ランスーン伯爵家からの圧力
服飾雑誌は大評判となっている。
嫌がらせの悪評が書かれたビラなど、もはやなんの意味もなさないほどに。
そんな状況下で、ランスーン伯爵からの面会要請が届いた。
一体、どのような要件なのか。バレインズ工房がこちら側に付き、ビラの嫌がらせも効果に乏しい。
この嫌がらせ騒動を企図したのがランスーン伯爵なのであれば、敵に直接会うようなものだ。
だからと言って、伯爵家当主からの面会要請は私の立場では断ることができない。ダンヒル子爵に立ち会ってもらえないかと考えたが、それもランスーン伯爵に断られてしまった。
せめてもの抵抗に、面会の場所は当家とし、身辺の警護を固めて面会に臨んだ。
「やあ、ヴィオラさん。お会いできて嬉しいですよ」
「ランスーン伯爵様、わざわざご足労いただきありがとうございます」
お互いに笑っていない笑顔でしばし談笑をした後、不意に応接室に沈黙が落ちる。
「それで、本日はどのようなご用向きでしょうか?」
あえてこちらから水を向ける。
私は商会の従業員たちの人生を背負っているのだ。何か無茶な要求をされたとしても一歩も引かないぞ、という気概で向かい合った。
「そうですね。先日の夜会であなたの姿を垣間見て、心惹かれまして。ぜひ我が家へ後妻として嫁いできて欲しいのです」
「ごさ、い……?」
思っても見なかった言葉に絶句する。
ごさい、ゴサイ、5歳……いやそんなわけがないか。
後妻として嫁いでこいだなんて、わざわざファゴット商会に嫌がらせまでしていたくせに、よくもいけしゃあしゃあと言ってのけるものだ。
そういえばランスーン伯爵は、前妻の方に逃げられているのだったか。
愛人との生活に耽溺しているランスーン伯爵を見限って、侯爵令嬢であった前妻様が逃げたとか、かつて社交界で噂になっていた。だから後妻もなかなか見つからないのだろう。
それにしても、どうして私を?
ファゴット商会を手に入れたい、ということかしら。
——そういえば。
以前舞踏会で、ランスーン伯爵家の弱みを握っていることを匂わせたのだった。弱みを握っている相手がいるなら、いっそ身内に取り込んでしまえ、という計略だろうか。
「もちろん、一人でとは申しません。お子様がおられることも承知の上ですから、家族もご一緒に当家へお越しください。お嬢さんも、とても聡明な方と聞いています。ぜひ我が家に来ていただければ心強いですな」
だが、そういったランスーン伯爵の瞳に粘ついた淫猥な光を見出して、私は察した。
シャーロット目当てか!
直接シャーロットを後妻にと願うのは評判が悪すぎるし、シャーロットの身分は平民であるから反対も大きかろう。
私を通じてシャーロットを手に入れて、その上ファゴットの資産まで狙おうという寸法だろうか。
本来であれば、嫌がらせで資本体力の弱った商会につけ込み、嫌がらせをやめて欲しければ嫁いでくるようにと脅す腹づもりだったのかもしれない。
けれど、残念だったわね! バレインズ工房もうちへ寝返っているし、嫌がらせで儲けが減るどころか服飾雑誌の刊行で売り上げは上々よ。
「私も離婚してからさほど経っていませんし、まだ再婚というのは考えられない状態ですの。ランスーン伯爵様のお申し出はありがたいと思いますが、少しお時間をいただけますか?」
業績的には問題ないとはいえ、身分的には即座にお断りできるような相手ではない。まずはなんとか時間を稼がないと。
「ええ、もちろんすぐにとは申しませんよ。よくお考えの末ご返答ください」
ランスーン伯爵はでっぷりとした腹を抱えて、呵呵と笑った。
よくお考えの末、ね。
こちらが逆らえない立場なのを分かった上でのそのセリフは、少し嫌味にも聞こえるけれど。
でも、屈するつもりはない。
ランスーン伯爵を見送り、執務室にて手紙の用意をする。
まずはダンヒル子爵に報告をしないとね。でも後ろ盾のダンヒル子爵は、流石に伯爵家当主相手だと旗色が悪いか。
それなら……。
私は、かつて王妃陛下に献上したティー・ガウンに合わせられるレースとビーズの首飾りを持って来させると、王城へと手紙を書いた。
もうこの際最大の権力である王妃様に泣きつこう。普通だったら通るはずもない相手だけれど、コルセットと不妊にまつわる件でそれなりに心象はいいはず。
ティー・ガウンを献上した際も、あちらの側から謁見の申し出をしてきたのだ。なんとか事情を話して仲裁をしていただけるようにしたい。
こうなってしまっては、使える伝手はなんでも使うつもりだ。シャーロットを守るためだもの。こういう時のために、仕事を頑張ってきたのだから。




