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嫌がらせ発生

 ブティックに対して、嫌がらせが起きている。

 直接の嫌がらせであれば警備員が対処できるのだが、そういう類のものではない。


 悪評の書かれた紙が、ブティックの近くでばら撒かれているのだ。それに、元々ランスーン伯爵家から悪評をばら撒かれていたシュナイデン工房への嫌がらせの再燃なども起きている。


 私が男爵位を得たことによる、嫉妬によるものか。あるいは商売敵による工作か。


 まずは調査しないことには、対処することもできない。


 「ヴィオラ様。ここは私にお任せいただけますか?」

 

 かつて「あまりお行儀のよくない」エアレス商会にいたバイロンさんは、多少裏の情報網にも通じているという。


 「わかりました。バイロンさん。嫌がらせの実態解明と、真犯人の調査をお願いします」


 今のところは、悪評をばら撒かれる程度のことしか起きていないが、関係者への物理的な攻撃が発生する恐れもある。

 ファゴット商会に勤めている人たちは、幼子を抱えている女性も多いのだ。深刻な事態に陥らないように警戒を強める必要があった。


 「そういうわけで、みなさん。夜道は出歩かないようにして、なるべく買い物に行くなど外出する際には集団で連れ立ってください。寮には警備員を配置しているので、出かける時にはそちらへの声掛けを」


 「わかりました。ヴィオラ様、そこまで気にかけていただいてありがとうございます」


 お針子のサマンサが感激したように言う。


 「雇い主として当然の務めよ。それに、嫌がらせのタイミング的にはもしかしたら私が叙爵されたことでの嫉妬なども影響しているかもしれないの。巻き込んでしまってごめんなさいね」


 厄介ごとは悪評以外にも発生した。


 「生地の納品不足?」


 納品される予定だったドレス素材の生地が到着しておらず、納品も延期されたまま到着予定が未定となっているのである。


 「買い占めが起こっているようです。ファゴットには生地を卸すなという圧力もかかっているらしく」


 「それは……」


 平民の商会による嫌がらせではない、ということだ。布地の卸売業者に対して、一代とはいえ男爵位を授かっている私に対して明確に敵対するよう圧力をかけられるということは、より上位の貴族が背後にいる。


 ちょっとこれは、私だけで対応するには厳しいかもしれない。


 その上、教会からもエンパイア・ドレスに対する反発が広まっていた。曰く、不道徳でだらしがないドレスだというのである。保守的な層からすると受け入れ難いものなのだろうが、それにしても反発が出てくるのが急すぎる。元々懐疑的な声はあったが、これほど強烈な批判が急に巻き起こっているのは、やはり誰かが裏で手引きしているからではないだろうか。


 そうして対処に追われていたところ、ある人物から突然の訪問を受けた。しかし、それがまさに救世主だったのである。


 「デュボワ医師、ですか?」


 面会を要請してきたのは、ギュスターヴ・デュボワと名乗る人物である。


 「お会いいただきありがとうございます。ヴィオラ・ファゴット男爵。私、ギュスターヴ・デュボワ。『被服衛生概論』の著者でございます」


 そう自己紹介した老齢の男性は、持参した『被服衛生概論』のページを開き、私にとある行を指し示してきた。


 「これは……」


 『コルセットにおける健康被害』と書かれたその章に、死亡事例:14件と書かれている。コルセットは苦しい苦しいと思っていたが、まさか死亡事例まで発生していただなんて。


 「現在ファゴット・ブランドに対する悪評が広まっていることは聞き及んでおります。実は私はコルセットの健康被害に対して注意喚起をしており、このような本も出版するに至ったのですが、似たような嫌がらせを受けていまして。おそらくですが、コルセット業者、及びその素材の卸売に関わる者たちが我々に嫌がらせを行っているのではないかと」


 「そういうこと、ですか」


 デュボワ医師の説明に、私は深く納得する。確かに貴族院に行った時も、コルセット業界の反発を心配して上も規制になかなか動けないという話をされた。もしかしたら、その業界に投資している高位貴族がいるのかもしれない。そうでなければ、国がガツンと規制して話が終わっていたはずだ。


 男爵位を持ち、背後にダンヒル子爵の庇護を受けているファゴット商会に堂々と嫌がらせをしているのは、尚更背後関係に高位貴族がいる可能性を示唆している。


 でも……。


 「もしコルセット業者が関係しているとすると、反撃して終わり、という形にはしたくありませんね」


 共に犯人を突き止めて訴訟しないか、と誘ってくるデュボワ医師に対して、私はそのように返答した。

 裏には貴族がいるとしても、働いているのはただ一生懸命に日銭を稼いでいる平民が大半だろう。

 突然被服業界の流行が変わり、需要がなくなって仕事が減ってしまえば、生活だって苦しくなっているに違いない。

 彼らを徒に罰するだけ、というのは、私には抵抗があった。

 特にコルセットの製造には鯨の髭などが用いられ、特殊な加工技術なども必要となる。それらの素材や技術を別の方面で活用することができれば、彼らの雇用を守ることもできないだろうか


 「デュボワ医師、例えばコルセット製造における鯨の髭や加工技術を活かして、健康に害のない下着を作ることなどはできないでしょうか」


 「健康に害のない、コルセット製造技術を活かした下着……ですか」


 デュボワ医師は眉根を寄せたまま、しばらく考え込んだ。


 「ふむ、あなたのいうとおり、罪のない製造業者の雇用を守ることにも確かに意味はありましょう。少し考えてみますので、お時間をください」


 「わかりました。私の方でも対策は練ってみますね」


 そのように話し合って、デュボワ医師との会合は終了した。

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