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叙爵式

 ついに叙爵の時が来てしまった。


 朝から王都の広場では、告知人が掲示板に書かれた叙勲者や叙爵者の名前を大きな声で読み上げている。

 国も識字率の向上に力を入れているとはいえ、まだまだ字が読めない平民も多いから、国からの布告を掲示する板の前にはそれを読み上げる専属の告知人がいるのだ。


 「叙爵者、ヴィオラ・ファゴット!」と読み上げる声が馬車の外から聞こえてきて、胃がキリキリと痛む。


 「そう緊張するな。王妃陛下に突然の呼び出しを受けるのに比べたら、準備ができているだけマシだろう?」


 「そりゃあ、以前呼び出された時はびっくりしましたけれど。今回は準備がある分、準備期間ずーっと緊張していたんですよ」


 「あなたは度胸がある割に、外と小心なところもあるんだな」


 「商売では思い切りがいい方だとは思いますけど、貴族社会となるとまた違う緊張感があるんですよ」


 生まれた時から高位貴族として貴族社会に馴染んでいるダンヒル子爵とは違うのだ。私は元々平民だし、いくらかつて男爵夫人だったとはいえ、国王陛下直々に叙爵されるだなんてもう緊張して胃がひっくり返りそう!


 永遠に始まってほしくないような、いますぐ終わらせてしまいたいような。そんな複雑な気持ちでいるうちに、馬車は王城へと到着した。


 ドレスよし、髪型よし、宝飾品よし。馬車から降りる前に、手鏡で最終確認をする。


 エスコートしてくれるダンヒル子爵の手を取り、馬車から降りた。王城は相変わらずの威容を誇っていて、ただでさえ高まっていた緊張感がさらに増す。


 「さあ、行こうヴィオラ」


 「はい」


 なるべく優雅に見えるように気を遣いながら歩き、名前を呼ばれたところで(ほまれ)の間へと入室する。

 今回叙勲する人や叙爵する人が全員入室し終わった後、全員でこうべを垂れて国王陛下の入室を出迎えた。


 「楽にせよ」


 跪いていた人々が、一斉に立ち上がる姿はいっそ壮観ですらあった。私もダンヒル子爵の腕に掴まって、立ち上がる。


 まず最初は叙勲の式だ。昨年功績を挙げた人々が、次々に王の前に呼ばれ、勲章を授与されていく。

 それが終わると、場が静まり返り、次は叙爵式である。。騎士爵位を授与される者達が次々に呼ばれ、やがて男爵位の叙爵へと移った。

 

 「ヴィオラ・ファゴット」


 「はい」


 しずしずと歩み、王の前で跪く。


 「汝、ヴィオラ・ファゴット。知恵と勇気を持って王妃の御身に安らぎをもたらし、この王国に新たな希望の火を灯す者よ。王国に忠誠を誓うか」


 「我が身命を賭して、終生王国に尽くすことを誓います」


 「汝の功を讃え、ここに一代限りの男爵位を授けん」


 王笏が肩にふれ、宣誓の儀式は終わった。


 緊張が解けて一瞬くらりとするが、後ろに下がるまでが儀式だ。王の前でみっともない姿は見せられない。気を引き締め、背筋を正して自分の立ち位置に戻った。


 その後は陞爵の儀が行われ、つつがなく全てが終わると、誉の間から夜会の広間へと移ることになった。


 「ヴィオラ、立派だったぞ。この晴れ姿、シャーロットにも見せてやりたかったな」


 「そうですね。私はもう、何か粗相をしないかと気が気じゃありませんでしたけれど」


 「これで終わりじゃないぞ。一代とはいえこれからは貴族の一員だからな。まだこういう機会はありそうだが」


 「考えたくないです」


 私が情けない声を出すと、ダンヒル子爵は面白そうにくつくつと笑った。

 

 でも、確かに子爵の言うとおりだ。貴族の末席に加わった以上、それなりに礼儀作法が求められる場面も増えてくるだろう。


 「ヴィオラさん、いえ、女男爵(バロネス)・ファゴットと呼ぶべきかな。この度は叙爵おめでとうございます」


 「まあ、フルールノード子爵様、ありがとうございます。いつも娘がお世話になっております」


 シャーロットの親友、アイリスのお父さんだ。


 「いやいや、こちらこそアイリスと仲良くしてもらってありがたく思っていますよ。頻繁に遊びにも誘ってしまっているようで心苦しいのですが」


 「いつも娘は楽しかったと言っているので、むしろありがたいです」


 観劇に買い物にと、いつも楽しそうにしている。離婚して平民になった後も分け隔てなく仲良くしてくれる友達がいて、私も親としてありがたいと思っていたのだ。

 特にフルールノード子爵家は穏やかで公平な人柄で知られているし、これから貴族社会の仲間入りした私もぜひ親しくしていきたい相手である。


 少しばかり談笑していたら、夜会の広間に音楽が響き渡った。


 ダンスの時間だ。


 ゆったりとした響きの楽曲が流れる中、徐々に男女がペアとなり、広間の中央へ出て踊り始める。


 「ヴィオラ、バロネス・ファゴットとなってのファーストダンスは、私にくれないか?」


 いつもよりも少しばかり甘さを含んだ眼差しで誘われ、動揺する。


 「は、はい。喜んで」


 差し出された手を取ると、その指先がカッと熱くなったような気がした。


 優しい腕で、そっと引き寄せられる。それに身を委ねて踊ると、シャンデリアの光がきらきらと降り注いできた。ホースグランド男爵夫人だった頃とは違う、夢のような時間。


 けれど、視界の端に映る令嬢方の目線に、現実へと引き戻される。ダンヒル子爵を熱い眼差しで見ている令嬢は一人や二人ではなかった。まだ独身の、伯爵家嫡男なのだ。

 何かご事情があるのか独り身を貫いていらっしゃるけれど、この先もずっとそうだとは限らない。

 

 夢はいつか覚める。高位貴族の子爵様と、一代男爵の私とでは釣り合いが取れないもの。

 

 ふと、「ダンヒル子爵のような方がお父様だったらよかったのに」とぼやいていたシャーロットの姿が瞼の裏に浮かんだ。

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