぬ間じゃねぇからよ。できるだけ時間割いて、協力してやるよ。じゃあな』


 そう言って、スタスタと立ち去っていく入間刑事。


『何よ。言いたいことだけ言って。要は投げ出したってことでしょ?これだから警察は頼りになんないのよ』


 渡入の気持ちもわからなくもない。

 警察は事が起こってからしか捜査しない。

 ストーカー事件が良い例なのは、ここで言わなくても分かるだろう。

 だが、警察とて、何もしていないわけではない事は、忘れてはいけない。

 警察の人間と個人的に接点を持てた事は、良い事だろう。

 それにあの人は、被害女児の死を悼み、非番の日や空いてる時間に独自に捜査するぐらい熱意のある人なのだから。

 ん?

 帰ろうとした俺が見たのは。

 あの人は、確か。

 入間さんが第一殺害現場で呼んだ鑑識の1人だよな?

 ここで一体何をしているんだろう?

 入間刑事に呼ばれたとか?

 いや、俺たちと同じく入間刑事も物的証拠を探していたはずだ。

 もし、それが見つかったのなら俺たちにあんな言い方はしない。

 あの鑑識の行動は明らかに不審だ。

 だがここで話しかけるのは何か危険な気がする。

 それこそゲームでいうところの貴方は見てはいけないものを見てしまいましたね的な何かだ。

 ここは、知らないフリをして、部室に戻るとしよう。


【幽遊高校 都市伝説遭遇部 部室】


『おかえりやす~』


 と出迎えてくれた氷柱先輩。


『成程な。そっちの状況は大体わかった。次は、こっちの話をさせてもらうぜ』


 俺たちが戻ると既に部室には首梨先輩と氷柱先輩が帰ってきていたので、氷柱先輩に出迎えてもらった後、直ぐに俺たちが現場で知り得た事を報告した。


『ほな、うちから話させてもらいましょか。初めの被害者の東雲恵ちゃんのおかんから話を聞いてきたんよ』


 氷柱先輩から話を聞いた東雲恵ちゃんのお母さんの話はこうだ。


 いつものようにスナックの準備をしていた時に、被害者の東雲恵ちゃんが自分に軽食を届けにきてくれた。

 お水の仕事をしている自分には勿体無いぐらいの良く出来た娘で、娘が居たから仕事を頑張ってこれた。

 娘を亡くした今は、塞ぎ込んでいて仕事にも手が付かない。

 犯人のことが許せない。

 わかったらこの手で殺してやると怒気を強めていた。

 犯人に心当たりが無いかを聞くと偶に変な客がいて、摘み出す事はあるけどその程度のことで、恨んで娘をと言った後、アイツら全員殺してやると目が血走っていたため落ち着けるのに時間がかかったと。

