おまけ:おつかれさまデー
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特典SS1
東の空が白み始めた頃、私はゆっくりと目を覚ました。昨日も遅くまで仕事をしていたせいで、まだ体は重だるい。けれど、日中は今日も予定が詰まっているため、家でできる書類仕事は早朝か深夜にこなすしかないのだ。
まだ執務室の机に山と積まれた書類を思い起こして、私は布団に引きずり戻されそうになる体を叱咤した。
体を起こすと、横にはジェラルド様がスヤスヤと寝息を立てている。毒殺未遂事件以降、あまり熟睡できないと言っていたジェラルド様も、最近はこうやって穏やかな寝顔を見せてくれるようになった。
結婚してから数ヶ月。私は幸福と充実感に満たされた日々を送っていた。
「おはよう、ヴィオラ。今日も早いな」
ジェラルド様の寝顔を眺めていると、その瞼がかすかに震え、ゆっくりと開かれた。
「おはようございます、ジェラルド様。起こしてしまいましたか」
「いや。私ももう起きよう」
ジェラルド様は少し寝癖のついた髪をわしゃわしゃと撫で付けて整えると、勢いをつけて体を起こした。寝巻きのはだけた胸元から厚い胸板が覗いていて、それに少し動揺してしまう。
私は目を逸らすと、ベッドから立ち上がり、自室で身支度を整えることにした。
主寝室の隣、ドアを挟んで向こう側は私の私室だ。反対側がジェラルド様の私室になっている。そこで着替えを済ませると、私は重い瞼を擦りながら机の上に山積みになっている書類に向かった。
新しい下着——胸サポーターの売れ行きも順調だし、服飾雑誌の第二号も発刊しなければならない。それにブティックの2号店の計画もあり、今は忙しさで目がまわるような有様だった。
せっかく結婚したというのに、あまりジェラルド様とゆっくり過ごす時間を取れていなくて、それが申し訳なくはあるが、今はファゴット商会が唯一無二のブランド価値を創出するための勝負時。それも理解して待ってくれているジェラルド様のご厚意がありがたい。
「お母様、おはようございます」
「あら、シャーロット。おはよう。もう起きたのね」
「はい。お母様、服飾雑誌の第二号を作るのであれば、私もお手伝いしますわ」
「ありがとう! シャーロットのアイディアはとても面白いから助かるわ」
シャーロットに企画書の雛形を渡すと、早速隣の机で作業を開始してくれる。雑誌の制作は第一号でもシャーロットがしっかり手伝ってくれているので、慣れたものだ。
「ヴィオラ、シャーロット、そろそろ朝食だ」
しばらく仕事をしていると、私の部屋へジェラルド様が呼びに来た。ジェラルド様は、ダミアンを抱っこしている。
「おかーさま、おねーさま。朝ごはん、いっしょに食べよ」
「そうね、そろそろ中断にしましょう」
食堂に降りると、焼きたてのパンに、ベーコンとスクランブルエッグ、サラダが用意してあった。
「いただきます!」
シャーロットが優雅にパンをちぎり、ダミアンがナイフとフォークでベーコンと格闘している。それをジェラルド様がナイフでベーコンを小さく一口大に切ってやっていた。
「ありがと、お父様!」
一口大に切られたベーコンをダミアンがもきゅもきゅ食べながら、ジェラルド様にお礼を言う。ジェラルド様はぽんぽんとダミアンの頭を撫でて、自身の食事を再開した。
穏やかな朝の風景に、幸せを噛み締める。
「ヴィオラ、最近仕事に根を詰めすぎじゃないか。少し休んだほうがいいのでは」
すると、そこへジェラルド様が不意に私に対して、そんなことを言ってきた。
「ジェラルドお父様! その通りです! 言ってやってくださいませ!」
シャーロットがくわ、と目を見開いて、それに乗っかる。
「そんな、でも今は大事な時期だし」
「いつもそれを言っているじゃありませんか! お母様は少しは休むべきです」
