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夜会

 「ヴィオラさん、この度は叙爵おめでとうございます。まさかこれほどの功績を挙げている方だったとは」


 踊り終えて冷たい果実水を飲みながら休憩していると、第一海軍船長であるレオロンさんが話しかけてきた。

 元々侯爵家の三男坊らしく、王城の夜会にも参加してきているのだ。


 「ありがとうございます。レオロンさん。海軍の冬制服はいかがですか?」


 「暖かくて動きやすくて最高だよ! それにデザインもかっこいいって女の子たちからも大評判! 本当にあなたはいい仕事をする」


 レオロンさんは嬉しそうにウィンクすると、不意に私の手を取った。


 「お礼に一曲踊らせてくれませんか? 楽しく踊れるように全力でエスコートしますよ、レディ」


 キザな仕草で誘われて、断るのも気まずいので広間へと再び躍り出る。

 傍らのダンヒル子爵へ、「それでは少し踊ってきますね」と会釈をすると、少し切なそうな顔で見送られた。


 ——なんだか、そんな眼差しを向けられると少し勘違いしそうになってしまう。


 頭を振って気持ちを切り替え、まずは相手の足を踏んづけないように気をつけて踊ろうと、レオロンさんの肩に手をかけた。


 「ヴィオラさんは、ジェラルド卿とは親しいのかい?」


 ジェラルド卿——ダンヒル子爵のことだ。


 「ええ。ファゴット・ブランド立ち上げの頃からずっと良くしていただいておりますの」


 「ふぅん。……せっかくいい制服を作ってもらったし、お礼に一肌脱ごうかな」


 ポツリとレオロンさんはよくわからない事を呟くと、ぐっと私の腰を引き寄せた。


 「きゃ」


 「ふふ、僕がエスコートするからもっと身を任せて」


 くるくるとターンし始めるレオロンさんに置いていかれないように、あえて身を委ねる。

 視界の端にレオロンさんを見つめるご令嬢方の鋭い目線が映った。レオロンさんは華やかな美男子だから、狙っているご令嬢も多いのだろう。


 なぜ急にガンガン踊り始めたのかわからないけれど、もしかしたらいつも海上の軍人生活で華やかな夜会の場に飢えていらっしゃるのかもしれない。

 

 レオロンさんには、海軍の制服の製作という大規模な仕事を振ってもらって、そのおかげで随分と売り上げも上がったから、お礼になればと一生懸命踊った。

 

 「ありがとう。楽しかったよ、ヴィオラさん」


 「いえ、こちらこそ」


 レオロンさんに、元いたテーブルのそばへとエスコートされる。

 そこではダンヒル子爵が、難しい顔でお酒を呷りながら待っていた。


 「疲れていないか、ヴィオラ。果実水でも飲むといい」


 「ありがとうございますダンヒル子爵」

 

 「じゃあねヴィオラさん。また機会があったら一緒に踊ってね」


 レオロンさんはそう言ってウィンクすると去っていった。


 「帰るか」


 手元のお酒を飲み干したダンヒル子爵が、突然そう言った。


 「えっ?」


 「陛下へのご挨拶は終わったし、ヴィオラも叙爵式で疲れているだろう? シャーロットも帰りを待っているはずだ。夜会はもうそろそろ辞してもかまわないと思うが」


 ダンヒル子爵はいつもより少し早口だった。お酒に酔っているか、疲れているのか。

 ここまで付き添ってくれたダンヒル子爵が疲れているなら、確かにもう帰ったほうがいいかもしれない。

 私自身、そんなに夜会の場は得意ではないのだ。

 もう一曲くらい、子爵と踊りたかったような気もするけれど……。


 「そうですね。確かに叙爵式で少し気疲れしてしまいました。子爵様、一緒に帰りましょう」

 

 出入り口の担当者に辞去する旨を伝え、夜会を後にする。


 ダンヒル子爵家の馬車に乗り込むと、ふぅっと子爵はため息をついた。


 「お疲れですか?」


 「いや……。ヴィオラこそ大丈夫か? 叙爵式では随分緊張していただろう」


 「乗り越えるまでは大変でしたけれど、終わった今となっては解放された気分ですわ。それに、貴族位を得ればその分だけ手が届く範囲も増えますもの」


 ノエルを雇うために孤児院へ赴いた際に、色々と思うところはあった。

 衣服などの衛生状態や食生活は良好だというけれど、部屋の中は寒々しかった。やはり暖房用の燃料は足りていないらしい。社会は石炭の時代を迎えつつあるが、孤児院ではただ乾かしただけの薪を使用していた。

 毛布を膝にかけて勉強していたけれど、それも薄くくたびれていた。防寒用品の類は、燃料も寝具も高価なものだ。

 できることなら力になってやりたいと思う。


 私は、自分を万能の救世主のようには思っていない。できることには限りがあるし、誰でも彼でも救えるわけでもない。

 

 けれど——。


 初めてシャーロットに出会った時のことを思い出す。ころころと太っていて、肌も髪も荒れていて、怯えた様子で私の顔色を窺っていた。今となっては信じられないくらい、卑屈な笑みを浮かべて。

 それが今では、あのように花開き、美しく咲き誇っているのだ。


 人は必要な手を差し伸べれば、驚くほど素晴らしく成長することがあると、私はシャーロットに教えてもらった。


 シャーロットに懐いているあの孤児院の子供達にも、同じように手を差し伸べられるなら差し伸べたい。


 「ヴィオラ、あなたは本当に、そんじょそこらの貴族などよりよほど貴族らしいな。ノブレスト・レディと呼ばれているのも納得だ」


 「まあ、からかわないでください子爵様」


 「からかっているわけじゃないさ。あなたは本当に高潔だ。……自分の嫉妬深さと狭量さが嫌になる」


 「子爵様?」


 ポツリと何事かつぶやいた後、子爵はずっと馬車の小窓から外を眺めていた。

 その横顔と深遠な眼差しにはやけに色気があって、私は思わずドギマギしてしまったのだった。

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