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Side:ダンヒル子爵

 義母に毒殺未遂をされ、告発してからというもの、私は社交界で鬱陶しいほど好奇の目を向けられていた。


 (みな)口々に心配の言葉を口にしながらも、その目は好奇に輝いている。


 登城すれば、そこかしこからヒソヒソとした噂話が聞こえてくる。チラチラとこちらを窺う視線に、気分はどんどん荒れていった。


 そうやって、日々苛立ちを抑えながら暮らしていたが、ある日を境に私を見る目線が減っていった。


 その頃から社交界での噂は、我がデュポン伯爵家の毒殺未遂事件から、ホースグランド男爵家の離婚劇にと矛先が変わっていった。


 聞くところによると、ホースグランド男爵家は男爵が後妻の実家に借金を重ねた挙句、離婚に至ったという。その上、継母である後妻に娘が着いていったというから、一体何事があったのかと、皆口々に噂していた。

 

 そんな中、ホースグランド男爵は元妻が義娘であるシャーロットをいじめていたから離婚を申し立てたのだと、声高に言いふらしていた。


 私はその噂に関心を持った。もし自分と同じような身の上の者がいるなら、助けてやりたい。


 だがわざわざ自分をいじめている継母の実家に着いていくだろうか? まして貴族の位を失い平民になるというのに。


 だがホースグランド男爵家は、後妻に多額の借金をしているという。ならば借金を盾に取られれば娘を手放さざるを得ないか。とはいえ、後妻の側にはわざわざ嫌っていじめている義娘を連れていく理由もないはずだ。


 きっと根も葉もない噂だろう。


 そう思っていた。


 しかしある時から、そのホースグランド男爵家のシャーロットという娘が、ドレスのモデルとして話題になるようになった。


 ファゴット商会が新しく開発した、コルセットが必要ないドレスというのは、社交界に大旋風を巻き起こしていたが、それにはシャーロットの貢献が著しい。


 なるほど。義娘をわざわざ実家に連れて帰ったのはこのためであったか。


 私は得心し、そのシャーロットという娘を心配するようになった。


 もしも彼女が無理やり働かされ、苦しんでいるのであれば保護してやろう。


 私は急ぎファゴット商会を訪れ、シャーロット嬢に面会を願った。


 ファゴット商会を訪ねると出てきたホースグランド男爵家の元後妻、ヴィオラ・ファゴットは、警戒心に満ちた目で私を見てきた。


 猜疑と、警戒。


 これだけでは何も判断はできないが、もし後ろ暗いことがあるならこういう目で人を見るのではないかと思われた。


 判断を保留にしつつも、疑いを深めた私は、ヴィオラに話を聞かれているとなれば素直に話せなくなると思い、シャーロット嬢と二人で話せる場を整えさせた。


 現れたシャーロット嬢は、戸惑いをその目に浮かべながらも礼儀正しく挨拶をしてくれた。

 

 「もしかしたら知っているかもしれないが、私はデュポン伯爵家の嫡男でね。継母に毒殺されかかった身なんだ。もし同じように君が苦しんでいるなら、保護したいと思っている」


 「……なんの話でしょうか? 子爵様。私は母とは良好な関係です」


 「だが、義娘をいじめているという話を耳にしたんだ。その上ヴィオラさんは君をモデルとして働かせているというじゃないか」


 「それは私自身も望んでのことです。このファゴット商会の役に立てれば、嬉しいですから」


 その言い様は健気で、余計に私の疑念を深めた。


 「継母を恐れて本当のことを言えないでいるだけなんじゃないのか?」


 「……ですから、そのようなことはないと何度も申し上げております!」


 シャーロット嬢は立ち上がり、叫ぶようにそう言った。しまった、と私が思った時、転がり込むようにしてヴィオラが部屋に突入してきた。


 「ダンヒル様、どうかシャーロットに目をつけるのはやめてくださいまし。私の首でもなんでも差し出しますから、どうかシャーロットだけは!」


 シャーロット嬢を背に庇い、ヴィオラはそう叫ぶ。その目は怒りと不安に潤んで揺らいでいた。

 

 細い体で、女の身で、それでも何があろうとシャーロットだけは守ると闘志を瞳に閃かせているヴィオラを見て、私は自身の間違いを悟ったのだった。


 私が自らの誤解を告げて謝罪すると、ふわりとヴィオラの空気が緩んだ。


 そうして辞去しようとしたその時、ヴィオラは頼みがあると申し出てきた。


 シャーロットを守る力が足りないのだと、どうか、どうか後ろ盾となって欲しいと、床に頭を擦り付けて頼み込んでくる。

 一度は平民から男爵夫人にまで成り上がった女性だ。気位だって高くなるだろうに、そんな様子は微塵も見せず、ただただ必死に娘を守ろうとなりふり構わず床に這いつくばる。


 私は慌ててヴィオラに頭を上げさせた。


 「そういうことであれば、私が後ろ盾になろう。平民だからとあなた方を傷つけるような者を、近づかせはしない」


 よくよく見れば、このヴィオラという女性も美しい人だった。夫と離縁して実家に出戻ったとなれば男たちが放ってはおかないはずだ。まして一度は平民から成り上がり男爵夫人となったほどの人。よからぬ好奇心をそそられる者も出てくるだろう。


 私がこの親子を守ると誓うと、二人は安心したように微笑み、互いを慈しむように見つめ合った。


 その姿をどうしようもなく眩しく、羨ましく思う。


 私には継母とそのような関係を築くことができなかった。異母弟とも可能な限り仲良くし、継母のことも母として敬うようにしていたが、ひたすら嫌われ、疎まれただけだった。


 思わず自嘲してしまう。私には可愛げというものが全くない。これでは疎まれても仕方ないな。


 「そんな! ダンヒル子爵は何も悪くありませんわ! 自分の子に爵位を継がせたいからと、毒殺未遂など決して許されることではありません!」


 けれども、ヴィオラはそんな感傷に対して、大いに反論してくれた。


 切れ長の瞳をくわっ、と見開いて叫ぶ姿は怒った猫のようで、なんだか可愛らしい。


 思わず私は吹き出してしまった。貴族相手ということで、今まで緊張した様子のヴィオラが、遠慮も会釈もなく叫ぶ姿に胸がすくような思いがしたのだ。


 「あなたは本当に真っ直ぐな人なんだな」


 だからこそ、この義娘とも良好な親子関係が築けているのだろう。


 必ずやこの二人を守って見せよう。さて、そのためにはどうしたらいいだろうか。


 貴族とはいえ、私もあくまでまだ伯爵家嫡男の身。当主でもない。力を身につけ、困難を撥ね除けられるよう精進しなければ。


 私は清々しい思いでファゴット商会を後にしたのだった。

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