 娘の交友関係については、娘と学校でのことを話した事はないらしくわからないとのことだ。


 まぁ、働くお母さんのために学校から帰ったら毎日手作りのおにぎりを届ける女の子だ。

 それだけで気立の良さが分かる。


『次は俺が話そう』


 首梨先輩は第二の事件で犠牲となった野山千鶴ちゃんの母親に話を聞きに行ったそうだ。

 野山千鶴ちゃんの母親の職業は弁護士で、父親は居ない。

 いわゆる、シングルマザーというやつだ。

 休日の休みに仕事仕事で構ってあげられない娘を遊びに連れ出して、事件に遭った。

 仕事先から電話がかかってきて、ほんの数分の出来事だったそうだ。

 娘が居なくなっていたので、辺りを探したら、首を斬られて動かなくなった野山千鶴ちゃんを発見したそうだ。

 犯人についての心当たりを聞くと、仕事柄、殺人事件の犯人の弁護を行うこともあり、恨んでいる人間を探したらキリがないとのことだ。

 娘を亡くして以降、塞ぎ込んで、仕事に手が付かないらしい。

 犯人のことは絶対に許さないと言い、わかったら殺してやると言っていたそうだ。

 娘の交友関係については、こちらも仕事仕事であまり構ってあげられずわからないとのことだった。


 都会では見られない珍しい蝶々を追いかけるぐらいだから好奇心が旺盛な女の子だったのだろう。

 2人の犠牲者の話を聞いて、共通点が一つ見つかった。

 それは、片親であること。

 親が近くに居る時に犯行に及んでいること。

 これは見逃せない共通点だ。

 犯人は、まるで母親に子供の死を見せつけるかのように犯行に及んでいると考えて間違いないだろう。

 事実、1件目は第一発見者が通りがかりの人だったが2件目は母親自身が第一発見者になってるのだから。


『ほな。次はまたうちが話そか』


 三件目は、佐鳥愛莉ちゃんの未遂事件だ。

 駆け付けた警察官からの証言によると。

 女の子が駆け込んできて、お姉ちゃんがお姉ちゃんが襲われてるのと言われ、応援を呼んだ後、それよりも先に幸いにも塾帰りの娘を迎えに母親が来ていたので、自分も現場に駆けつけたそうだ。