「だって、本当に大事な時期なんだもの」
そんなことをやいのやいの言いながら食事を済ませ、立ち上がったところで異変を感じた。
「あ、あら?」
くるり、と目の前が回転する。
「どうした? ヴィオラ」
「いえ、なんだか立ちくらみが」
「立ちくらみって……って、おい。顔が真っ赤じゃないか」
「なんだか、熱があるみたいです」
「ヴィオラ、やっぱり無理をしすぎなんだ。今日は休みなさい」
「はい……」
心配そうにジェラルド様が私の額に手を当てると、ひょいと私の膝に手を当てて、横抱きにしてしまった。
「ジェ、ジェラルド様!?」
「今日は寝ていなさい、ヴィオラ」
「あ、あの自力で歩けますから!」
慌てて下ろしてもらおうとするが、ジェラルド様は聞く耳持たずで、私を抱き抱えたまま階上へと向かっていく。
「その調子でお母様を寝かしつけてください、ジェラルド様」
「ね、寝かしつけって……」
そんな、小さな子供じゃあるまいし。シャーロットに寝かしつけるようにと言われたジェラルド様は「まかせろ!」と言って私を寝室へと連れて行った。
「まかせろじゃないですって、もう」
「ヴィオラ、君は頑張りすぎなんだ。もう少し周りに頼ることも覚えろ」
「それは……」
以前王妃陛下から釘を刺されたことを思い出す。
「少しは自分を労ってくれ。君は私たちにとって、代わりのない唯一無二の存在なのだから」
そんな風に言いながら、ジェラルド様は私を寝かしつけてくる。トントンと子供のように背中を叩かれていると、少しうとうととしてきた。やっぱり、疲れているというのは本当なのかもしれない。
ふと目が覚めると、橙色の光が窓から差し込んでいる。もう夕方だ。いけない、こんなに眠ってしまっただなんて。
起き上がると、傍で本を読んでいたジェラルド様が私に気がついた。
「起きたか、ヴィオラ」
「ジェラルド様」
私の声はひび割れていて、風邪で寝込んだ後特有のイガイガとした不快感が喉に絡みつく。
「少し待っていろ、すりおろした林檎でも用意しよう」
ジェラルド様は本を置くと、立ち上がって階下に降りようとする。
「あ……」
なんだか、無意識にものすごく寂しげな声が出てしまった。
「ヴィオラ、そんな寂しげにするな。すぐに戻ってくる」
笑いを含んだ声でジェラルド様が言うので、私は恥ずかしくて顔を伏せた。なんだか今日はいつものように虚勢を張れない。いや、いつも虚勢を張っている方が間違いだったのだろうか。
家族なのだし、もう少し甘えてもいいのかも。
そんな風に考えていると、ジェラルド様が階下から戻ってきた。その手には深めの皿が一つと、匙が握られている。すりおろした林檎の清涼な香りが漂ってきて、お腹がくぅ、と鳴ってしまった。
「ヴィオラ、ほら」
「じ、自分で食べられます!」
ジェラルド様が匙にリンゴを掬って食べさせようとしてくるので、慌てて匙を奪って自分で食べる。甘酸っぱい果汁が喉を通り抜けて、それがすごく気持ちがいい。
「美味いか?」
「はい……」
「ヴィオラ。あなたをこうやって甘やかすのは俺の趣味になりそうだ。たまにはこういう時間を持たせてもらおうか」
「な……、趣味って!」
ジェラルド様はくつくつと意地悪い顔で笑う。その様に私は思わず反発するけれど、「ほら、あーん」と匙を差し出されると対抗できない。
その日から、ジェラルド様は時折強引に私を甘やかしてくるようになった。少し無理やり休ませないと体調を崩す人間だと見抜かれているようで、私は少し恥ずかしいけれど、ジェラルド様は程よいタイミングでそういう風にしてくるものだから、従うしかないのだった。
皆様の応援のおかげで、無事書籍発売日を迎えることができました。書き下ろしエピソードあり、挿絵ありで盛りだくさんの内容となっています。
ぜひお手に取っていただければ嬉しいです。




