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芽生えた気持ち

 叙爵の時が近づいてきて、貴族としての紋章を事前に制作することになった。


 今日は紋章院に伺って、打ち合わせの予定だ。


 国王陛下より既に主だったモチーフの指示があるらしく、それに沿って作っていくことになる。


 「形は盾形で、国王陛下よりモチーフはカスミソウ、別名赤ん坊の吐息(ベイビーズ・ブレス)を入れるようにとのご指示です。そのほかの副モチーフなどはお任せするとのことで、何か希望はございますか?」


 なるほど、カスミソウか。主たる功績が不妊の原因であるコルセット解放の立役者としてだから、赤子の祝福を意味する花をメインモチーフに持ってくるという話なのね。


 「それでしたら、副モチーフはハサミとか針糸などはどうでしょうか。やはり私がファゴット商会で担当しているのは主に服飾部門ですので、その辺りのモチーフを使いたいのですが」


 「ふむ、それでは……」


 紋章官の方は、その場でささっとスケッチを開始した。しばらく待っている間に、みるみると美しい紋章が描きあげられていく。


 「このような形はいかがでしょうか?」


 「素晴らしいです。ぜひ、この紋章でお願いしたいですわ」


 盾形の背景に、盾の上部はカスミソウの花束、下部は交差するハサミと、赤い糸の通った針。全体は白と水色の色彩で、柔らかく繊細な印象となっている。盾形の縁取りはレースのような透かしのある花模様になっていて、服飾関係である印象を強めていた。


 「それでは、こちらの意匠を清書して紋章院に登録させていただきます。一代限りの使用となりますのでその点はご留意ください」


 そうして、叙爵されるにあたり私の紋章は決定した。


 叙爵式までの間に、紋章を刺繍した装束も作っておかないと。もうさほど期間もないので、用意してあったエンパイアドレスに刺繍を足していく形で準備を進める。

 

 ドレスには広い範囲で白いカスミソウの刺繍を入れた。叙爵式で羽織る予定のマントには、背中に正式な紋章の形で刺繍を入れる。

 それから、色合いも合わせるべく、ドレスの胸下で結ぶリボンは水色にした。


 あとはもう、当日の流れを頭に叩き込んで、恥をかかないようにするだけだ。

 それに叙爵式の後は年初の夜会が開かれるので、そこではダンスもある。しばらく仕事に没頭していてダンスを忘れてしまっている部分もあるから、復習しておかないと。

 元々私は平民出身。ホースグランド男爵家に嫁いだ時にダンスの練習は一通りしたけれど、家計のことで揉めるようになってからはろくに夜会も参加しなかった。


 前回ダンヒル子爵と参加した舞踏会からも随分日が経ってもいるし、それに年初の夜会は特に公式的な意味合いの強い行事だ。

 私は一代貴族とはいえ、息子のダミアンはホースグランド男爵でもあり、この先ずっと貴族社会で生きていくことになる。私が恥をかけば、ダミアンの将来に影を落としてしまうわ。

 

 「だったら私がダンスの練習を手伝おうか」


 ブティックの打ち合わせに来たダンヒル子爵に叙爵式への不安をこぼしていると、子爵がそう言ってくれた。


 「私と踊ってくださいませんか? ご婦人」と手を差しながらおどける子爵の手を取ると、屋敷の裏庭にあるひらけた場所へとエスコートされた。


 音楽もなしに、鼻歌を歌いながらステップを踏む。


 「うわっ、っと。すみません、子爵」


 足がもつれたところを子爵に支えてもらって謝る。


 「気にするな。こうやって太陽の下で踊るのは、なかなか楽しいな」


 「そうですね。最近は机仕事ばかりだったので運動不足で。こうやって陽の下で動いていると、気分も晴れていきます」


 ダンスというと、不慣れな中必死でやって、あんまり楽しめたこともなかったのだけれど、今日はなんだかすごく楽しい。

 堅苦しい舞踏会の会場ではなく、太陽の下、自宅の庭の花々に囲まれて、くるりとターンをする。バランスを崩せばすかさず子爵が支えてくださって、転ぶこともない。


 ああ、ダメだなぁ。私。


 やっぱり、ダンヒル子爵のこと、好きなのかもしれない。


 身分も違うのに、二人も子供がいるのに。叶うはずのない恋をしてしまった。


 まあ、私ももういい大人だ。恋心に振り回されず、心の内に秘めて想いを断ち切るくらい、出来るはず。


 湧き上がる切なさに目を瞑って、私はただ、その日のダンスの楽しさにだけ集中した。

 

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