シャーロットの成長
「お義母様、少しよろしいですか?」
夜半まで嫌がらせの対応に追われていると、シャーロットがおずおずと執務室を訪ねてきた。
「あら、どうしたの、シャーロット? こんな時間に」
「お義母様に見ていただきたいものがあって」
そう言って机の上にばさりと広げられた紙には『服飾雑誌の企画書』と書かれていた。
「服飾雑誌?」
「そうなのです。嫌がらせでファゴット・ブランドの評判を下げようという悪評が広まっているでしょう? その悪評を払拭するために、雑誌を創刊したらどうかと考えましたの。わたくしの版画絵なども色々出来上がっていることですし、それらを利用して最新のドレスや宝飾品との合わせ方、着こなしなどを提案していけば、評判になるのではないかと考えましたの」
「素晴らしいアイディアだわ、シャーロット。向こうが悪評の書かれたビラをばら撒くなら、こちらは評判をあげるような雑誌を刊行してしまおうという作戦ね」
その企画書はまだ若いシャーロットが考えたとは思えないくらいによくできた作りだった。やっぱりこの子は天才だわ。才色兼備だなんて、天に愛されているに違いない!
「こんなに遅くまで……ファゴット・ブランドのために色々考えてくれていたのね。ありがとう、シャーロット」
私は感極まって思わずシャーロットを抱きしめてしまった。
「うふふ、いつまでもお義母様に守られるだけの子供でいたくはなかったのです」
シャーロットは、ぎゅっと私を抱きしめ返して、少し目を潤ませながら語った。
「私、ずっとお義母様に引け目を感じていたのです。血の繋がったお母様ではないのに、ずっと守っていただいて、教育に必要なお金なども出していただいて。けれど、相談に乗ってくださったダンヒル子爵が教えてくださったのです。支え合うのが家族だ、って」
それは、「気にすることはない」などという表面的な慰めなどよりよほど心に響いたのだとシャーロットは言う。
「親がまだ未熟な子を支え、そして成長した子は親を支える。そうやって人々は命を繋いできたのだから、まだ若いシャーロットがヴィオラに支えられているのは当たり前のことなのだ。そして、自分が成長したならば、ヴィオラを支えられるように頑張ればいい」とダンヒル子爵は言ったそうだ。
かつて、シャーロットを実の娘のように思っていると言っていた言葉の通り、まるで父のようにシャーロットを導いてくれている。
「だからね、お母様、今度は私にもお母様をたくさん支えさせてくださいね。支え合うのが家族なのだから」
「シャーロット……」
何事にも優れていて、美しい娘。唯一心配な点は、この子の父親が愚かなことだった。
けれどもシャーロットはいつの間にか、自力で父のように自身を導いてくれる相手と関係を構築し、その言葉に従って前へ前へと進んでいる。
「本当に、私にはもったいない娘だわ」
「ふふ、お母様こそ、私にはもったいないお母様です」
「じゃあ、お互い様ね」
そう言って二人で笑い合う。
そうして翌日。
昨日は夜も更けていたので、服飾雑誌のことを詳細に語り合ったりはできなかったが、改めて確認したシャーロットの企画書は素晴らしい出来だった。
すでに出来上がっている広告用版画を多く流用しての雑誌であるため、予算も抑えられており、一方で目新しさを確保するためにサイン本頒布イベントなども企画されている。
「シャーロット、これならきっと大評判になるわ」
「ええ、お母様。それに、エルにもモデルとして出てもらえるように頼んであるのです。警備隊の人たちも紳士服の頁で取り扱えるよう、新しく版画を作らせることは可能でしょうか?」
「もちろんよ、彼らの人気もすごいものね」
美しさに焦点を当てた服飾の頁に加えて、デュボワ医師の『コルセット解放コラム』も掲載することになった。『被服衛生概論』は私も読ませてもらったけれど、あまりに専門用語が多く堅い医学書すぎて、一般に訴求するのは少し難しい仕上がりだったのだ。
軽快な筆致でわかりやすく、コルセットの危険性やそれに伴う健康被害の実例などを紹介してもらうことになった。
そこで問題になるのは、現在存在しているコルセット業者の財政的な逼迫である。彼らが路頭に迷うようなことにはしたくない。
その対策として、ウエストを締め付けるためのコルセットではなく、重たい胸を支えるサポーターとして鯨の髭を使った新しい下着を開発する方針で、デュボワ医師と話し合っている。
デュボワ医師いわく、コルセットの機能のうちウエストを締め付ける機能は有害だが、胸を支える機能は、特に授乳期の母親などにとっても有用だという話だったので、その機能だけを残した下着を開発する方針となったのだ。
だが、ファゴット商会には鯨の髭を加工する技術がない。まずはコルセット業者を買収して、商品開発をするのがいいだろうか。それにしても、私はコルセット業者から敵視されているだろうから、商談に行くのも少し憂鬱だけれど……。