 その時、佐鳥愛莉ちゃんの首筋に斬られたような跡はなく、倒れた衝撃で頭を打ちつけたと思われる軽い脳震盪だろうと救急車の手配をしたそうだ。

 未だに目が覚めない程の重症と聞き、自分の見立てが甘かったと謝られたそうだ。


『じゃあ、愛莉はその女の子を庇ったんすか?』


『状況から考えたら、そうやと思うわ』


 数寄魔の言葉に答える氷柱先輩。

 まぁ、この辺りのことは当事者と話したから俺にはわかってるだけどな。

 俺の能力については、誰にも話すつもりはない。

 気持ち悪がられるだけだからな。


『で、次が最後の事件だ』


 再び首梨先輩が語る。

 3人目の犠牲者は佐鳥愛莉ちゃんに救われた川上美涼ちゃんだ。

 その母親に話を聞いたそうだ。

 娘からお姉ちゃんに助けてもらったと聞いて、防犯ブザーを持たせていたそうだ。

 お弁当を届けに来てくれた後、その音が聞こえて、直ぐに駆けつけた時には、川上美涼ちゃんの頸動脈は斬られていて、犯人は逃げ去った後だったらしい。

 建築士で現場責任者でもあるからガテン系の気の強いお母さんのようだがすっかり気落ちしてしまっているそうだ。

 犯人についての心当たりを聞くと。

 1人だけ。

 昔、若気の至りでイジメをしていたそうだ。

 というのも本人にその自覚が芽生えたのは、社会人になって働き始めてからであり、当時は3人で根暗な女性を弄っている感覚だったそうだ。

 根暗な徐盛を虐めていた3人の名前は、東雲結衣しののめゆい野山未智のやまみち・そして主犯の川上花絵かわかみはなえ


 そう、ここでもう一つの共通点が見つかった。

 亡くなった被害女児の母親は同級生で、かつて根暗な女性を虐めていた。

 首梨先輩と氷柱先輩の話を聞いて、俺は直ぐに電話を鳴らした。


『おぅ。早速電話してくるとはな。何か聞きたいことでもできたか?』


 先程、電話番号の交換をした入間刑事だ。


『入間刑事が僕たちとお会いになった第一現場で、呼んだ鑑識の人について知りたいんです』


『うちの鑑識の奴について?待て、まさかうちの鑑識の連中を疑ってんのか?待て待て待て、あの香水瓶については、本当に被害女児の指紋しか付いてねぇぞ』


『別件です。こんなこと言いたくなかったんですが入間刑事が電話番号を渡してくださったあの現場に鑑識の人が居たんです』


『何だと!?それは、本当なのか?本当にうちの鑑識だったのか?』


『はい。歩き方に特徴のある人でしたから見間違えではないと思います』


『歩き方に特徴のある鑑識つったら、黒井くろいだな』


『その黒井さんの家族構成について、お聞きしたいんです』


『黒井のことを疑ってんだな?なら聞かせてくれ。それは、この事件が怪異じゃなくて、人の手によるものだってことなのか?』


『いえ、恐らく。そう単純な話じゃないかもしれません。怪異が黒井さんに憑依している。若しくは、怪異と同調しているのかも』


『怪異と人が同調している?確か、出雲の奴からそんな話を聞いたことがあるな。そうだそうだ。確か、首無しの死体が見つかった事件の裏に居た人間が復讐のために怪異と同調したとか。あの時は、何かの与太話かと思ったが。本当にそんなことがあんのかよ。わかった。そういうことなら折り返し連絡する』


 入間刑事とのやり取りを終えて、渡入が勝ち誇ったように言う。


『ほらね。私の言った通りでしょ。怪異なんて存在しないのよ。犯人は、その黒井で決まりね。最後までが怪異の存在を捨てきれない馬鹿が居るみたいだけど』


『うちにも分かるように説明してくれん惹句はん』


 渡入の言葉には腹が立ったが氷柱先輩の言葉は最もだ。

 俺は、簡単に話した。


『確かにその話がホンマやったらその鑑識はんはあやしいなぁ。1回目は物的証拠の確認で呼ばれはったとしても2回目は何で現場におったか説明つかんもんなぁ』


『というか何でそういうことを早く言わないのよ!そしたら捕まえて解決だったでしょ?ホント、馬鹿はどこかに強く頭でも打ちつけないと治らないんじゃないの?』


 渡入はいちいち俺に突っかからないとあかんのか?

 それに引き換え、氷柱先輩は俺が行き当たった答えと全く同じだよ。


『ハハッ。これで来年の都市伝説遭遇部は安泰だな』


『首梨先輩の築き上げたものを壊さないように頑張ります』


 暫く待つと電話が鳴った。

 相手は、入間刑事だ。


『お前さんの読みは当たったみたいだ。黒井の奴が姿を消した。お前さんに聞いて、直ぐに上に報告して、調べたんだがもぬけの殻だ。だが家族構成については、姉が居ることがわかった。今、そっちに向かってるところだ』


『はい。お待ちしています入間刑事』


 ツーツーと電話が切れる。

 間も無く入間刑事が都市伝説遭遇部の部室へとやってきた。


『本当にあったんだな。上層部の奴らから聞くだけなんでな。この目で見るまでは存在自体を疑ってたよ』


『でも、入間刑事は、どうして僕の話を信じでくれたんです?』


『出雲の奴が昔言ってたんだよ。怪異が関わってるなら視えない人間にできることは少ないってな。なら専門のお前らと一緒に行く方がいいだろう?』


 入間刑事と共に出ていく俺に声をかける氷柱先輩と首梨先輩。


『ほなうちらは、留守番させてもらいましょ。ここから先は、桐崎はんを中心に華子はんと数寄魔はんにお願いしましょ』


『そうだな俺と雪女はもう直ぐ卒業するわけだしな。お前が導き出した答えに期待してるぜ新部長』


『はい。お二人に恥じない答えを導き出して見せます』


 俺は力強く答えると渡入と数寄魔と共に入間刑事の車に乗り込んだ。

 車に弱い数寄魔が助手席に座り、俺と渡入が後部座席に座る。


『わ、私は、ぜ、絶対に信じないから。か、怪異なんて。そ、存在しないのよ』


 不安で押し潰されそうな渡入の手を握る。

 何やかんやコイツは俺が守ってやらないとダメなんだよな。


美優みゆ、安心しろ。お前のことは俺が守ってやるから』


 俺は渡入にだけ聞こえるように名前を呼ぶ。


『な、何で。本名で呼ぶのよ馬鹿!それに守ってなんて頼んでないから!弟に守られる姉とかあり得ないから!』


『部長、クラブ活動中は本名で呼んじゃダメっすよ』


 数寄魔が苦言を呈する。


『悪かったよ』


『ハッハッハ。まぁ、確かにお前さんらがこういうことばっかりしてるなら身バレを防ぐために活動ネームってのが与えられてるのも納得だ。安心しろ。俺は絶対に言いふらしたりしねぇからよ』


