紅茶の染みたドレス
悪い予感が当たってしまった。
シャーロットは泣きながら帰ってきた。親友のアイリスと何かあったのかと危惧したが、幸いにもそういうわけではないらしい。
以前からシャーロットを目の敵にしていた伯爵令嬢イザベラが、無理にお茶会に参加してきたのだという。
「ごめんなさいお母様! せっかく私のために作ってくださったドレスを台無しにしてしまいました……!」
「いいのよそんなこと。気にする必要はないわ。でも、せっかくシャーロットが気に入っていたドレスがシミになってしまったわね」
「綺麗になるでしょうか?」
うるうると潤んだ瞳でシャーロットが見上げてくる。せっかくこれほど気に入ってくれていたドレスなんだもの、元通りにしてあげたいところだけれど、これほど濃くシミができてしまっていたら流石に難しかった。
「そうね、色を落とすのは難しいけれど、その代わりに紅茶染めにしてみましょうか」
「紅茶……染め?」
紅茶染めというのは、文字通り紅茶で布を染色する方法だ。我が商会では輸送の過程で一定数湿気てしまうなどでダメになる紅茶があるので、それを紅茶染めに活用していた。
家着に着替えたシャーロットを厨房へ呼んで、一緒に紅茶染めをすることにする。
一旦ドレスから真珠などの飾りは外してしまう。
そしてまずはただの水に漬け込み、紅茶液が染み込みやすいようにした。
水がドレスの全体へ濃く行き渡ったら、濃く煮出した紅茶へ漬け込む。
「こうやって紅茶に漬け込んで、紅茶のシミを目立たなくしてしまうのよ」
全体が程よく染まったら、一度水洗いして染まり具合を確認する。うん、いい感じ!
程よく染まったら、色落ちしないように塩で色留めをして完成だ。
「ほら、これで紅茶のシミは全然目立たなくなったでしょう?」
柔らかなベージュ色に染まったドレスは、真っ白のモスリンより落ち着いた雰囲気で、これはこれでシャーロットに似合いそうである。ぐっと大人びた感じになるだろう。
それに白い真珠やクリスタルのビーズなども付け直したら胸元の華やかな装飾もより一層際立ちそう。
「お義母様! ありがとう!」
シャーロットがぎゅっと抱きついてきた。お茶会から帰ってくるまでは泣かないで我慢していたそうだけれど、帰ってくるなりポロポロと泣いていたシャーロットが元気になってとても嬉しい。
でも、伯爵令嬢に目をつけられてしまっているとなると、この先が思いやられる。なんとかしてシャーロットを守れるぐらいの力をつけなければ!
「おかーさま、なにしてるの?」
ダミアンがとてとてと歩いて厨房に顔を覗かせた。
「まあ、ダミアン。厨房は危ないから入ってきてはダメよ。いつも言っているでしょう?」
義弟のことをよく面倒見ているシャーロットが、優しく言い聞かせる。
「ごめんなさい。でも、なにやってるのですか?」
ダミアンは好奇心旺盛で、特になんでも気になるお年頃だ。
「新しいドレスを紅茶で染めているのよ。ほらこれ。あとはもう乾かすだけなのよ」
「僕も欲しい!」
「まあ、ダミアンも?」
確かにモスリンの軽やかな服はダミアンにもちょうど良いかもしれない。よく考えたらこんな幼子でも大人と同じデザインの服を着せているのはおかしいような気がする。
この国では赤子を卒業して自力で歩けるようになったら大人と同じデザインの服を着せるようになるが、他国の中には子供専用のデザインの服を作っているところもあるという。
それに倣って、子供服というものを普及してみるのはどうだろうか。モスリンの柔らかなブラウスに、麻でできた軽いズボンなどはちょうどいいかもしれない。今ダミアンが履いているのは革のズボンだ。革だと頑丈な代わりに動きにくく、やんちゃなダミアンは走り回っては時々転んでいる。
それだったら、もっと動きやすくて歩きやすい服があってもいいのではないだろうか。
そうと決まれば早速お針子さん達に話さなければ。
「おかあさま?」
「ダミアン、いいアイディアね。あなたにも紅茶染めのお洋服を作ってあげるわ。楽しみに待っていてね」
私はダミアンを抱き上げて、そう言って聞かせた。