家族のはじまり
シャーロットに報告すると、まず驚き、その後喜び、そして最後には涙ながらに抱きついてきた。
「おめでとうございますお母様! わたくし、ずっとお母様には幸せになっていただきたいと思っておりましたの! 自分のことのように嬉しいですわ!」
ダミアンは照れた様子でほのかに頬を染めながら、「ししゃく様は、お父様になってくださるの?」と嬉しそうに呟いた。
「僕、ずっとお父様をしてくれるお父様が欲しかったの。遊んでくれたり、お勉強を見てくださったり……」
その言葉はずしんと私の胸に響いた。ダミアンの実父であるあの元夫は、「お父様をしてくれないお父様」だった。そのことをダミアンは気づいていて、傷ついていたのだろう。
ジェラルド様はダミアンを抱き上げ、その頭をそっと撫でる。
「ダミアン、これからは私が父となろう。遊びたければそうねだっていい。勉強も見よう」
私たちは、血縁の上ではバラバラだ。繋がっているのは私とダミアン、そしてシャーロットとダミアンの二組だけ。
けれど、それでも家族としての強い絆を培うことは可能なのだと、確信できている。
それは、離婚してからみんなと共に困難を乗り越えてきた道程が私たちを繋いでいるからだと思う。
それから私たちは、各種手続きと仕事に追われた。
高位貴族と一代男爵の婚姻だ。当然ながら国王の許可もいる。とはいえ、家の跡目争いを避けたいというジェラルド様の意向は十分汲み取られていて、王家もすげなく却下するようなことはないだろうと思われた。
大変なのは、中継ぎとはいえいずれ伯爵家当主になる方に嫁ぐ分、礼儀作法や社交の知識をさらにブラッシュアップしなければならないことだ。
それもジェラルド様がしっかり手配してくださっているので、前回の結婚と比べればまだマシではあるのだけれど。
ジェラルド様は何くれとなく気を遣ってくださっている。嫁いでくることで大変なのはヴィオラだから、と。
そうして準備を進めていき、結婚式当日。
私はこれまでに自分で開発してきたものの集大成と言える装束を身に纏っていた。
純白の繊細なレースで飾られたエンパイア・ドレスに、胸を支えるための鯨の髭が入った新しい下着。
前回の結婚式よりも遥かに着心地がよくて動きやすい装束に、ほっとため息をつく。これから先、この国の女性がこうやって苦しくなく穏やかに過ごせる服で結婚式を迎えられるようになったら、と思う。
「お母様、素敵です」
ドレスアップした私を見て、シャーロットが涙ぐんでいる。
この子にも随分と心配をかけた。
今まで私は、どんなに我が身を犠牲にしてもこの子を幸せにしよう、と思っていた。けれど、それがシャーロットの負担になっていた部分もあるのだと思う。
私の結婚が決まってからというもの、シャーロットは毎日とても幸せそうにしていた。
心優しく人の幸せを祈れるシャーロットのためには、私自身が幸せであることもまた大切なことなのだろう、と気付かされた。
「シャーロットも、とても綺麗よ」
娘として結婚式に参列するシャーロットは、私と似たデザインの柔らかな桃色のドレスに身を包んでいる。
「ふふ、そんな。今日のお母様に敵う人なんて世界中のどこにもいませんよ」
さあ、行きましょうとシャーロットが手を伸ばしてくる。控え室から出ると、そこにはジェラルド様が待っていた。
「ヴィオラ……。ああ、なんて。その、言葉にならないくらい美しいよ」
いつもなんでも卒なく対処されるジェラルド様が、言葉に詰まりながら褒めてくれる。
それだけで私は幸福感で胸がいっぱいになった。
「おかあさまー! おとうさまー! お花をどうぞ」
ダミアンが胸に挿すための造花を「はいっ」と元気いっぱいに渡してくれる。
私の大切な人たちは皆笑顔で、幸せそうで。
新しい家族の始まりを祝福するが如くに、空は高く晴れ渡っていた。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
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これにて完結ですが、いずれランスーン伯爵家のその後や、シャーロットとエルガディットの淡い恋など番外編も書きたいと思っています。その時にはどうぞよろしくお願いいたします。