 入間刑事が笑って言う。

 初めの印象はお互い最悪だったかもしれないが今は同じ事件を追う仲間のような関係性に変わっているのかもしれない。

 車が停まると目の前に鑑識の男が現れた。

 間違いない黒井さんだ。

 こちらを一瞥すると入間刑事に向き直った。


『やっぱり来たんですね入間さん』


『黒井!本当にお前なのか?お前がやったのか?』


『えぇ。俺がやりました。アイツらに殺された姉の復讐のためにアイツらの大事なものを作って壊してやったんですよ』


『作って壊した?』


『なんだ。そこまでは辿りついてないんですか?入間さん、アンタにはホントガッカリだ。で、高校生探偵はどうです?俺が何でここまで手の込んだことをしたかわかります?』


 その可能性は考えなかったわけではない。

 というのも彼の年齢は20代ではなく30代に見えたからだ。

 姉がイジメを苦に自殺したとしたら、少なくとも10年以上は経ってるはずだ。

 でも姉への復讐のために彼女たちと関係を持ち、別れを告げて、子供に依存させて殺すなんてこと普通考え付くだろうか。


『復讐のためにお姉さんを虐めた奴らに大切な存在を作る必要があった。それは自分であってはならない。だからお前は彼女たちと関係を持った』


『へぇ。やるじゃないか。入間さんなんかよりよっぽど刑事に向いてるよお前。じゃあ、次はそうだな。何で、俺が復讐に時間をかけたかなんてどうだ?』


 罪悪感の欠片も感じられない吊り上がった口角は、俺の次の言葉を楽しんでるかのようだ。


『それは簡単だ。お前が怪異と契約したのが7年前なんだろ?』


『やるじゃん。お前、面白いよ。この世に存在する不確かな存在はさ。代償の代わりに力を授けてくれんだよ。人を簡単に殺す力をな。まぁ、半分血の分けた我が子を殺したんだ。全く悲しくないわけじゃないなんてこともねーけどな。姉さんを殺したクソ女どもと計画のためとはいえ関係を結んで、子を拵えたわけだからな。じゃ、次だ。さて、俺は殺害現場を回って何をしていたでしょうか?』


 やっぱり怪異と契約したのが7年前だったか被害女児の年齢を考えるとそうだと断定できる材料だった。

 殺害現場を回って何をしていたのかか。


『お前は、2度彼女たちを殺そうとしていた』


『ピンポンピンポン。大正解だよ。お前、本当に良いよ。マジで刑事に向いてるわ。怪異の力を授かった人間はさ。当然、視えるわけよ。霊って奴がさ。ならやる事は分かるだろ。何度だって殺すのさ。それも俺も同じく視えない状態になって、母親の前でな。助けを求める子供の声が一切聞こえない母親の姿といったら滑稽だったぜ。さて、ネタバラシも済んだことだし、お前らにも死んでもらうとするか』


 やっぱりコイツに取り憑いてる怪異は黒マントで間違いない。

 ここまでの殺人衝動がそれを物語っている。

 だとしたらまずい。

 コイツは、ここに来た入間刑事を見て、やっぱり来たんですねと言った。

 それは来ることがわかっていたってことだ。

 当然、俺たちを殺す準備もできてるってことだ。


『あががががが』


 突然、鞭のようなものに打たれて、痺れて倒れる黒井。


『あら、うちの大事な生徒を殺すなんて、オイタが過ぎるのではなくて?』


『出雲先生!?』


 現れた学校の先生とは思えないような赤色のボンテージの服に身を纏い、妖精のような仮面を付け、手には鞭を持った出雲理事長兼校長兼都市伝説遭遇部の顧問が立っていた。


『出雲だって!?いや、アイツは確か刑事を辞めさせられて、今は探偵をしているはず』


 いや動揺するとこそこじゃないですよ入間刑事。

 この服装の方が動揺するでしょ普通!


『あら、美和が辞めさせられたことを知ってるなんて見所のある刑事ですこと。美和の姉よ。幽遊高校の理事長と校長と都市伝説遭遇部の顧問を兼任してるの。貴方たちが車に乗り込んだ時に嫌な予感がしたから、こうしてこっそり付いてきたのよ』


 いや一本道をどうやったらバレずに着いて来れるんです?

 忍者ですか?

 忍者なんですか?


『だ、大事な生徒を預かっておきながら全く動けず申し訳ない』


 いや、あの殺気に当てられたら動けないよ。

 こんな中、動けた佐鳥ちゃんには頭が上がらない。


『良いのよ。怪異相手に機敏に動ける人間なんて、巫女と神職に就くものぐらいだもの』


 ですよね~。

 首梨先輩と氷柱先輩が解決に関しては出雲先生に頼んでいた理由がわかった。

 俺なら解決できると慢心したらこの体たらくなのだから。


『クソックソがぁぁぁぁぁぁ』


『あらあら、もっと強い電流がお好みかしら?』


『やめろ。やめろ。俺の存在が消えて、消えてゆく』


『えぇ、消すつもりだもの。貴方のような人様に害を為す怪異が許されるとお思いなのかしら?』


『チクショーが。ようやく。ようやく好きにできる身体を手に入れたというのに。グァァァァァァァ』


 こうして、俺たち5人での最後の事件は幕を閉じた。

 この後、捕まった黒井は罪を認め、勾留、起訴、3人もの人を殺したことで死刑判決を受ける。

 黒井が語っていたことで一つだけ違ったことがある。

 それは。


『ふわぁ。よく寝た~。あれっ、どしたの配流?』


『じゃねぇよ愛莉!俺が俺がどんだけ心配したと思ってるんだよ!』


 目覚めた佐鳥ちゃんを強く抱きしめる数寄魔。


『えっ!配流には、暫く眠るってちゃんと言ったもん!』


『はっ?俺、そんなこと一言も聞いてねぇよ』


『病院に運ばれる時に、薄れる意識の中、言ったもん!』


『いや、そんなん聞こえるか!』


 目覚めた佐鳥ちゃんが言うには、黒井って男の異様な執着を見て、亡くなった子たちにも何かしてるのではないかと思い至った佐鳥ちゃんは幽体離脱をして、亡くなった子たちを見守っていたそうだ。

 先の2人も怨霊になる手前だったけど何とか元に戻して、天へと上げられたそうだ。

 そして、この日最後に亡くなった川上美涼ちゃんも無事に天へと昇った。

 佐鳥ちゃんが俺に耳打ちする。


『あっ。桐崎先輩、美涼ちゃんのことありがとね。お兄ちゃんのお陰で、きっとお母さんも立ち直れるって言ってたよ』


『!?そうか。じゃ、俺の能力のこと知っちゃったのか』


『心配しないでください。皆んなには黙っておきます』


『佐鳥ちゃん、ありがと。助かるよ』


 そして、現在。


『新入生の皆さん、初めまして都市伝説遭遇部の部長をしております桐崎惹句と申します。皆様を今宵ホラーの世界へと御案内させていただきましょう。これを見て、興味を持たれました方は、都市伝説遭遇部の門を叩いてください。皆様のお越しを心より楽しみにお待ちしております』


 新入生用の部活動紹介を終える。


※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などと関係はありません。

 ここまでお読みくださりありがとうございます。

 ゴールデンウィークということで、1話完結の青春ホラーミステリーを書いてみました。

 皆様のお気に召しましたら幸いです。

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